湯河原駅の北、約620平方メートルの常緑の森
JR湯河原駅の北側、坂をのぼった先に、面積およそ620平方メートルの小さな常緑樹林がある。林のなかには山の神をまつる小さな祠があり、そこへ通じる参道が残る。これが昭和14年(1939年)9月7日に国の天然記念物に指定された山神の樹叢である。
指定の中心となったのは一本の木だった。目通り幹囲が約5.5メートルにおよぶホルトノキで、その大きさが森全体の価値を象徴していた。ところが今、その巨木はない。枯死して切り株となり、周囲には若い木が数本育つにとどまる。失われたものの大きさを知ると、この小さな森の見え方が少し変わってくる。湯河原をふくむ一帯はかつて暖地性の常緑広葉樹林におおわれており、山神の樹叢はその名残として、神奈川県内に残る常緑広葉樹林のなかでもっとも西に位置する一画なのである。
小さな森が国の天然記念物になった理由
天然記念物は、文化庁が所管する文化財制度のひとつで、学術上・文化上の価値をもつ動植物や地形を、社寺や絵画と同じように国が守るしくみである。山神の樹叢が該当するのは、名木・巨樹・老樹や社叢を対象とする区分にあたる。昭和14年の指定で評価されたのは、めずらしい一種というより、本来なら生育しにくい場所で寄りそって育つ樹木の群れそのものだった。
湯河原は、南方系の暖地性樹種にとって分布の北のへりに近い。ホルトノキについても、この地域は分布の北限のひとつとして地元で語られてきた。風変わりな名は、江戸時代の学者・平賀源内が、ポルトガルの油(オリーブ油)がとれる木と取りちがえたことに由来すると言われる。実は黒く熟してオリーブに似るが、食用にはならない。指定当時の記録には、主木のホルトノキとともに、ヒメユズリハ、タブノキ、ヤブニッケイなどの名が連ねられている。
現在の林相は、その後の移り変わりを映している。クスノキ、タブノキ、ヤブニッケイ、イヌマキ、ケヤキ、カラスザンショウなどが斜面にひしめき、祠とそこへ向かう参道に濃い影を落としている。
祠と武将、そして自然に育った森
入口の案内板は、この森の起こりを12世紀末にさかのぼらせる。治承年間(1177〜1181年)、湯河原一帯を領した土肥実平がこの地に居住していたころ、山の神をまつる祠が置かれ、その周囲に森が自然発生したと記されている。植えられた森ではなく、祠を中心におのずと育った林だというのである。
土肥実平は史料にも確かな人物で、治承4年(1180年)の石橋山の戦いで敗れた源頼朝を守り、ともに落ちのびた頼朝七騎の一人として知られる。その後は源氏の再興を支えた。実平の名は、町を見おろす城跡から樹叢の下方にある菩提寺まで、いまも湯河原の地形に刻まれている。森が伝承どおりの古さをもつかどうかはともかく、この縁が、植物としての価値とは別の人の歴史をこの場所に添えている。
訪れて見たいところ
整えられた観光地ではなく、生きた林がそのまま残る場所である。見どころはその空気にある。枝葉が低く閉じて気温をわずかに下げる薄暗い木立、参道がたいらになるあたりに座す小さな祠、そして木々の切れ間からのぞく湯河原の家並み。のぼる途中で立ち止まり、幹を見上げてほしい。頭上の常緑の葉は冬も照りを失わない。それこそが、本来の生育域よりずっと北まで耐え抜いてきた南方の森にいる何よりの証である。
森そのものは数分で見てまわれる広さなので、一日をかけるというより、近くの寺や城跡とあわせて歩くのに向いている。
アクセスと周辺の見どころ
樹叢は東海道線・湯河原駅の北方にある。たどり着くには、線路の下をくぐる狭い城願寺暗渠を抜け、見落としやすい急な小道をのぼることになる。歩きやすい靴があるとよく、暗渠は自動車も通るため横断には注意したい。
あわせて訪ねたいのが、駅から徒歩約10分の曹洞宗寺院・城願寺である。境内にそびえる推定樹齢約800年、高さ約20メートルのビャクシン(イブキ)は、これも国の天然記念物で、神奈川県内では最大とされる。土肥実平が自ら植えたとも伝えられる古木だ。寺には県指定史跡の土肥一族の墓所や、頼朝七騎をまつる七騎堂も残る。寺からは城山へ道が続き、山頂の土肥城址からは真鶴半島や相模湾を見わたせる。谷あいの湯河原温泉は、文人や旅人を一世紀以上にわたって迎えてきた湯のまちである。
Q&A
- 名前の由来になった巨木は今も見られますか。
- いいえ。昭和14年の指定の中心だった大きなホルトノキは枯死し、現在は若い木が残るのみです。それでも、暖地性常緑広葉樹林の名残として保護されており、その点に今日的な価値があります。
- 場所はわかりにくいですか。
- わかりにくい面があります。湯河原駅の北側の斜面にあり、狭い暗渠を抜けて、見落としやすい急な小道をのぼります。時間に余裕をもち、滑りにくい靴で訪ねるのがおすすめです。
- 入場料や開放時間はありますか。
- ありません。祠と参道のある開かれた樹叢で、いつでも無料で入れます。現役の信仰の場ですので、ほかの小さな社と同じく静かに参拝してください。
- 土肥実平とはどのような関わりがありますか。
- 現地案内板の伝承によれば、実平がこの地に住んだ治承年間(1177〜1181年)に山の神の祠がまつられ、その周囲に森が育ったとされます。実平は源頼朝を支えた武将として知られます。
- 近くにほかの見どころはありますか。
- 古木のビャクシンや土肥一族の墓所がある城願寺がまず挙げられます。城山の土肥城址、湯河原温泉とあわせれば、半日ほどの散策になります。
基本情報
| 名称 | 山神の樹叢(やまがみのじゅそう) |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県足柄下郡湯河原町城堀331〜333 |
| 指定区分 | 国指定天然記念物(昭和14年〔1939年〕9月7日指定) |
| 管理団体 | 湯河原町(昭和15年〔1940年〕8月26日指定) |
| 面積 | 約620平方メートル |
| 主な植生 | 暖地性常緑広葉樹の樹叢。タブノキ、ヤブニッケイ、クスノキ、イヌマキ、ケヤキ、カラスザンショウなど(指定の中心だった大ホルトノキは枯死) |
| アクセス | 東海道線・湯河原駅の北方。城願寺暗渠を抜け、急な小道をのぼる |
| 公開 | 無料。祠と参道のある開かれた樹叢で、時間の定めなし |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)「山神の樹叢」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/796
- 文化遺産オンライン(文化庁)「山神の樹叢」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/138277
- 湯河原温泉公式観光サイト「城願寺」
- https://www.yugawara.or.jp/sightseeing/746/
最終更新日: 2026.05.28