遍路道の角地に北面する商家

前田家住宅店舗兼主屋は、高知県安芸市本町五丁目にある昭和4年(1929年)頃の商家建築で、平成25年(2013年)6月21日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

建物は四国遍路の道筋が安芸の商業地を折れる角地を占め、正面を北に向ける。店舗側が街路をとらえ、居住部は背後に退く配置である。建築面積は152平方メートル。

国指定文化財等データベースの構造欄は「木造平屋建、瓦葺」と記す一方、解説文は「つし二階建」とする。両者は矛盾しない。つし二階は屋根裏に設けられた天井の低い中二階で、階数に数えない扱いも一般的である。街路側の立面を見上げると、店構えの上に浅い壁の帯があり、そこに窓とは呼びがたい小さな開口が並ぶ。これがつし二階の外部への現れ方となる。

屋根は入母屋造と切妻造が組み合わさり、いずれも桟瓦葺。東南隅からは平屋部分が張り出す。登録原簿は昭和後期、1966年から1989年にかけての改修も記録している。

登録有形文化財という制度が拾い上げたもの

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の一項。登録番号は39-0273、第75回登録にあたる。

登録有形文化財と重要文化財・国宝との違いは、しばしば混同される。重要文化財や国宝への指定は、現状変更に許可を要する強い規制を伴う。これに対し平成8年(1996年)に創設された登録制度は、築およそ50年以上の建造物を主対象とし、所有者が使い続けることを前提に、変更は届出で足りる。私有され、現役で使われ、単体ではなく町並みの一部として価値をもつ建物のために設計された枠組みである。前田家住宅はその典型に位置する。

安芸市の国登録有形文化財は12件群を数え、前田家住宅はその11番目にあたる。店舗兼主屋と土塀は同日に登録され、高知県の一覧では通し番号56・57として並ぶ。この対の扱いには理由がある。土塀は敷地西面を画しつつ主屋の南西端に接続しており、主屋の存在を街区の側へ延ばす部材として働く。

種別は「産業3次」、すなわち商業・サービス業に属する建造物として分類される。住宅である前に店舗であったという来歴が、分類の側にも刻まれている。

外壁と屋根に読む土佐の気候対応

東側に回り、壁面の瓦を数えてみたい。漆喰面を水平に横切る細い瓦の段が、上下に間隔をおいて四段連なる。水切瓦である。高知は全国有数の多雨地帯であり、加えて毎年の台風がある。各段は雨水を壁面から前方へ切り、下の漆喰へ伝わらせない。一面に四段は多い部類に入る。

塗り材は土佐漆喰。藁を石灰乳に漬けて発酵させたものを混ぜる技法で、他地方の純白の漆喰より温かい黄味を帯びた色調となり、横なぐりの雨に対する耐久が高い。

外壁の腰は漆喰ではなく瓦張りとする。跳ね返りの雨と地面からの湿気が集中する帯を、瓦で覆って守る処理である。

屋根の桟瓦は左桟瓦。標準とは重ねの向きが左右反転した葺き方で、全国的な一般解ではなく高知の地方的特色にあたる。一度気づくと、安芸の旧市街の屋根の見え方が変わる。

軸部にも触れておきたい。数十字の解説文のなかで、良材を用いて丁寧につくると明記される点は、この規模の登録物件では珍しい評価である。

訪問にあたって一点。ここは現に使われている私有の住宅兼店舗であり、内部公開も公開時間の設定もない。見学は公道からの外観に限られる。撮影は敷地に立ち入らず街路から行い、居住者の生活への配慮を保ちたい。

土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の安芸駅からは西へ約1.1キロメートル、徒歩でおよそ20分。そのまま北東へ2キロメートルほど進めば、重要伝統的建造物群保存地区に選定された土居廓中の武家町、および安芸の象徴となった野良時計に至る。同じ本町には、やはり国登録有形文化財の杉本家住宅がある。

Q&A

Q前田家住宅店舗兼主屋の内部は見学できますか。
A内部見学はできません。現役で使用されている私有物件であり、公開の取り決めは公表されていません。登録有形文化財の制度は所有者に公開を義務づけるものではありません。外観は公道から随時見ることができます。
Q前田家住宅店舗兼主屋へは安芸駅からどう行けばよいですか。
A所在地は高知県安芸市本町5-1736-8で、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の安芸駅から西へ約1.1キロメートル、徒歩およそ20分です。安芸駅へは高知駅からごめん・なはり線経由で1時間20分前後を見込みます。
Q前田家住宅店舗兼主屋の水切瓦とは何ですか。
A漆喰壁の面に水平に差し込まれた細い瓦の段で、雨水を壁面から切り離す役割をもちます。本物件では東壁面に四段が付きます。多雨と台風にさらされる高知の建築に広く見られる地方的な工夫です。
Q前田家住宅店舗兼主屋は重要文化財や国宝ですか。
Aいずれでもありません。国の登録有形文化財(建造物)です。登録は平成8年に創設された別枠の制度で、使われ続けている建物を主な対象とし、現状変更は許可ではなく届出で足ります。重要文化財・国宝の指定とは手続きも規制の強さも異なります。
Q前田家住宅店舗兼主屋の周辺に見どころはありますか。
A北東へ約2キロメートルの土居地区に、重要伝統的建造物群保存地区の土居廓中があり、生垣と練塀が続く武家町を歩けます。野良時計、安芸城跡に建つ安芸市立歴史民俗資料館も近接します。三菱の創業者岩崎彌太郎の生家は、廓中からさらに1.5キロメートルほど先にあります。

基本データ

名称前田家住宅店舗兼主屋(まえだけじゅうたくてんぽけんしゅおく)
所在地高知県安芸市本町5-1736-8
指定区分国登録有形文化財(建造物) 登録番号39-0273
指定年平成25年(2013年)6月21日登録 第75回登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積152平方メートル
所有者個人(国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。公道からの外観見学のみ可。公開時間・拝観料の設定なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「前田家住宅店舗兼主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009675
高知県「国登録有形文化財<建造物>【1/2 市】」
https://www.pref.kochi.lg.jp/doc/2024031100056/
安芸市立歴史民俗資料館「資料館の概要」
https://www.city.aki.kochi.jp/life/dtl.php?hdnKey=7960
こうち旅ネット「土居廓中」
https://kochi-tabi.jp/search_spot_sightseeing.html?id=802

最終更新日: 2026.08.09