酒蔵の道に建つ明治後期の土蔵
竹村家土蔵は、高知県高岡郡佐川町字東町甲1285にある明治後期(1898年〜1912年頃)の土蔵で、平成30年(2018年)3月27日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は39-294。
佐川町は高知県中西部の盆地にある。中心部の上町地区は、土佐藩筆頭家老・深尾家の土居(城館)の下に開かれた町で、土居を挟んで東に武家地、西に町人町という区割りだった。町人町を東西に貫く通りには造り酒屋や商家が並び、いまは「酒蔵の道」と呼ばれている。
土蔵はその通りに面して建つ。建築面積は63平方メートル。当時の一般的な民家の土蔵と比べると、ひとまわり以上大きい。屋根は切妻造の桟瓦葺。棟と平行する側から出入りする平入で、そのため西面には下屋(庇状の小屋根)が張り出して入口を覆っている。
内部は一階も二階も板敷の二室に分かれ、それぞれに別の入口が設けられている。ここは注意して見るべき点だろう。一軒の家財を納めるだけの蔵なら、入口はひとつ、内部も一室で足りる。区画ごとに戸口を分けてあるということは、預かる荷や商品を種別に、あるいは持ち主ごとに分けて置いていた可能性を示している。商家の蔵らしい造りである。
平成12年(2000年)に改修を受けており、漆喰は古びた風合いというより、白くはっきりした表情をしている。
登録という制度と、この蔵が選ばれた理由
登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に始まった。国宝や重要文化財の「指定」が厳しい現状変更規制を伴うのに対し、「登録」は届出制で、所有者は建物を使いながら手を入れることができる。近代以降の、地域の景観を支えてはいるが名品とは呼びにくい建物を、失われる前にすくい上げるための仕組みである。
竹村家土蔵の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁データベースの評価は短い。地域の特色をよく示す外観を持つ、比較的大規模な土蔵、というものだ。
この二点はどちらも実物を見れば納得がいく。まず規模。二階建でこの床面積を持つ蔵を建てるには相応の財力が要る。明治後期の佐川は、藩政期からの小規模な造り酒屋が統合されて司牡丹酒造へと向かっていく時期にあたり、町全体に資本が動いていた。
そして地域の特色。それは壁を見れば読み取れる。
水切瓦を数える
妻面を見上げると、白壁から瓦が三段、水平に突き出しているのが分かる。背面は二段。これが水切瓦で、土佐の建物を特徴づける仕掛けである。
理由は気候にある。高知県は全国有数の多雨地帯で、台風時の雨は上から降るというより横から吹きつける。漆喰壁は繰り返し濡れると膨れ、面ごと剥落する。壁面に瓦を差し込んで庇状に張り出させておけば、雨水はそこで切れて下へ回らない。一段ごとに、その下の壁を守っているわけだ。実用の工夫であり、同時に、白壁に黒い横線が何本も走る土佐の町並みの見た目そのものをつくっている。
この蔵は外壁を軒まで塗り込めている。木部を外に出さず、土と漆喰で全体を包む土蔵造の考え方を徹底した形で、隣家の火の粉から中身を守るための構えでもある。
妻面三段、背面二段という配分も適当に決まったものではない。風雨を最も強く受ける妻面に厚く、そうでない面には薄く。一度この見方を覚えると、佐川の白壁を通りかかるたびに段数を数えることになる。建物ごとに違う。
竹村家の蔵は二つある
資料を見比べていると混同しやすいので、はっきりさせておきたい。同じ東町通りの1301番地には、竹村家住宅がある。こちらは平成19年(2007年)12月4日に国の重要文化財に指定された建物で、主屋・表門・土蔵の三棟からなる。つまり重要文化財の側にも土蔵が含まれている。
重要文化財の土蔵のほうが古い。建築年代は明らかでないが、文化庁は主屋座敷部が改築された天保9年(1838年)以前と推定している。こちらにも水切瓦が付く。
本記事で扱う竹村家土蔵は、それとは別棟の、より新しい建物である。指定ではなく登録であり、時期も11年遅い。制度上の位置づけも異なる。指定は国家的な重要性を、登録は景観への寄与を評価する仕組みだからだ。
ついでに、重要文化財のほうの由緒にも触れておく。竹村家は寛文年間(1661年〜1672年)に高岡村(現在の土佐市)から佐川に移り、享保年間に酒造権を借りて酒造業を始め、寛保元年(1741年)に自前の酒造権を得た。宝暦13年(1763年)に名字帯刀、明和7年(1770年)に「黒金屋」の屋号を許されている。江戸中期以降は幕府巡見使の宿を務めており、商家でありながら床・違棚を備えた上ノ間や花頭窓の付書院といった、本来は武家住宅の格式に属する座敷を持つのはそのためである。内部の見学はNPO法人「佐川くろがねの会」への事前連絡による。
なお、竹村家土蔵が登録された平成30年3月27日には、同じ通りの「旧竹村呉服店」(主屋、店舗及び表蔵、土蔵)も同時に登録されている。
訪ねるとき
竹村家土蔵は個人の所有で、内部の公開はない。入場料も受付もなく、道路から外観を見る形になる。もともとそう見られることを前提に建てられた面が通りを向いているので、それで足りる。公道からの外観撮影は差し支えないが、敷地に立ち入らないこと、住民の通行を妨げないことは守りたい。
JR土讃線・佐川駅から徒歩約10分。高知駅からは列車で40分前後。車の場合は高知自動車道いのインターチェンジから内陸へ40分ほど。
歩き始めるなら旧浜口家住宅がよい。通りの西寄りにある元造り酒屋の主屋を改修した施設で、観光案内所と土産物店、喫茶コーナーが入っている。開館は9時から17時、喫茶は10時から16時、月曜休館。通り沿いのどの建物に登録が付いているかは、ここで聞くのが早い。
司牡丹酒造は慶長8年(1603年)の創業以来、この通りで酒を造り続けている。85メートルを超える長大な酒蔵が続き、冬には仕込みの香りが道まで流れてくる。ゆっくり歩くなら冬がいい。佐川はまた植物学者・牧野富太郎の生誕地で、復元された生家跡と、博士ゆかりの桜や山野草を植えた牧野公園が坂を上がったところにある。町立の青山文庫には幕末の志士たちの遺墨がある。
通りは長くない。ひととおり見て二時間ほど。竹村家土蔵はそのなかの一軒である。
Q&A
- 竹村家土蔵の内部は見学できますか?
- できません。竹村家土蔵は個人所有で、内部は非公開です。受付も入場料もなく、公道から外観を眺める形になります。登録の評価対象も外観です。
- 竹村家土蔵は、重要文化財の竹村家住宅と同じ建物ですか?
- 別の建物です。東町1301番地の竹村家住宅は平成19年(2007年)に重要文化財に指定され、そこに含まれる土蔵は江戸期のものです。本記事の竹村家土蔵は1285番地にある明治後期の建物で、平成30年(2018年)に登録有形文化財となりました。
- 竹村家土蔵の壁から突き出している瓦は何ですか?
- 水切瓦です。壁面に瓦を差し込んで庇状に張り出させ、吹きつける雨を切って下の漆喰を守ります。多雨の土佐では広く用いられました。この蔵は妻面に三段、背面に二段を設けています。
- 竹村家土蔵へはJR佐川駅からどう行きますか?
- 徒歩約10分です。駅から上町地区に向かい、白壁の酒蔵が続く「酒蔵の道」を進みます。佐川駅はJR土讃線で高知駅から40分前後です。
- 竹村家土蔵と上町の町並みは、いつ訪れるのがよいですか?
- 新酒を仕込む冬と、牧野公園の桜が咲く早春が向いています。通りは生活道路なので季節や時間を問わず歩けますが、観光案内所と喫茶のある旧浜口家住宅は日中のみの営業で月曜休館です。
基本情報
| 名称 | 竹村家土蔵(たけむらけどぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 高知県高岡郡佐川町字東町甲1285 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 39-294 |
| 指定年 | 平成30年(2018年)3月27日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積63平方メートル |
| 所有者 | 個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 外観のみ公道から見学可。内部非公開、入場料なし |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 竹村家土蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012250
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 竹村家住宅 主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/00004243
- 高知県 — 国登録有形文化財<建造物>
- https://www.pref.kochi.lg.jp/doc/2023062200186/
- 佐川町役場 — 竹村家住宅(国指定重要文化財)
- https://www.town.sakawa.lg.jp/life/dtl.php?hdnKey=752
- さかわ観光協会 さかわのしおり — 竹村家住宅
- https://sakawa-kankou.jp/spot/4
- まきのさんの道の駅・佐川 — 観光案内
- https://makinosan.jp/sightseeing/
最終更新日: 2026.08.09