2棟が登録された、田野の住宅

谷豊家住宅は、高知県安芸郡田野町1933にある住宅で、2棟が2003年(平成15年)12月1日に登録有形文化財(建造物)となった。指定された文化財ではなく、登録された文化財である。古い離れは1830年から1867年の範囲に建てられ、1931年に移築されている。

2棟は、離れと便所である。

ふりがなの欄は、たにゆたかけじゅうたく、である。

家の名に、当主の名が入る

名字だけでなく、下の名まで含めて家が呼ばれている。

ふりがなは、たにゆたかけ、とされる。谷豊は、谷という名字と豊という名を合わせた一人の名になる。

高知県の一覧では、同じ田野町で、公文利幸家住宅、公文正昭家住宅、谷豊家住宅、谷雄三家住宅が同じ日に登録されている。公文の家が二つ、谷の家が二つある。

同じ名字の家を、当主の名で呼び分けていることになる。

荻原家住宅では、名称の字と読みが対応していなかった。

本件は、名称が名字と名の区切りを示さない。データベースの英語名は Tanitoyo とされ、ふりがなの、たにゆたか、とは読みが異なる。

離れは、よその家の主屋だった

この家の離れは、もとは別の家の中心の建物だった。

文化庁は離れを、奈半利の旧家主屋を移築したとされる、と記す。年代の欄は1830年から1867年、移築は1931年とされる。

奈半利は田野町の隣の町である。そこにあった旧家の主屋が運ばれ、この家では離れとして使われる。

旧山中家住宅主屋は、寄贈されて公園に移された。原家住宅の旧長屋門は、寺院から農家へ移された。

本件は、主屋として建てられたものが、移った先で離れになる。移築によって建物の格が変わる。移築の型として8型目にあたる。

離れは、入母屋造で南面に2重の妻を見せ、10畳と8畳の座敷など7室からなる、とされる。

登録されたのは、離れと便所の二つである

屋敷の中心の建物は、登録に含まれていない。

文化庁は離れを主屋の北方に南北棟で建つとし、便所を主屋の北方、離れの南方に建つとする。どちらも、位置を主屋から示す。

高知県の一覧でも、谷豊家住宅として挙がるのは離れと便所だけである。

位置の基準になる主屋は、登録の外にある。

小原屋原田商店では、登録された文庫蔵が他の棟の位置の基準だった。

本件は、登録されていない建物が、登録された二つの位置を示す基準になる。便所は、渡廊下で離れと結ばれる、とされる。

見学

所在は高知県安芸郡田野町1933である。2棟とも同じ地番で記される。

離れは建築面積154平方メートル、便所は7.0平方メートルである。

高知県の一覧では、田野町で11件の住宅や寺院が同じ日に登録されている。

人の住む住宅であり、公開の有無や条件は所有者の定めによる。訪問前に確認したい。

所有者の記録はない。

参考文献

文化遺産オンライン 谷豊家住宅離れ
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/194739
文化遺産オンライン 谷豊家住宅便所
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188470
高知県 高知県の文化財(安芸郡)
https://www.pref.kochi.lg.jp/doc/2023062200186/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.22

基本情報

名称谷豊家住宅
所在地高知県安芸郡田野町1933
指定登録有形文化財 2件
座標33.42828, 134.01081