文覚四十五箇条起請文〈藤原忠親筆〉とは

文覚四十五箇条起請文〈藤原忠親筆〉は、京都市右京区梅ヶ畑高雄町の神護寺を中興した文覚が、元暦2年(1185年)正月19日に定めた45か条の起請文1巻で、昭和29年(1954年)3月20日に国宝に指定された。神護寺が所蔵する。

神護寺によれば、筆者は日記『山槐記』を残した中山忠親(藤原忠親)である。文化庁の記録には、後白河天皇宸翰の御手印と跋が加えられていることが記されている。

国宝に指定された理由

神護寺の解説によれば、起請文はまず後白河法皇や源頼朝の助けによって神護寺が復興した経緯を述べ、「寺僧は一味同心の事」に始まり、学問と修行、寺務の粛正、寺領の維持経営など、寺内の者が守るべき規律を細かく列記している。荒廃した神護寺を再興した文覚が、再建後の寺の運営の拠り所として定めた文書である。

注目されるのは、巻首と巻末に後白河法皇が自ら掌に朱を付けて押した御手印があり、巻末に5行にわたる法皇の宸翰が加えられていることである(神護寺)。中世の寺院の規律と復興の事情を伝えるとともに、法皇の手の跡がそのまま残る点で、ほかに類のない古文書となっている。

見どころ

まず巻首と巻末の朱の御手印に注目したい。法皇の掌の形がそのまま紙に押されている。

巻末の宸翰は、神護寺によれば「神護寺勧進僧文覚四十五箇條起請、ひとえに是仏法興隆の願、莫大なり」と始まり、結縁の思いが深いので後の証のために手印を加えると結ばれる。文覚の起請に対する法皇の賛同が、文字と手形の両方で示されている。

鑑賞について

神護寺の年間行事予定によれば、毎年5月1日から5日まで書院で寺宝虫払行事が行われる。虫払は寺宝を風に当てて虫害を防ぐ行事で、この機会に寺宝が公開される。どの寺宝が出陳されるかは年によって異なるため、寺に確かめたい。神護寺の公式サイトの通常のページはhttpで提供されており、2026年10月4日時点でhttps版は接続できなかった。

神護寺へは、JR京都駅からJRバス「高雄・京北線」で約50分、または阪急烏丸駅・地下鉄四条駅から市バス8号系統で約45分、いずれも「高雄」で降りて徒歩約20分(神護寺)。車では国道162号を福王子交差点から高雄・京北方向へ約6キロメートル。渋滞で時間がかかることがある。

Q&A

Q文覚四十五箇条起請文とはどのような文書ですか?
A神護寺を中興した文覚が元暦2年(1185年)に定めた45か条の寺の規律で、寺僧の心得、修行、寺務、寺領経営などを記しています。
Q文覚四十五箇条起請文はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和29年(1954年)3月20日に国宝に指定されました。
Q誰が書いたのですか?
A神護寺によれば、日記『山槐記』で知られる中山忠親(藤原忠親)の筆です。
Q後白河法皇の御手印とは何ですか?
A法皇が自ら掌に朱を付けて押した手形で、巻首と巻末にあります。巻末には5行の宸翰も加えられています。
Q文覚四十五箇条起請文は見られますか?
A神護寺では毎年5月1日から5日に書院で寺宝虫払行事が行われ、寺宝が公開されます。出陳品は年によって異なります。

基本情報

名称文覚四十五箇条起請文〈藤原忠親筆〉(もんがくしじゅうごかじょうきしょうもん)
所在地京都府京都市右京区梅ヶ畑高雄町(神護寺)
指定区分国宝(美術工芸品・古文書)
指定年昭和29年(1954年)3月20日国宝指定
員数1巻
寸法記録なし
所有者神護寺
公開状況寺宝虫払行事(毎年5月1日〜5日)で公開されることがある

参考文献

文覚四十五箇条起請文〈藤原忠親筆/〉(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/820

最終更新日: 2026.10.04