南宋で刷られた仏教の引用辞典
京都市東山、紅葉の名所として知られる東福寺に、南宋時代の中国で木版印刷された12冊の冊子が遺されている。これが国宝「宋刊本義楚六帖(そうかんぽんぎそろくじょう)」である。義楚六帖は10世紀半ばの中国で編まれた仏教の引用辞典で、東福寺に伝わるこの一揃いは、宋版としては中国・日本を通じて現存する唯一の本とされる。書物が国宝に指定されている理由の核心はこの希少性にある。
本文を編んだのは、斉州(現在の山東省)にいた義楚という僧である。多くの古典籍から語句を引き、項目ごとに分類して並べた。一つの主題について調べれば、関連する出典がまとめて見つかる仕組みになっている。こうした分類体の書物を中国では「類書」と呼ぶ。義楚はこれを、唐の詩人・白居易(白楽天)が編んだ世俗の類書『白氏六帖』にならって作った。扱う内容が釈迦と仏教に関わることから、「釈氏六帖」という別名でも呼ばれる。
成立は唐と宋のあいだ、五代十国の動乱期にあたる。一方、東福寺の本が刷られたのは下って南宋(1127〜1279年)のこと。木の版木に文字を彫り、紙に摺って和綴じに仕立てた、印刷の書物である。
印刷された書物が国宝になるまで
絵画や建造物と並んで、印刷された一冊の本が国宝に名を連ねる。初めて知ると不思議に思えるかもしれない。鍵を握るのが「宋版」という言葉である。
宋の時代は日本でいえば平安後期から鎌倉期にあたり、中国における印刷技術の最盛期だった。職人は版木に精緻に文字を刻み、刷り上がった書物は字面の明快さと紙質の良さで珍重された。その多くが海を渡って日本にもたらされ、寺院や蔵書家のもとで大切に守られてきた。現存する宋版そのものが今では数少なく、まして刊本として他に例を見ない一書が完本で残る例は稀である。
東福寺の義楚六帖が国宝に指定されたのは昭和27年(1952年)11月22日。戦後に整えられた文化財保護の制度のもとでの指定で、指定番号は00137。
この一揃いには、同じ指定のなかに収められたもう一点が附属する。慶長17年(1612年)の秋、後陽成天皇が各冊の題簽(だいせん)12枚を宸筆(しんぴつ)でしたため、添状を添えた。これらをのちに一幅の掛軸に仕立てたもので、公式の記録には附(つけたり)として載る。天皇直筆の題箋は、江戸初期の宮廷でこの書がどれほど重んじられていたかを示している。
この書物の見どころ
正直に記しておきたい点がある。この本は、ほとんど人目に触れない。傷みやすい紙の書物として寺が収蔵しており、通常の参拝で目にする機会はまずない。
稀に公開されたとき注目したいのは、宋代の刷り場が残した痕跡である。彫られた文字は均整がとれて力強く、界線はまっすぐに引かれ、紙は写本にはない落ち着いた色合いに枯れている。この一揃いには近代の小さな逸話も付く。寺の記録と東京文化財研究所がまとめた美術界年史によれば、終戦直後の昭和24年(1949年)、東福寺はこの本の行方が分からなくなったとして京都の警察に届け出ている。本は今日まで遺り、2023年に開かれた東福寺の大規模な展覧会では、揃いのまま出陳された。
実際に見るとすれば、こうした特別展が現実的な機会となる。2023年には、春に東京国立博物館、秋に京都国立博物館で開かれた東福寺の特別展に、この国宝が出品された。それ以外の時期は収蔵庫に納められたままなので、現物を見たい人は寺の境内ではなく、博物館の特別展の情報に注意を向けるとよい。
東福寺を訪ねる
この本を所蔵する東福寺は、それ自体が京都を代表する禅刹であり、訪れる価値は書物とは別にある。臨済宗東福寺派の大本山で、京都五山の第四位。創建は鎌倉時代、摂政・九条道家が奈良の二大寺に並ぶ大伽藍を発願し、東大寺の「東」と興福寺の「福」を取って東福寺と名づけた。
開山に迎えられたのが、円爾(えんに、1202〜1280年)である。没後に聖一国師(しょういちこくし)の号を勅諡(ちょくし)され、これが日本で最初の国師号となった。円爾は南宋に渡って6年のあいだ、径山の無準師範のもとで禅を学び、仁治2年(1241年)に多くの漢籍を携えて帰朝した。その蔵書は塔頭・普門院の蔵書目録に記され、東福寺が宋版の名品を数多く伝える礎となっている。義楚六帖もその一つで、ほかに宋版『太平御覧』なども国宝に指定されている。
境内の散策は自由で、特定の区域が有料となる。多くの人の目当ては、禅宗寺院の三門としては日本最古かつ最大の国宝・三門と、洗玉澗(せんぎょくかん)の渓谷に張り出した通天橋である。橋から見渡す谷には数千本の楓が植えられ、秋の彩りで名高い。昭和初期に重森三玲が手がけた方丈庭園は、苔と石の市松模様で知られ、平成26年(2014年)に国の名勝に指定された。
交通の便もよい。JR奈良線・京阪線の東福寺駅から徒歩約10分、京都駅からは一駅南にあたる。拝観時間と拝観料は季節で変わり、とりわけ秋の紅葉期は料金が上がって混雑も激しい。出かける前に最新の情報を確かめておきたい。
Q&A
- 東福寺に行けば、この本を見られますか。
- 通常は見られません。冊子は収蔵庫に納められ、公開はごく稀で、多くは博物館の特別展への貸出という形をとります。参拝で見られるのは建物や庭園であって、本そのものではありません。
- 「義楚六帖」と「釈氏六帖」は別のものですか。
- 同じ書物の二つの呼び名です。「義楚六帖」は編者の僧・義楚にちなみ、「釈氏六帖」は仏教(釈氏)に関わる内容を表します。どちらもこの宋刊本に収められた10世紀の仏教類書を指します。
- なぜ東福寺は中国の古い書物を多く所蔵しているのですか。
- 開山の円爾が南宋で6年間学び、帰国の際に多くの漢籍を携えて帰ったことに始まります。寺はこれらを守り継ぎ、宋版『太平御覧』など複数が国宝に指定されています。
- 附指定の掛軸とは何ですか。
- 慶長17年(1612年)に後陽成天皇が各冊の題簽12枚と添状を宸筆で記したものを、一幅の掛軸に仕立てたものです。同じ指定のなかに附属する一点として登録されています。
基本データ
| 名称 | 宋刊本義楚六帖(そうかんぽんぎそろくじょう) |
|---|---|
| 所有者 | 東福寺(京都府) |
| 所在地 | 京都市東山区本町15丁目778(東福寺境内) |
| 種別 | 書跡・典籍 |
| 指定区分 | 国宝(昭和27年〈1952年〉11月22日指定、指定番号00137) |
| 員数 | 12冊 |
| 国・時代 | 中国/南宋時代(1127〜1279年)刊 |
| 附指定 | 後陽成天皇宸翰題簽並御添状(慶長17年〈1612年〉)1幅 |
| 公開状況 | 通常は非公開。博物館の特別展などで稀に公開 |
| 最寄り駅 | 東福寺駅(JR奈良線・京阪本線)から徒歩約10分 |
References
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/666
- 文化遺産オンライン(文化庁/NII)
- https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/150251
- 臨済宗大本山 東福寺 公式サイト「縁起」
- https://tofukuji.jp/history/
- 東京文化財研究所 美術界年史(彙報)
- https://www.tobunken.go.jp/materials/nenshi/5716.html
最終更新日: 2026.06.05