後七日御修法に懸けられた、五大尊の五幅
毎年正月、八日から十四日までの七日間、真言宗の高僧が東寺に集まり、天皇の安寧と国土の平安を祈る。後七日御修法(ごしちにちのみしほ)と呼ばれるこの修法を、空海が承和二年(835年)に宮中で初めて修した。京都・南区の東寺、正しくは教王護国寺が所蔵する五幅の絹本著色五大尊像は、この修法の道場の壁に懸けるために描かれた本尊画である。
五幅はそれぞれ、五大明王のいずれか一尊を描く。中央に不動明王、四方に降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉の各明王が配される。密教において明王は大日如来の働きが憤怒の相をとって現れたものとされ、障難を退け、教えと国家を護る役割を担う。不空訳『仁王護国般若波羅蜜多経』などに説かれる、五方鎮護の諸尊である。
制作は平安時代後期。肉づきはやわらかく、面相にはどこか少年めいた穏やかさがある。忿怒の姿と武具のいかめしさに不釣り合いなこの柔らかさが、かえって十二世紀の作であることを示している。
国宝に指定された理由
昭和二十七年(1952年)三月二十九日、国宝に指定された。その理由のひとつは遺品としての稀少性にある。鎌倉時代以前にさかのぼる五幅揃いの五大尊像は、この東寺本、醍醐寺本、そして岐阜・来振寺本の三例しか残っていない。東寺本と醍醐寺本は東密系の図像にもとづき、来振寺本は台密寺門系という別系統に属する。一例でも貴重なところを、真言密教の根本道場たる東寺に五幅が揃って残る意味は大きい。
もうひとつは、儀礼との結びつきである。同じ道場に懸けられた十二天像には大治二年(1127年)の年紀があり、鳥羽院の発願によって制作された。本図もこれと同じ平安後期の宮廷周辺の作と見られるが、画面そのものに制作年を記す銘はない。重要なのは、この絵が用いられた修法が途切れずに続いてきたことだ。戦国期の混乱と明治四年(1871年)に中断したのち、明治十六年(1883年)に再興され、いまも正月の東寺で営まれている。これほど古い仏画が、生きた儀礼とこれほど近い関係を保つ例はそう多くない。
五幅を読み解く
各明王は、面・臂・脚の数、手にする持物、踏みしめる対象によって見分けられる。その違いは細やかで、絵が公開されるときは一幅ずつ立ち止まって眺めたい。
中央の不動明王は形のうえで最も簡素で、一面二臂、岩状の瑟瑟座に坐し、右手に剣、左手に羂索をとり、辮髪を片側に垂らす。五幅のうち損傷が最も激しいのもこの幅で、面相は判別しづらい。その傷みぶりが、この絵がいかに繰り返し用いられ続けてきたかをうかがわせる。
降三世明王は三面八臂。うち二臂を胸前で交差させ、その名のもとになった降三世印を結び、ヒンドゥーの神格マヘーシュヴァラとその妃を踏む。古い秩序を密教が取り込んだ図像である。軍荼利明王は一面八臂で、全身に蛇をまとい、なかにはコブラのように鎌首をもたげるものもある。最も目を引くのが大威徳明王で、六面六臂六脚、振り返る水牛にまたがる。金剛夜叉明王は青黒い肌に三面六臂、法輪・弓矢・金剛杵を執る。
ひとつ整理しておきたい点がある。東寺には同じ五大明王を彫刻で表した著名な一群があり、講堂の二十一体からなる立体曼荼羅の一部として国宝に指定されている。彫像のほうは常時拝観できる。ここで取り上げる絵画はそれとは別の作品で、はるかに傷みやすく、公開の機会も限られる。
東寺をめぐる
東寺は京都駅から歩いて行ける近さで、半日の散策に向く。高さ約五十五メートルの五重塔は木造塔として国内最高で、寛永二十一年(1644年)に将軍徳川家光のもとで再建され、京都の象徴となった。本堂の金堂が本尊を安置し、隣の講堂には五大明王の彫像を含む二十一体が立体曼荼羅として並ぶ。仏像の間を歩いて巡れる構成である。
絵画の五大尊像が姿を見せる宝物館は、春と秋の特別公開の期間だけ開く。膨大な密教美術の所蔵から、そのつどテーマを立てた展示が組まれる。毎月二十一日に当たれば、弘法大師の縁日「弘法市」が境内を埋め、骨董や植木、屋台が近郊から人を集める。
Q&A
- 訪れれば、この絵を見られますか。
- いつでも見られるわけではありません。絵画の五大尊像は光に弱く、宝物館の春または秋の特別公開で、数年に一度ほどの頻度で展示されます。事前に展示予定をご確認ください。なお講堂の五大明王像(彫刻)は常時拝観できます。
- 五大明王とは何ですか。
- 密教の護法尊で、大日如来の働きが憤怒の相となって現れたものとされます。中央に不動明王、四方に降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉が配され、障難を除き、仏法と国家を護る役割を担います。
- 後七日御修法は見学できますか。
- 天皇と国家のための密教修法で、空海が835年に始め、毎年正月八日から十四日まで東寺で営まれます。修法そのものは非公開ですが、結願の日には道場へ入って法会後の堂内を拝する「後拝み」の機会があります。
- 東寺へのアクセスは。
- JR京都駅から南西へ徒歩約十五分、近鉄東寺駅からは徒歩約十分です。市バスなら「東寺東門前」などのバス停が門のすぐ近くにあります。
- 写真撮影はできますか。
- 堂内や宝物館の内部は、傷みやすい作品を扱うため原則として撮影できません。屋外の五重塔や境内は自由に撮影できます。当日の規定は係員にご確認ください。
基本情報
| 名称 | 絹本著色五大尊像(けんぽんちゃくしょくごだいそんぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市南区九条町 東寺(教王護国寺) |
| 指定区分 | 国宝(絵画) 昭和二十七年(1952年)三月二十九日指定 |
| 員数 | 五幅 |
| 時代 | 平安時代後期(十二世紀) |
| 所有者 | 宗教法人教王護国寺 |
| 公開状況 | 宝物館の特別公開(春・秋)で随時展示。常設展示ではない |
References
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/40
- 東寺(教王護国寺)公式サイト
- https://toji.or.jp/
- 京都観光Navi(京都市公式)東寺
- https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=262
- 文化遺産オンライン(文化庁・国立情報学研究所)
- https://bunka.nii.ac.jp/
最終更新日: 2026.06.05