紙本金地著色松に草花図〈床貼付四/壁貼付二〉とは

紙本金地著色松に草花図〈床貼付四/壁貼付二〉は、京都府京都市東山区東瓦町の智積院に伝わる桃山時代の金碧障壁画で、床貼付4面と壁貼付2面からなり、昭和27年(1952年)3月29日に国宝に指定された。長谷川等伯とその一門が描いた智積院障壁画の一部である。

文化庁の記録では、指定番号00041の枝番01にあたり、同じ番号の枝番には桜楓図、松に梅図、松に黄蜀葵及菊図など智積院の障壁画が並ぶ。紙に金箔を押した金地に、松と草花を彩色で描いた作品である。

国宝に指定された理由

京都市文化観光資源保護財団の解説によれば、智積院の障壁画は、天正19年(1591年)に3歳で亡くなった豊臣秀吉の長子鶴松の菩提寺として秀吉が建てた祥雲寺の客殿のもので、文禄2年(1593年)8月の三回忌法要までには完成していたと考えられる。作者は長谷川等伯(1539〜1610年)と嫡子久蔵ら長谷川派一門で、当初100面以上あったとみられる障壁画のうち、2度の火災や盗難を経て、主要画面の20数面が伝わっている。

同じ解説は、巨大な樹木と可憐な四季の草花が織りなす優美な世界を桃山時代盛期を代表するものと評し、等伯が狩野永徳の巨樹表現を取り入れながら、巨樹を取り巻くように華やかな草花を添えた点に、豪壮さから優美さへという美意識の転換が表れていると述べている。祥雲寺の伽藍は元和元年(1615年)に徳川家康から智積院に与えられた。

見どころ

画面の中心となる松の巨樹と、その足もとや周りに添えられた草花の取り合わせに注目したい。京都市文化観光資源保護財団の解説は、生命力のある巨樹という永遠の存在と、冬が来れば枯れていく可憐な草花という儚い存在の対比が、等伯の構想にあったのではないかとみている。

金地の扱いにも目を向けたい。床の間と壁に貼られた障壁画として描かれたもので、もとの客殿の室内を飾った大画面の構成を、床貼付と壁貼付の6面から想像することができる。

鑑賞について

観光庁の多言語解説文によれば、智積院の障壁画は寺の収蔵庫に保存されており、「桜図」「楓図」とともに松に秋草図などの作品が伝わる。京都市文化観光資源保護財団は、智積院の宝物館で国宝の金碧障壁画が収蔵展示されていると紹介している。

智積院の公式サイトは2026年10月4日時点でメンテナンス中で、拝観時間や拝観料、展示の状況を確認できなかった。訪ねる前に智積院(電話075-541-5361)に確かめたい。所在地は京都市東山区東瓦町964である。

Q&A

Q松に草花図は誰が描きましたか?
A長谷川等伯とその一門です。智積院に伝わる長谷川派の障壁画の一部です。
Q紙本金地著色松に草花図はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和27年(1952年)3月29日に国宝に指定されました。
Q智積院の障壁画はもともとどこにあったのですか?
A豊臣秀吉が長子鶴松の菩提のために建てた祥雲寺の客殿にあり、文禄2年(1593年)頃までに完成したと考えられています。
Q松に草花図の見どころは?
A松の巨樹と可憐な草花の取り合わせです。永遠の巨樹と儚い草花の対比が等伯の構想にあったという見方もあります。
Q松に草花図は見られますか?
A智積院の収蔵庫(宝物館)で障壁画が収蔵展示されています。公式サイトがメンテナンス中のため、拝観条件は寺に確かめてください。

基本情報

名称紙本金地著色松に草花図〈床貼付四/壁貼付二〉(しほんきんじちゃくしょくまつにくさばなず)
所在地京都府京都市東山区東瓦町964(智積院)
指定区分国宝(美術工芸品・絵画)
指定年昭和27年(1952年)3月29日国宝指定
員数床貼付4面、壁貼付2面
寸法記録なし
所有者智積院
公開状況収蔵庫(宝物館)で展示(拝観条件は要確認)

参考文献

紙本金地著色松に草花図〈床貼付四/壁貼付二〉(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/44
特集 京都の初期障壁画1「長谷川等伯の障壁画」(京都市文化観光資源保護財団)
https://www.kyobunka.or.jp/learn/learn_art/1994.php
収蔵庫 国宝障壁画 その他(観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース)
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001554773.pdf

最終更新日: 2026.10.04