金銅小野毛人墓誌:飛鳥時代の貴重な国宝に出会う

京都市左京区の静かな山間に佇む崇道神社。その裏山の森深くに、飛鳥時代の高官・小野毛人(おののえみし)の墓が眠っています。この墓から出土した金銅製の墓誌は、日本に現存する最古級の墓碑銘のひとつとして国宝に指定されており、7世紀の日本における宮廷政治、家族の系譜、そして大陸から伝わった葬送文化を今に伝える貴重な遺産です。

現在、京都国立博物館に寄託されているこの墓誌は、古代日本の歴史と考古学に関心のある方にとって、京都が誇る知られざる至宝のひとつです。あの有名な遣隋使・小野妹子の子の墓から出土したという背景も、この墓誌の歴史的ロマンを一層深めています。

金銅小野毛人墓誌とは

金銅小野毛人墓誌(こんどうおののえみしぼし)は、長さ約58.9cm、幅約5.9cm、厚さ約0.4cmの長方形をした銅製の板です。表面に文字を彫刻した後、金メッキが施されており、「金銅」という名称の由来となっています。

墓誌には表裏合わせて48文字が刻まれています。表面には「飛鳥浄御原宮治天下天皇御朝任太政官兼刑部大卿位大錦上」と記され、小野毛人が天武天皇の朝廷において太政官(大臣に準ずる要職)と刑部省の長官を兼任し、冠位二十六階のうち第七位にあたる「大錦上」の位を有していたことが示されています。裏面には「小野毛人朝臣之墓 営造歳次丁丑年十二月上旬即葬」と刻まれ、丁丑年(677年)の十二月上旬に墓が営造され葬られたことが記録されています。

日本に現存する古代の金銅製墓誌としては最も長い銘文を持つ資料として、考古学・古代史研究において極めて重要な存在です。

小野一族:外交官と政治家の名門

この国宝の価値をより深く理解するためには、その背後にある名門・小野氏の歴史を知ることが大切です。小野毛人の父・小野妹子は、日本史上最も有名な人物のひとりです。推古天皇の時代の607年、聖徳太子の命を受けて隋の煬帝のもとへ遣わされた遣隋使として、日本と中国大陸との直接的な文化的・政治的交流の礎を築きました。

小野毛人はその父の伝統を受け継ぎ、天武天皇の朝廷で要職に就きました。毛人の子である小野毛野もまた、持統天皇のもとで官人として活躍しています。墓が所在する京都市左京区上高野一帯は、古くから小野氏の本拠地として知られ、この墓地は山城国愛宕郡小野郷に比定される小野氏一族の墓域の一部と考えられています。

なぜ国宝に指定されたのか

金銅小野毛人墓誌は、大正3年(1914年)に重要文化財に指定され、その後昭和36年(1961年)4月27日に国宝に昇格しました。国宝指定に至った背景には、いくつかの重要な要因があります。

第一に、日本に現存する最古級の墓誌銘である点です。故人の墓に銘文を刻んだ板を納める風習は、中国の南北朝時代から隋・唐にかけて盛んに行われた大陸の葬送文化が日本に伝わったもので、7世紀の日本における事例は極めて稀少です。

第二に、天武天皇の朝廷の官制に関する貴重な一次資料としての価値があります。墓誌に記された具体的な官職名と位階は、日本書紀などの正史の記述を考古学的に裏付けるものであり、古代日本の統治機構を研究する上で欠かせない証拠です。

第三に、鋳銅に文字を刻み金メッキを施すという高度な金属工芸技術が示されており、当時の日本の工芸水準の高さと被葬者の高い社会的地位を物語っています。この墓誌は677年の埋葬後しばらくして、毛人の子・毛野によって追納されたと推定されています。

発見とドラマチックな歴史

この墓誌が世に知られるようになった経緯もまた、400年以上にわたるドラマチックな物語です。慶長18年(1613年)、江戸時代の初め、上高野の崇道神社裏山で柴刈りをしていた地元の住民が、古墳を発見しました。花崗岩の板石を組み合わせた土葬式の石室の中から、この金銅製の墓誌が見つかったのです。

発見後、銘文から小野毛人の墓であることが判明し、墓誌は一度墓に戻されました。寛文13年(1673年)には銅製の墓誌函が作られ、元禄10年(1697年)に再び埋納されています。しかし明治時代に入り、墓荒らしによって墓が荒らされる事件が発生しました。幸い墓誌自体は盗まれませんでしたが、大正2年(1913年)に行われた正式な学術調査に伴い、墓誌は永久保存のため京都国立博物館に移されました。

墓そのものは、長さ約2.5m、幅・高さ約1mの石板で構築された土葬墓で、京都市内に残る奈良時代前期の貴重な遺跡として、昭和59年(1984年)に京都市指定史跡に指定されています。墳上には、著名な東洋史学者・内藤湖南の筆による「小野毛人墓碑」の石碑が立っています。

鑑賞ガイド:京都国立博物館

金銅小野毛人墓誌は、京都国立博物館(京博)に寄託されており、同館の名品ギャラリー(平常展示)の考古コーナーで不定期に展示されます。展示品は文化財保護の観点から定期的に入れ替えが行われるため、墓誌が展示されているかどうかは事前に博物館のウェブサイトや公式SNSで確認されることをおすすめします。

京都国立博物館は明治30年(1897年)に開館した歴史ある博物館で、日本および東アジアの美術・文化財を約14,600件収蔵しています。明治時代に建てられたレンガ造りの明治古都館(重要文化財、現在展示休止中)と、建築家・谷口吉生設計の平成知新館が並ぶ佇まいは、それ自体が見どころです。彫刻、絵画、書跡、陶磁器、染織、考古資料など多岐にわたる展示を楽しむことができます。

崇道神社と小野毛人の墓を訪ねる

墓誌が実際に出土した場所を訪れたい方には、崇道神社(すどうじんじゃ)への参拝がおすすめです。京都市左京区上高野に鎮座するこの神社は、平安京造営の時代に非業の死を遂げた早良親王(追号:崇道天皇)の霊を鎮めるために創建されたと伝えられ、京都でも有数の歴史と霊的な雰囲気を持つ神社です。

境内には小野妹子と小野毛人を祀る境内社・小野神社があり、その背後の山腹を約140m登ると、小野毛人の円墳に到達します。鬱蒼とした森の中を歩く参道は静寂に満ち、飛鳥時代の古に思いを馳せる格好の場所です。墳丘の上には内藤湖南筆の石碑が佇んでいます。

崇道神社は拝観無料で、参拝時間の制限もないため、北京都の散策の途中に気軽に立ち寄ることができます。

周辺情報

上高野エリアとその周辺には、崇道神社・小野毛人墓の訪問と組み合わせて楽しめるスポットがいくつもあります。

近隣の三宅八幡宮は子どもの守り神として親しまれ、鳩をモチーフにした愛らしいお守りや絵馬が人気です。叡山電鉄(えいでん)三宅八幡駅が最寄り駅で、崇道神社へのアクセスにも便利です。えいでんをさらに北へ進めば、天狗伝説で知られる鞍馬寺や、夏の川床料理で有名な貴船へ足を延ばすこともできます。

南方面には、修学院離宮(宮内庁管轄の宮廷庭園で要事前予約)があり、京都盆地を見渡す壮大な借景庭園を堪能できます。蓮華寺は紅葉の穴場スポットとして知られる静かな寺院です。

墓誌の実物を鑑賞するために京都国立博物館を訪れる場合は、東山七条エリアの三十三間堂(千体の千手観音像で世界的に有名)、清水寺、祇園の歴史ある街並みなど、京都を代表する名所が徒歩圏内に揃っています。

Q&A

Q金銅小野毛人墓誌はいつでも見られますか?
A墓誌は京都国立博物館に寄託されており、名品ギャラリー(平常展示)の考古コーナーで不定期に展示されます。常時展示ではないため、ご来館前に博物館の公式サイトや公式SNSで展示スケジュールをご確認ください。
Q小野毛人の墓を実際に訪れることはできますか?
Aはい、可能です。崇道神社(京都市左京区上高野)の境内から裏山へ約140mの山道を登った場所に円墳があります。道は急斜面を含むため、歩きやすい靴がおすすめです。拝観料は無料です。
Q崇道神社へのアクセス方法を教えてください。
A京都バス「上橋」バス停から徒歩約2分が最も便利です。京都駅からは京都バス17系統または18系統をご利用ください。叡山電鉄三宅八幡駅からは徒歩約8〜10分です。
Q外国語の案内はありますか?
A京都国立博物館では英語の展示解説、音声ガイド、英語版ウェブサイトが利用できます。崇道神社は地元の小さな神社のため外国語の案内は限られていますが、神社の厳かな雰囲気と歴史的な意義は言語を超えて感じ取ることができます。
Q小野毛人とはどのような人物ですか?
A小野毛人(おののえみし)は飛鳥時代の官人で、遣隋使として知られる小野妹子の子です。天武天皇の朝廷で太政官と刑部大卿を兼任し、「大錦上」の冠位を授かった高官でした。677年に葬られ、その墓から出土した金銅製墓誌は日本最古級の墓碑銘として国宝に指定されています。

基本情報

正式名称 金銅小野毛人墓誌(こんどうおののえみしぼし)
指定区分 国宝(考古資料)
指定日 重要文化財:大正3年(1914年)8月25日 / 国宝:昭和36年(1961年)4月27日
素材 鋳銅・鍍金(金銅製)
寸法 長さ58.9cm × 幅5.9cm × 厚さ0.4cm
制作年代 奈良時代(埋葬677年、墓誌制作は8世紀前半と推定)
出土地 京都府京都市左京区上高野(崇道神社裏山)
所有者 崇道神社
現在の保管場所 京都国立博物館(寄託)
博物館所在地 〒605-0931 京都府京都市東山区茶屋町527
開館時間 9:30〜17:00(入館は16:30まで)/金曜日は20:00まで(特別展期間中)
休館日 毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、年末年始
観覧料(名品ギャラリー) 一般700円 / 大学生350円 / 高校生以下・18歳未満・70歳以上:無料
崇道神社所在地 〒606-0064 京都府京都市左京区上高野西明寺山町34
崇道神社アクセス 京都バス「上橋」下車 徒歩約2分 / 叡山電鉄 三宅八幡駅 徒歩約8分
崇道神社拝観料 無料(境内自由)

参考文献

金銅小野毛人墓誌 — 京都国立博物館 名品紹介
https://www.kyohaku.go.jp/jp/collection/meihin/kouko/item09/
Gilt Bronze Memorial Tablet of Ono-no-Emishi — Kyoto National Museum
https://www.kyohaku.go.jp/eng/collection/meihin/kouko/item09/
国宝-考古|金銅小野毛人墓誌[崇道神社/京都]— WANDER 国宝
https://wanderkokuho.com/201-00860/
文化遺産データベース — 文化庁
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/524802
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/860
小野毛人 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E6%AF%9B%E4%BA%BA
崇道神社 京都通百科事典
https://www.kyototuu.jp/Jinjya/SudouJinjya.html
Epitaphs of Ancient Japan — Nara National Research Institute for Cultural Properties
https://www.nabunken.go.jp/english/e-catalogue/3.html

最終更新日: 2026.03.19