日吉ヶ丘・明石墳墓群:古代丹後王国の起源を物語る壮大な墳墓群

京都府北部、丹後半島の南麓に広がる加悦谷(かやだに)。三方を山に囲まれたこの豊かな盆地に、弥生時代から古墳時代にかけての壮大な墳墓群が静かに眠っています。2005年(平成17年)に国の史跡に指定された「日吉ヶ丘・明石墳墓群(ひよしがおか・あけしふんぼぐん)」は、約2,100年前にこの地を治めた有力な首長の存在を証明する、きわめて重要な遺跡です。日本海交易で栄えた古代丹後の繁栄が、従来知られていたよりも400年以上さかのぼることを示したこの墳墓群は、歴史ファンや考古学に関心のある旅行者にとって、またとない発見の旅となるでしょう。

日吉ヶ丘・明石墳墓群とは

日吉ヶ丘・明石墳墓群は、京都府与謝郡与謝野町に所在する、弥生時代中期から古墳時代前期にかけての墳墓群です。大きく分けて、日吉ヶ丘地区と明石(あけし)地区の2つのエリアから構成されています。

日吉ヶ丘地区には、弥生時代中期中頃(紀元前2〜1世紀頃)に築かれた巨大な方形貼石墓(ほうけいはりいしぼ)があります。長辺約32メートル、短辺約20メートル、高さ最大約2.7メートルという規模は、同時代の方形貼石墓としては日本最大級を誇ります。墳丘の斜面上半部には平らな石が貼り付けられ、独特の外観を呈していました。

明石地区は日吉ヶ丘地区の背後にある標高40メートルから96メートルの丘陵上に広がり、弥生時代後期末から古墳時代前期前半までの墳墓28基が確認されています。周辺には、日本海三大古墳の一つに数えられる蛭子山(えびすやま)古墳(墳丘長145メートル)をはじめ、作山(つくりやま)古墳群など多数の古墳・墳墓が所在しており、加悦谷一帯が古代丹後の政治・文化の中心地であったことを雄弁に物語っています。

なぜ国史跡に指定されたのか — その価値と意義

日吉ヶ丘・明石墳墓群が国の史跡に指定された背景には、いくつもの学術的に重要な発見があります。

第一に、日吉ヶ丘の方形貼石墓が日本最大規模であることです。方形貼石墓は現在のところ、石見・出雲地域(島根県)と丹後地域でのみ確認されている特異な墓制ですが、本遺跡のものはその中でも群を抜く大きさを持っています。この事実は、紀元前の丹後にすでに強大な権力を持つ首長が存在していたことを示しています。

第二に、出土した副葬品の豊富さです。木棺内の頭部付近からは670点を超える管玉(くだたま)と、赤色顔料(水銀朱)が検出されました。この圧倒的な量の管玉と赤色顔料は、被葬者が単なる有力者ではなく、宗教的・政治的に特別な地位にあった人物であることを強く示唆しています。

第三に、墳丘に石を貼り付ける技法が近畿地方の一般的な方形周溝墓とは異なり、山陰地方(石見・出雲)の墓制と共通する点です。これは丹後の首長が日本海を介して山陰地方と密接な交流を持っていたことを考古学的に裏付けるものであり、弥生時代における日本海沿岸の文化交流ネットワークを解明する上で極めて重要な手がかりとなっています。

第四に、日吉ヶ丘地区から明石地区にかけての墳墓群が、弥生時代中期から古墳時代前期までの数百年にわたる首長層の墓域の変遷を一つの地域

魅力・見どころ

日吉ヶ丘墳墓は、加悦谷を流れる野田川東岸の標高約20メートルの丘陵先端部に位置しています。谷全体を見渡すこの場所に立つと、2,100年前の首長がなぜこの地を墓所に選んだのか、その理由が肌で感じられるでしょう。四方を山々に囲まれた穏やかな盆地の風景は、悠久の時を超えて訪問者の心に深く響きます。

墳墓群の見学とあわせて、ぜひ訪れていただきたいのが隣接する「与謝野町立古墳公園」です。国史跡の蛭子山古墳と作山古墳群を復元整備した広大な歴史公園で、実際に古墳の上を歩いて古代の雰囲気を体感できます。蛭子山古墳の墳頂には、発掘調査で見つかった舟形石棺が覆屋の中に保存され、間近に見学することができます。

併設の「はにわ資料館」では、蛭子山古墳群・作山古墳群などから出土した埴輪や土器、勾玉などの実物が展示されています。本物の土器や勾玉に使われた石材、鹿の角などに実際に触れられるコーナーも設けられており、大人から子どもまで楽しめる施設です。入館料は大人300円、中学生以下150円と大変リーズナブルです。

周辺情報

与謝野町は古墳だけでなく、多彩な観光資源に恵まれた町です。江戸時代から昭和初期にかけて絹織物「丹後ちりめん」で栄えた「ちりめん街道」は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、明治・大正・昭和の各時代を代表する商家や織物工場が今も美しい佇まいを見せています。

日本三景の一つ「天橋立」へは車で約20分とアクセス良好です。大内峠の「一字観公園」からは天橋立が横一文字に見える絶景を楽しめます。伊根の舟屋群と組み合わせた海の京都の旅もおすすめです。

加悦谷は良質な米と清らかな水に恵まれた地域で、地元の酒蔵「与謝娘酒造」では地元産の米と水で仕込んだ日本酒を味わうことができます。また、日本海の新鮮な海の幸を使った地元料理も大きな魅力です。

古墳巡りをさらに楽しみたい方には、京丹後市にある日本海三大古墳の残る二基、網野銚子山古墳と神明山古墳を訪ねるルートもおすすめです。与謝野町観光協会と京丹後市観光公社が共催する「日本海三大古墳めぐりスタンプラリー」も開催されることがありますので、事前にチェックしてみてください。

Q&A

Q日吉ヶ丘・明石墳墓群へのアクセス方法は?
A京都丹後鉄道(丹鉄)「与謝野駅」からタクシーで約10〜15分です。お車の場合は、山陰近畿自動車道「与謝天橋立IC」から国道176号を南下し約10分です。
Q入場料はかかりますか?
A墳墓群の見学自体は自由です。隣接する与謝野町立古墳公園・はにわ資料館は、大人300円、中学生以下150円の入館料が必要です(団体割引あり)。
Q見学にどのくらいの時間がかかりますか?
A日吉ヶ丘・明石墳墓群の見学に約30分〜1時間、古墳公園とはにわ資料館を含めると合計2〜3時間程度を見込むとよいでしょう。ゆっくり散策しながら古代に思いを馳せるのがおすすめです。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A春(4〜5月)と秋(10〜11月)が過ごしやすく、加悦谷の美しい自然を楽しめます。古墳公園は通年開園ですが、冬季(12〜2月)は開館日が限られます。休館日は3〜11月が毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、12〜2月が毎週月〜木曜日です。年末年始も休館となりますのでご注意ください。
Q出土した管玉などの実物は見られますか?
A与謝野町立古墳公園内のはにわ資料館にて、日吉ヶ丘・明石墳墓群関連の出土品が展示されています。また、近隣の大風呂南古墳出土の国指定重要文化財「ガラス釧(くしろ)」も定期的に展示されますので、訪問前に展示スケジュールの確認をおすすめします。

基本情報

名称 日吉ヶ丘・明石墳墓群(ひよしがおか・あけしふんぼぐん)
指定 国指定史跡(2005年〔平成17年〕指定)
時代 弥生時代中期〜古墳時代前期(紀元前2世紀頃〜紀元後4世紀頃)
所在地 京都府与謝郡与謝野町明石
日吉ヶ丘墳墓の規模 長辺約32m × 短辺約20m、高さ最大約2.7m(日本最大級の方形貼石墓)
明石地区 標高40〜96mの丘陵上に墳墓28基
主な出土品 管玉670点以上、赤色顔料(水銀朱)、弥生土器
隣接施設 与謝野町立古墳公園・はにわ資料館(入館料:大人300円/中学生以下150円)
アクセス 京都丹後鉄道「与謝野駅」からタクシー約10分/山陰近畿自動車道「与謝天橋立IC」から国道176号を南下約10分
休館日(古墳公園) 3〜11月:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、12〜2月:毎週月〜木曜日、年末年始

参考文献

日吉ヶ丘・明石墳墓群 – 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/140447
日吉ヶ丘-明石墳墓群 – コトバンク
https://kotobank.jp/word/日吉ヶ丘-明石墳墓群-1444879
遺跡編(52)日吉ケ丘遺跡(京都府与謝野町) – 京都新聞
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/34608
古墳公園はにわ資料館 – 与謝野町公式サイト
https://www.town.yosano.lg.jp/facility-info/leisure-sightseeing-hotel/tourist-facility/403/
与謝野町立古墳公園 – 与謝野町観光協会
https://yosano-kankou.net/kankou/kofunpark/
与謝野町立古墳公園 – 海の京都観光圏
https://www.uminokyoto.jp/spot/detail.php?sid=11

最終更新日: 2026.03.02