空海の経典を納めるためにつくられた箱

蓋の中央に、金文字で二行の銘が記されている。「納真言根本阿闍梨空海入唐求得法文冊子之筥」。空海が唐から請来した経典を納める箱、という意味である。これが仁和寺の所蔵する国宝、宝相華迦陵頻伽蒔絵𡑮冊子箱(ほっそうげかりょうびんがまきえそくさっしばこ)である。

真言宗を開いた空海(774〜835)は、唐に二年ほど留学し、恵果のもとで密教を学んだ。書写して持ち帰ったもののなかに、縦横十数センチほどの小さな冊子が三十帖あった。一部は空海自身の筆と伝わる。これが三十帖冊子で、弘法大師の遺品として真言宗で重んじられてきた。

箱がつくられたのは、中身の冊子よりずっと後のことである。空海の没後、冊子は東寺に納められたが一時散逸しかけ、勅命によって集め直された。延喜十九年(919年)、これを天皇の叡覧に供することになり、その際に冊子を収める器として朝廷から下賜されたのがこの箱だという。経緯は『延喜御記』に記されており、そのおかげで制作年が特定できる。これほど古い品でこの確かさは珍しい。

寸法は縦37.0センチ、横24.4センチ、高さ8.3センチ。木でつくられた箱ではない。型に麻布を漆で貼り重ねて成形した乾漆製で、当時の仏像にも用いられた技法による。仕上がりは薄手で、大きさのわりに軽い。

なぜ国宝なのか

この箱が国宝に指定されたのは昭和26年(1951年)。区分は漆工ではなく書跡・典籍で、収めるべき経典とひとまとめに扱われている点が少し変わっている。

平安時代(794〜1185)の蒔絵で現存するものはきわめて少なく、しかも制作年のわかる作例はほとんどない。この箱は数少ない例外である。『延喜御記』が919年という年代を結びつけているため、初期の漆工品を考えるうえでの基準作となっている。ほかの作品の年代を測る物差しの役割を果たすわけだ。

装飾そのものも指定にふさわしい。地は黒漆塗で、細かな金銀の粉をうっすらと蒔いている。その上に文様を研出蒔絵で描く。下絵を漆で描き、金銀粉を蒔き、さらに漆をかけて、最後に研ぎ出して図を表面と同じ高さによみがえらせる技法である。文様は盛り上がらず、艶やかな黒の下にうっすらと沈んで見える。

近くで見たいところ

中央の銘を囲んで舞うのが迦陵頻伽である。上半身は菩薩、下半身と翼は鳥という想像上の霊鳥で、極楽に住み、聞き飽きることのない声で仏法を囀ると説かれる。ひと目には左右対称の整った唐風文様に見える。だがしばらく眺めると規則性が崩れていくのに気づく。二十八体の迦陵頻伽は、どれひとつとして同じ姿勢をとっていない。

鳥と鳥のあいだには宝相華が広がる。花弁や蔓を組み合わせた架空の花文で、しべが大きくふっくらと描かれている。八世紀の古い趣味につながる描き方である。余白には蝶や小鳥が配される。一見すると規則的なのに、細部は自在に変えてある。この自由さは、唐風の厳密な繰り返しよりも、奈良時代の作品に近い。

隅は丸くおさめられ、蓋は上面から側面へ移るあたりがゆるやかにふくらむ。口辺には紐が巻きめぐらされ、装飾を兼ねて縁を引き締めるとともに、箱の堅牢さも増している。見た目だけでなく、手に取って扱うところまで考えてつくられた箱である。

訪れる前に一点だけ。この箱が公開される機会は多くない。ふだんは寺の収蔵庫に納められ、国立博物館などの特別展や、仁和寺霊宝館の春秋の期間限定公開といった折にだけ姿を見せる。精巧な模造もつくられており、原品の代わりに並ぶこともある。実物を目当てにするなら、展示の予定を確かめてから足を運びたい。

仁和寺とその周辺

仁和寺は仁和4年(888年)、宇多天皇が光孝天皇の遺志を継いで完成させた寺である。宇多天皇はのちに出家してここに住み、以後およそ千年にわたり皇室出身者が門跡を務めたことから御室御所と呼ばれた。真言宗御室派の総本山で、平成6年(1994年)に「古都京都の文化財」の一つとして世界文化遺産に登録されている。

境内はゆっくり歩きたい。本尊を安置する金堂は京都御所の紫宸殿を移したもので国宝、二王門の奥には五重塔がそびえる。春の半ば、丈の低い御室桜が市中の桜よりも遅れて咲き、短い期間だけ大勢の人を集める。仁和寺はきぬかけの路の西端にあたり、龍安寺の石庭や、その先の金閣寺と歩いてもバスでも結べる位置にあるので、一日で巡るのに向いている。

Q&A

Q仁和寺に行けばこの箱を見られますか。
A通常は見られません。収蔵庫に納められており、特別展や霊宝館の春秋の期間限定公開のときにだけ公開されます。出かける前に寺の案内を確認してください。
Q名称にある見慣れない字は何ですか。
A「𡑮(そく)」と読み、麻布を漆で固めてつくる乾漆の技法を指します。文字化けして表示できないデータベースも多く、その場合は〓などの記号で示されます。
Q中に納める三十帖冊子も国宝ですか。
Aはい。三十帖冊子も別に国宝に指定され、同じく仁和寺が所蔵しています。箱と冊子は同じ指定番号のもとに記録されています。
Q仁和寺へのアクセスは。
A嵐電北野線の御室仁和寺駅が最寄りで、山門まで徒歩約3分です。市バスやJRバスの「御室仁和寺」停留所も利用できます。
Qなぜ木ではなく乾漆でつくられたのですか。
A乾漆は仏像にも使われた格の高い技法でした。薄くて軽く、なめらかに丸みを帯びた面が得られ、上に施す研出蒔絵の装飾にも適していました。

基本情報

名称宝相華迦陵頻伽蒔絵𡑮冊子箱(ほっそうげかりょうびんがまきえそくさっしばこ)
所在地京都府京都市右京区御室大内33 仁和寺
所有者仁和寺
指定区分国宝(昭和26年〔1951年〕6月9日指定)/種別:書跡・典籍
員数1合
時代平安時代。『延喜御記』により延喜19年(919年)の制作とされる
寸法縦37.0センチ、横24.4センチ、高さ8.3センチ
材質・技法乾漆製、黒漆塗地に金銀の研出蒔絵
附指定行遍僧正消息1巻、三十帖策子々細1巻
公開常時公開ではない。特別展や霊宝館の期間限定公開で展示されることがある
拝観時間3〜11月 9:00〜17:00(受付終了16:30)、12〜2月 9:00〜16:30(受付終了16:00)
拝観料御所庭園 大人800円(高校生以下無料)、霊宝館 公開期間中500円
アクセス嵐電北野線「御室仁和寺」駅から徒歩約3分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/585
文化遺産オンライン(NII)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/197630
京都国立博物館 名品紹介
https://www.kyohaku.go.jp/jp/collection/meihin/urusi/item05/
仁和寺 公式サイト(拝観・交通案内)
https://ninnaji.jp/visit/
仁和寺 公式サイト(仁和寺の工芸品)
https://ninnaji.jp/about_culturalassets/craft/

最終更新日: 2026.06.05