縹糸威胴丸〈兜・大袖付〉— 那須家に伝わった室町時代の優美な甲冑

京都国立博物館が所蔵する数多くの文化財の中でも、日本中世の洗練された美意識と武士の精神を鮮やかに今に伝える一領として知られるのが、重要文化財「縹糸威胴丸〈兜・大袖付〉」です。室町時代中期、およそ十五世紀の製作とみられるこの甲冑は、淡く澄んだ藍色の糸で威された胴丸に、兜と大袖が完備した大変貴重な遺例です。京都を訪れる皆様にとって、この甲冑を直に鑑賞する機会は、日本の武具工芸が到達した高みと、那須与一の伝説でも名高い那須家の歴史に触れる絶好の体験となるでしょう。

歴史的背景

室町時代(1336〜1573年)に至るまでに、日本の甲冑は長い時間をかけて大きく変化してきました。平安時代から鎌倉時代初期にかけて騎馬武者の主装であった大鎧は、やがて実戦での機動性を重視した胴丸へと主役の座を譲っていきます。胴丸は胴回りがひと続きで、右脇で引き合わせる構造を持ち、もともとは徒歩の士卒が身軽に戦うための甲冑でした。しかし次第に武将も胴丸を好んで用いるようになり、その際には大鎧に伴っていた格式ある兜や大袖を添えるようになりました。本品はまさに、そうした武将仕様の華やかな胴丸の姿を示す優品です。

この甲冑は、江戸時代後期に松平定信の主導で編纂された古物図録『集古十種』にも収録されており、既に二百年以上前から名品として広く知られていたことがわかります。近年までは、下野国那須郡を本拠とし、那須与一の伝承で有名な那須家に代々受け継がれてきたと伝えられています。

重要文化財に指定された理由

本品は昭和54年(1979年)6月6日に国の重要文化財に指定されました。その価値はいくつかの理由に裏づけられています。

まず、兜と大袖を完備した状態で現存する室町時代の胴丸そのものが、極めて珍しい例であることです。次に、金具廻りには赤銅を用い、菊枝文を透彫で表し、地を魚々子(ななこ)で細かく打ち出した上に、高彫した菊花を金の薄板で被せて彩る「色絵」の技法が見られます。これらの金工技法を組み合わせた古例としても高く評価されています。さらに、金具廻りに表された「一に菊花」の紋は、現存する那須家の家紋としては最古の遺例であり、武家の系譜を物語る史料的な価値も備えています。こうした希少性、精緻な技法、そして由緒ある伝来の三つが重なり合う点が、本品が重要文化財に値する大きな理由となっています。

見どころ

館内で実物を前にしたとき、ぜひ注目していただきたい見どころをご紹介します。

淡く美しい縹糸の威

「縹糸」とは藍染の糸の一種で、その澄んだ青色は古来、露草(つゆくさ)の花の色にたとえられてきました。「花田糸」とも記され、一説には露草の花で染められたことからこの名がついたとも伝えられます。黒漆を塗った革と鉄の小札を一枚交ぜに組み上げ、その間をこの縹糸で丁寧に威すことで、全体にやわらかく上品な青灰色の調子が生まれています。朱色や紫の威糸に比べ、静謐で知的な印象を与える佇まいが特徴です。

阿古陀形の兜

兜は「阿古陀(あこだ)」と呼ばれる瓜に似た丸みを帯びた形をしており、この種の兜は「阿古陀形」と呼ばれます。鉢は三十八間の筋立てで構成され、筋の頂点と腰巻の囲垣(いがき)には鍍金の覆輪(ふくりん)が施されています。静かな展示照明の下でも、この金の縁取りが穏やかな輝きを放ちます。

緻密な菊文の金具

革包みの各所に取り付けられた金具廻りは、赤銅を用い、菊枝文の透彫を基調としています。花弁の部分には金の薄板を被せて色絵とし、魚々子打ちと高彫を組み合わせた非常に手の込んだ仕上げが施されています。十五世紀においてこれほど高度に組み合わされた装飾技法の例は少なく、金工史の観点からも貴重です。この金具の表面に、那須家の「一に菊花」紋を見ることができます。

那須家との深いつながり

『平家物語』を読み親しんだ方であれば、那須という姓に特別な響きを感じられるかもしれません。屋島の戦い(1185年)で、海に浮かぶ扇の的を一矢で射抜いたと伝わる那須与一の逸話は、日本の中世を象徴する名場面として語り継がれてきました。本甲冑は与一の時代からおよそ二世紀半後のものですが、那須家に代々伝わってきた遺品であり、家の系譜を物語る最古の家紋が刻まれています。伝説的な武士の記憶と、中世後期の工芸文化を結ぶ貴重な手がかりといえるでしょう。

ご来館の際の情報

本品は京都国立博物館の所蔵品です。威糸などの繊細な部位を保護するため、館の展示は定期的に入れ替えが行われます。そのため、本甲冑は常時公開されているわけではありません。ご来館の際には、事前に京都国立博物館の公式サイトで開催中の展示内容をご確認いただくことをおすすめします。たとえ本品が展示期間外であっても、平成知新館では絵画、書跡、彫刻、考古、工芸など多様な分野の名品が常時展示されており、武具や甲冑の関連資料に触れられる機会も多く、見応えのあるご鑑賞をお楽しみいただけます。

京都国立博物館は東山区の閑静な茶屋町に位置し、京都の主要な寺社からも徒歩圏内にあります。正門と明治古都館は共に国の重要文化財に指定されており、その荘重な赤煉瓦の建築自体も博物館の見どころの一つです。平成26年(2014年)に開館した平成知新館は、名品ギャラリーと特別展の会場として用いられています。

周辺の見どころ

博物館の周辺には、京都を代表する文化財が集まっています。通りを挟んだ向かい側には、千体千手観音像で名高い三十三間堂が建ち、徒歩圏内には京都屈指の景観を誇る清水寺、京都最古の禅刹である建仁寺、そして伝統的な町家が連なる祇園の花街が広がっています。さらに智積院養源院なども徒歩数分の距離にあり、一日をかけて東山の文化財と歴史的景観をじっくり味わうことができます。武家文化や刀剣・甲冑への関心がある方には、京都国立博物館の展示と合わせて、これらの周辺社寺を併せて巡られることをおすすめいたします。

Q&A

Q胴丸とは、具体的にどのような甲冑ですか。
A胴丸は、胴回りがひと続きの甲冑で、右脇で引き合わせて着用する形式のものです。それ以前の主流であった大鎧と比べて軽快で動きやすく、当初は徒歩の武士に好まれました。後に武将も胴丸を採用するようになり、兜や大袖などの格式ある具足が添えられる例が増えていきました。
Q「縹糸(はなだいと)」とはどのような糸ですか。
A縹糸は、淡い青色に染めた藍染めの糸の一種です。「花田糸」とも書かれ、一説には露草の花で染められたことからこの名がついたと伝えられています。この甲冑では、その落ち着いた青色が作品全体に静謐で品格ある佇まいを与えています。
Qなぜこの甲冑は那須家と関わりがあるのですか。
Aこの胴丸は、那須与一の逸話で知られる那須家に代々伝来したことが知られています。金具に表された「一に菊花」の紋は、現存する那須家の家紋の最古例であり、家の歴史を物語る貴重な手がかりとなっています。
Q京都国立博物館では、いつでもこの甲冑を見ることができますか。
A繊細な文化財を保護するため、展示は定期的に入れ替えられています。本品は常時展示ではありませんので、ご来館前に博物館の公式サイトで展示内容をお確かめいただくのがおすすめです。
Q「重要文化財」とはどのような指定ですか。
A国が、歴史上・芸術上・学術上とくに価値が高いと認めた文化財に与える指定です。指定を受けた文化財は法律によって保護され、日本の重要な文化遺産として大切に守られていきます。

基本情報

名称 縹糸威胴丸〈兜・大袖付〉(はなだいとおどしどうまる)
種別 工芸品(甲冑)
時代 室町時代(十五世紀中頃)
員数 1領(附:旗一旒)
指定区分 重要文化財(昭和54年〔1979年〕6月6日指定)
所在地 京都国立博物館 京都府京都市東山区茶屋町527
開館時間 9:30〜17:00(特別展開催期間は異なります。入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日(祝日の場合は開館し、翌火曜日休館)、年末年始、展示替等による臨時休館あり
アクセス 京阪電鉄「七条駅」から東へ徒歩約7分/JR「京都駅」から市バスで「博物館・三十三間堂前」下車すぐ

参考文献

文化遺産オンライン 縹糸威胴丸〈兜・大袖付/〉
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/156761
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7212
e国宝 縹糸威胴丸 兜・大袖付 附旗一旒
https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&content_base_id=101127
京都国立博物館 館蔵品データベース
https://knmdb.kyohaku.go.jp/23939.html
京都国立博物館 公式サイト
https://www.kyohaku.go.jp/jp/

最終更新日: 2026.04.23