海部氏系図:日本最古の国宝系図が伝わる丹後・籠神社の秘宝

京都府北部、日本三景のひとつ天橋立の北端に鎮座する元伊勢籠神社(このじんじゃ)。この由緒ある古社には、日本最古級の系図として知られる国宝「海部氏系図(あまべしけいず)」が伝えられています。9世紀に作成されたこの系図は、神代から続く古代海人族の歴史を今に伝える貴重な文献であり、日本の古代史研究において欠くことのできない存在です。

海部氏系図とは

海部氏系図は、京都府宮津市の籠神社の宮司家である海部氏に代々伝わる2巻の系図です。

  • 本系図(籠名神社祝部氏係図)— 始祖・彦火明命(ひこほあかりのみこと)から第32世までの直系子孫のみを簡潔に記した竪系図(たてけいず)。書写年代は9世紀後半(貞観年間、859〜877年)と認められています。
  • 勘注系図(籠名神宮祝部丹波国造海部直等氏之本記)— 本系図に詳細な注記を加えたもので、始祖から第34世までを記録。兄弟や傍系の情報、記紀にも見られない独自の伝承を含む貴重な内容です。原本は仁和年中(885〜889年)に編纂されたと伝えられ、現存するものは江戸時代初期の写本です。

本系図は楮紙(こうぞし)5枚を縦に継いだ幅25.7cm、長さ228.5cmの巻子仕立てで、中央に淡墨の罫線を引き、その上に神名・人名が記されています。さらに「丹後国印」と刻まれた朱方印が28顆押されており、丹後国庁に提出され公式に認可された文書であることがわかります。

なぜ国宝に指定されたのか

海部氏系図は昭和50年(1975年)6月に重要文化財に指定され、翌昭和51年(1976年)6月5日に国宝に指定されました。その価値は多岐にわたります。

  • 日本最古級の系図:本系図は、現存する日本の古系図としては国宝「円珍俗姓系図」(和気氏系図)に次ぐ古さを持ち、竪系図の形式を採ることから、系図の古態を最もよく伝える稀有の遺品とされています。
  • 古代氏族制度の貴重な証言:海部氏の歴史的推移だけでなく、正史に埋もれた古代地方豪族の変遷のあり方を伝えており、日本の歴史研究上きわめて高い価値を持っています。
  • 独自の伝承:勘注系図には、古事記・日本書紀はもちろん、先代旧事本紀などの古記録にも見られない独自の伝承が記されており、古代史の研究に新たな視点を提供しています。
  • 公式文書としての性格:丹後国印の押印により、単なる家伝の系図ではなく、国庁の認可を受けた公的文書であることが証明されています。

海部氏の歴史:海の民から神職へ

海部氏は古代日本の海人族(あまぞく)を統率した有力氏族です。「海部」の名はそのまま「海の集団」を意味し、丹後半島を拠点に日本海を舞台とした漁撈や交易に従事していました。優れた航海術と造船技術を持ち、大陸との交流も行っていたとされています。

系図には海部氏の歴史が大きく三つの時代に分けて記録されています。始祖・彦火明命から建振熊宿祢に至る神話的な上代、「海部直」の姓を持ち海人集団を率いた海部管掌時代、そして籠神社の祝(はふり)として神職に専念した祝部時代です。この変遷は、古代日本における地方豪族の役割の移り変わりを如実に物語っています。

海部氏は現在も籠神社の宮司を代々務めており、実に82代にわたって途切れることなく神職を継承しています。

籠神社:「お伊勢さまのふるさと」

海部氏系図が伝わる籠神社は、「元伊勢」として知られる格式の高い古社です。社伝によれば、現在の伊勢神宮に祀られている天照大神と豊受大神は、もともとこの地に鎮座していたとされ、「お伊勢さまのふるさと」と称されています。

本殿は伊勢神宮と同じ神明造で、高欄には全国で伊勢神宮と籠神社のみに許される五色の座玉(すえたま)が輝いています。奈良時代には丹後国一宮となり、平安時代の『延喜式』では名神大社に列せられ、山陰道唯一の大社として最高の社格を誇りました。

境内には重要文化財の石造狛犬や、平安時代の書家・藤原佐理(すけまさ)の筆とされる扁額なども伝えられており、見どころが豊富です。また、神門前の水琴窟(すいきんくつ)からは地下水の澄んだ音色が聞こえ、訪れる人の心を和ませてくれます。

見どころ・魅力

海部氏系図の原本は保存上の理由から常時公開されていませんが、この国宝にまつわる歴史と文化を体感できる場所がいくつかあります。

  • 籠神社:1000年以上にわたり海部氏が奉仕してきた神聖な空間を体感できます。本殿の神明造の美しさ、「御生れの庭」の水琴窟、重要文化財の狛犬など見どころが多数あります。
  • 奥宮・真名井神社:籠神社から徒歩約10分の場所に鎮座する奥宮は、豊受大神がもともと鎮座していたとされる聖地です。古代の磐座(いわくら)と真名井の御神水が残り、原始的な神聖さを感じることができます。
  • 京都府立丹後郷土資料館(ふるさとミュージアム丹後):海部氏系図の複製をはじめ、丹後地方の歴史文化資料を展示してきた博物館です。※現在リニューアル工事のため臨時休館中(令和9年3月下旬頃再開予定)。
  • 天橋立:籠神社の裏手にある傘松公園からは、日本三景のひとつである天橋立を一望できます。古来、天橋立は籠神社の参道であったと伝えられており、この絶景も含めて参拝を楽しむのがおすすめです。

周辺情報

籠神社と天橋立の周辺には、歴史・自然・文化を楽しめるスポットが充実しています。

  • 天橋立ビューランド・傘松公園:天橋立を望む二大展望スポット。傘松公園は籠神社の真上にあり、「股のぞき」で天地逆転の絶景を楽しめます。
  • 成相寺:西国三十三所第28番札所。山上に位置し、宮津湾を見渡す見事な眺望が魅力です。
  • 伊根の舟屋:籠神社から車で約30分。海辺に並ぶ独特の舟屋群は「海の京都」を代表する風景で、「日本のベネチア」とも称されています。
  • 丹後ちりめん回廊:丹後地方は日本遺産「丹後ちりめん回廊」に認定されており、伝統的な絹織物文化に触れることができます。

アクセス情報

籠神社へのアクセスは、京都丹後鉄道宮豊線「天橋立」駅が最寄りです。駅前の桟橋から天橋立観光船に乗り「一の宮桟橋」で下船すれば約12分、桟橋から神社までは徒歩約1分です。天橋立の砂州を歩いて渡る場合は約45分の道のりで、レンタサイクルも利用できます。

京都駅からはJR特急「はしだて」で天橋立駅まで約2時間。大阪方面からはJR特急「こうのとり」で福知山駅まで行き、京都丹後鉄道に乗り換えます。車の場合は京都縦貫自動車道の与謝天橋立ICから約13分です。

春の桜の時期や秋の紅葉の時期は特に美しく、4月24日には2500年の歴史を持つとされる葵祭りが斎行され、太刀振りなどの奉納神事を見ることができます。

Q&A

Q海部氏系図の実物を見ることはできますか?
A海部氏系図の原本は保存のため常時公開されていません。籠神社の秘宝として長く門外不出でしたが、戦後に初めて公開されました。京都府立丹後郷土資料館では複製が展示されていましたが、現在リニューアル工事のため臨時休館中です(令和9年3月下旬頃再開予定)。大規模な特別展などで公開される場合もありますので、最新情報をご確認ください。
Q籠神社と伊勢神宮はどのような関係がありますか?
A社伝によれば、伊勢神宮に祀られている天照大神と豊受大神は、もともと籠神社(およびその奥宮・真名井神社)に鎮座していたとされています。そのため「元伊勢」と呼ばれ、本殿は伊勢神宮と同じ神明造で建てられています。全国で伊勢神宮と籠神社のみに許される五色の座玉が高欄に飾られていることも、両社の深い繋がりを物語っています。
Q海部氏系図はどれくらい古いものですか?
A本系図は貞観年間(871〜877年頃)に作成されたもので、約1150年の歴史があります。日本に現存する最古級の系図のひとつです。勘注系図の原本は仁和年中(885〜889年)の編纂と伝えられますが、現存するものは江戸時代初期の写本です。
Q籠神社の参拝にはどれくらい時間がかかりますか?
A籠神社のみの参拝であれば約15分が目安です。奥宮の真名井神社も合わせて参拝する場合は、往復の徒歩を含めて約45〜50分を見込むとよいでしょう。天橋立の散策や傘松公園からの展望も楽しむ場合は、半日程度の時間を確保されることをおすすめします。
Q海外からの訪問者向けの英語案内はありますか?
A籠神社での英語表記は限られていますので、事前に歴史的背景を調べてから訪問されることをおすすめします。天橋立エリアの観光案内所では英語のパンフレットが入手できる場合があります。観光船やケーブルカーにも基本的な英語案内があります。

基本情報

名称 海部氏系図(あまべしけいず)
指定区分 国宝(昭和51年〈1976年〉6月5日指定。昭和50年〈1975年〉6月に重要文化財指定)
種別 古文書
時代 平安時代(9世紀)
構成 本系図1巻(幅25.7cm×長さ228.5cm)、勘注系図1巻
所有 個人(海部氏/籠神社)
所在地 〒629-2242 京都府宮津市字大垣430 籠神社
参拝時間 7:00〜17:00(12月〜2月は16:30閉門)
拝観料 境内無料
アクセス 天橋立駅前桟橋より観光船で一の宮桟橋まで約12分、下船後徒歩約1分。天橋立を徒歩で渡る場合は約45分。
お問い合わせ 籠神社:0772-27-0006

参考文献

海部氏系図 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E9%83%A8%E6%B0%8F%E7%B3%BB%E5%9B%B3
海部氏系図 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/197820
第10回 籠神社と海部氏 - 宮津市ホームページ
https://www.city.miyazu.kyoto.jp/site/citypro/4991.html
元伊勢籠神社 - 天橋立観光協会
https://www.amanohashidate.jp/spot/konojinja/
籠神社 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%A0%E7%A5%9E%E7%A4%BE
ふるさとミュージアム丹後(京都府立丹後郷土資料館)
https://www.kyoto-be.ne.jp/tango-m/cms/
Motoise Kono Jinja Shrine - Japan Tourism Agency
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/en/R2-01544.html
Amabe clan - Wikipedia (English)
https://en.wikipedia.org/wiki/Amabe_clan

最終更新日: 2026.03.20