千二百年を経て残る、空海自筆の三通
京都市南区の東寺、その宝物館に、長さ一メートル半あまりの一巻の巻物が収められている。真言宗を開いた僧・空海(七七四〜八三五)が自らの筆で記した三通の手紙を継ぎ合わせたもので、第一通の書き出し「風信雲書」の二字をとって「風信帖」と呼ばれる。寸法は縦二八・八センチ、横一五七・九センチ。国宝としての正式名称は「弘法大師筆尺牘三通(風信帖)」で、尺牘とは漢文で記された書状を指す。
宛先は、比叡山に天台宗を開いた最澄(七六七〜八二二)である。空海と最澄は延暦二十三年(八〇四)、同じ遣唐使の船団で唐へ渡り、帰国後はそれぞれ日本仏教の刷新に力を注いだ。三通が書かれたのは弘仁年間の初め、八一〇年から八一二年ごろとされる。両者がなお親密で、経典を貸し借りしていた時期にあたる。第一通は、最澄から贈られた天台の止観の典籍への礼に始まり、直接会って法を論じたいと招く内容になっている。
一巻に異なる三つの筆
三通は別々の機会に書かれており、筆致もそれぞれ違う。第一通の風信帖は最も端正で、王羲之の書法を踏まえた謹厳な字姿を見せる。第二通は冒頭の二字から忽披帖とも呼ばれ、墨が濃くのって力強い。第三通の忽恵帖は運筆が軽やかで草書が多く、書きぶりに親しみがある。
空海は入唐中に書を直接学び、王羲之の流れに加えて唐の顔真卿の重厚な筆法を取り入れた。風信帖の趣は、顔真卿の「祭姪文稿」に近いと指摘されることが多い。端正さと力強さが一本の線の中に同居している点に、その特徴がある。空海は嵯峨天皇、橘逸勢とともに平安初期の能書家「三筆」の一人に数えられ、風信帖はその代表作とされる。
五通から三通へ
もとは三通ではなかった。巻末の奥書によれば、かつては五通が残っていたが、二通が失われたという。一通は盗難に遭い、南北朝期の十四世紀に失われたと伝わる。もう一通は天正二十年(一五九二)、関白豊臣秀次の所望によって切り取られ、献上された。いまの巻物に継がれているのは、残る三通である。
これらの書状は、もともと最澄の延暦寺に伝わり、南北朝期に東寺へ移された。その際の寄進状と送状の二通も、巻物とあわせて国宝に指定され、附(つけたり)として一体をなしている。文化庁は昭和二十六年(一九五一)六月九日、平安時代の古文書としてこれを国宝に指定した。
風信帖の価値はどこにあるか
その価値は、書としての価値と、史料としての価値の二つにまたがる。書の面では、空海の真跡のなかでも最高峰とされ、日本の名筆の代表に挙げられる。手本として臨書されてきた歴史も長い。史料の面では、平安仏教を築いた二人の高僧の私的な交流が、当人の肉筆で、しかも日常のやりとりとして残っている点に意味がある。
ここに記された親しさは、やがて崩れていく。数年のうちに、密教経典の貸借や、最澄の弟子が空海のもとへ移った一件をめぐって、二人の関係は疎遠になった。風信帖は、その亀裂の前、もっとも睦まじかった時期の記録である。
東寺で風信帖に会うには
東寺は正式には教王護国寺といい、延暦十五年(七九六)に新都を守る官寺として建てられた。弘仁十四年(八二三)に嵯峨天皇から空海へ下賜され、真言密教の根本道場となった寺院である。平成六年(一九九四)には世界文化遺産に登録された。高さ約五五メートルと木造塔として国内最高の五重塔や、二十一体の仏像を立体曼荼羅として配した講堂で知られる。
風信帖が収められているのは境内の宝物館である。紙に書かれた古文書ゆえに傷みやすく、常時公開されてはいない。実物が出るのは、宝物館が春と秋に開く特別展のときに限られ、それも毎年とは限らない。原本を見たい場合は、訪れる前に開催中の展示内容を確認しておきたい。境内そのものは毎日拝観でき、京都駅八条口から徒歩約十五分、近鉄東寺駅からは徒歩約十分の距離にある。
毎月二十一日には、空海の命日にちなんだ縁日「弘法市」が境内一帯に立つ。骨董や工芸品、植木、食べ物の露店が並び、多くの人で賑わう。巻物が展示ケースの外に出ない日でも、寺がいまも生きている様子に触れられる一日である。
Q&A
- 風信帖とは何ですか。
- 空海が最澄に宛てて九世紀初めに記した三通の手紙を一巻に継いだ書状です。第一通の冒頭の語にちなんで名づけられました。
- 東寺でいつでも実物を見られますか。
- いいえ。宝物館の春・秋の特別展のときに限って公開され、毎年出るわけではありません。事前に展示内容をご確認ください。
- 空海の書はなぜ高く評価されるのですか。
- 入唐して王羲之や顔真卿の書法を学び、嵯峨天皇・橘逸勢とともに「三筆」に数えられます。風信帖は現存する空海の書の最高傑作とされます。
- もともと三通だったのですか。
- いいえ。奥書によればかつては五通あり、一通は盗難で、一通は天正二十年(一五九二)に豊臣秀次へ献上されて失われ、三通が残りました。
- 東寺へのアクセスは。
- 京都駅八条口から徒歩約十五分、近鉄京都線の東寺駅から徒歩約十分です。
基本情報
| 名称 | 風信帖(弘法大師筆尺牘三通) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市南区九条町 東寺(教王護国寺) |
| 指定区分 | 国宝(古文書) |
| 指定年月日 | 昭和二十六年(一九五一)六月九日 |
| 員数 | 一巻(附 寄進状並送状 二通) |
| 寸法 | 縦二八・八センチ × 横一五七・九センチ |
| 時代 | 平安時代(八一〇年ごろ) |
| 所有者 | 教王護国寺(東寺) |
| 公開 | 宝物館の春・秋の特別展で公開(常設展示ではない) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)弘法大師筆尺牘三通(風信帖)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/809
- 風信帖 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E4%BF%A1%E5%B8%96
- 教王護国寺(東寺)宝物館(京都市公式 京都観光Navi)
- https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=11&tourism_id=784
最終更新日: 2026.06.08