東寺に遺る絹本の一巻
京都・東寺(教王護国寺)に、絹に墨でしるされた一巻の古文書が所蔵されている。弘法大師遺告(こうぼうだいしゆいごう)と呼ばれる、平安時代の作である。空海が入定にあたって弟子たちに残したとされる遺誡、すなわち「御遺告(ごゆいごう)」の系統に属する写本にあたる。
この一巻が目を引くのは、その材である。御遺告の写本は紙に書かれたものが多いが、本品は絹に筆を運んでいる。国の文化財データベースには、員数一巻、種別は古文書として記載され、時代は平安と記される。
御遺告に記されたこと
御遺告は、承和2年(835)3月15日の日付をもつ。空海が高野山で没した3月21日の6日前にあたる。よく知られた形では二十五箇条からなり、迫りくる入定を予告したうえで、真言宗の寺院をいかに運営し、教えをいかに護持すべきかを、弟子たちに細かく指示する内容となっている。第十九条には、僧房での飲酒を戒める一条が含まれる。空海は自らの没後について、兜率天に往生して弥勒菩薩のそばに侍し、雲の切れ間から人々の信仰のありようを見守る、と述べる。真言宗はこの書を宗門の規範として重んじ、写本を大切に守り継いできた。
ただし、実物を探す前に知っておきたい点がある。御遺告は空海の言葉として記されるものの、空海自身の手になるものとは、現在の研究では考えられていない。この文献が現れるのは寛平7年(895)以降であり、内容や文章から、成立は空海没後およそ一世紀を経た10世紀半ばごろと見られている。現存最古の写本には安和2年(969)の年紀がある。したがって御遺告は、空海その人の遺言ではなく、初期の真言教団が祖師を仰いでまとめた書として読まれている。とはいえ、その重みが減じるわけではない。千年以上にわたり、真言宗が自らを律する拠りどころとしてきた書だからである。
指定の意味と価値
この一巻に付された指定年月日は、日本の文化財保護のはじまりそのものに重なる。明治30年(1897)6月、古社寺保存法が公布された。社寺の建造物や宝物のうち、歴史の証徴または美術の模範となるものを保護し、海外への流出や売却を禁じ、修理を国費で補助する、近代日本で最初の本格的な文化財保護立法である。最初の指定は同年12月28日に行われ、東寺のこの絹本遺告もそのなかに含まれていた。
当時、こうした品は同法のもとで「国宝」と称された。昭和25年(1950)に文化財保護法が施行されると区分が再編され、「国宝」の語はとくに優れた品に限って用いられるようになり、それ以前に指定された多くの品は、より広い区分である重要文化財として引き継がれた。本品もそのひとつである。文化庁データベースが記す明治30年の日付は、古社寺保存法下での当初の指定にさかのぼる。つまりこの一巻は、国がはじめて保護の対象とした品々のひとつにあたる。
見どころと拝観
遺告は、視覚的に華やぐ作ではない。絹の上に墨でしるされた文字が連なり、ところどころ年月を経て薄れている。その価値は色や装飾ではなく、何であるか、何を記しているかにある。だからこそ、背後にある文章をいくらか知ったうえで向き合いたい一巻である。
本品は常時公開されているわけではない。東寺が所蔵する二万五千点を超える指定品の大半と同じく、宝物館に収められ、折にふれて展示される。宝物館の一般公開は春と秋の年二回で、そのつどテーマが設けられ、出品される品は時季のなかでも入れ替わる。この一巻が出陳されるかどうかは、その季の展示内容しだいである。実物を目当てに訪れるなら、事前に開催中の展示を確かめておくのがよい。一方で、いつでも訪ねられるのは、空海自身が形づくった寺そのものである。
周辺とアクセス
東寺は正式には教王護国寺といい、京都駅の南西、徒歩圏内にある。延暦15年(796)、平安京遷都の2年後に、羅城門の東に置かれた官寺として創建された。弘仁14年(823)に嵯峨天皇から空海に下賜され、真言密教の根本道場となった。
境内はそれ自体が見ごたえをもつ。寛永21年(1644)に徳川家光のもとで再建された五重塔は高さ約55メートルで、現存する木造塔として日本一の高さを誇り、京都の景観の象徴となっている。金堂と、空海が構想した21体の立体曼荼羅を安置する講堂が、伽藍の中心をなす。東寺は「古都京都の文化財」の構成資産として世界遺産に登録されている。
毎月21日、空海の命日には、境内に弘法市が立つ。骨董や食べ物、工芸品が並ぶ大規模な縁日で、長く続けられてきた。交通は分かりやすい。京都駅からは徒歩で約15分、あるいは近鉄で一駅の東寺駅から徒歩5分から10分ほどである。市バスも東門前や南門前の近くに停まる。
Q&A
- 拝観すれば弘法大師遺告を見られますか。
- 通常は見られません。宝物館に収められ、春と秋の特別公開の折に、その時季のテーマに合えば展示されます。訪れる前に、開催中の展示内容をご確認ください。
- この巻は空海自身が書いたものですか。
- 空海の遺言として記されていますが、御遺告は10世紀ごろに成立した書と考えられています。本品はその系統に属する平安時代の写本です。
- 「国宝」と「重要文化財」はどう違うのですか。
- いずれも国の指定です。現在の制度では国宝が上位で、とくに優れた品に限られ、重要文化財はより広い区分です。本品は明治30年に旧法のもとで指定され、昭和25年に重要文化財として引き継がれました。
- 遺告が展示されていなくても、東寺を訪ねる価値はありますか。
- あります。五重塔、金堂、講堂の立体曼荼羅は京都でも有数の見どころで、東寺は8世紀に創建された世界遺産です。
- 訪れるのに適した時期はいつですか。
- 春の公開はおおむね3月下旬から5月下旬で、桜の季節と重なり、名高い不二桜も見られます。毎月21日には弘法市が立ち、秋には紅葉とともに別のテーマの特別展が開かれます。
基本データ
| 名称 | 弘法大師遺告(絹本) |
|---|---|
| ふりがな | こうぼうだいしゆいごう |
| 指定区分 | 重要文化財(古文書) |
| 指定年月日 | 明治30年(1897)12月28日(古社寺保存法による指定。昭和25年に重要文化財として継承) |
| 時代 | 平安時代 |
| 員数・品質 | 一巻、絹本墨書 |
| 所有者 | 宗教法人教王護国寺(東寺) |
| 所在地 | 京都府京都市南区 |
| 公開状況 | 常時公開ではない。東寺宝物館に収蔵され、春・秋の特別公開時に随時展示 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/9435
- 御遺告(文化遺産オンライン)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/274092
- 東寺(教王護国寺)公式サイト
- https://toji.or.jp/
- 古社寺保存法(文部科学省)
- https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1318164.htm
最終更新日: 2026.06.17