嘉元三年、冷泉為相の筆になる古今集

京都市右京区、仁和寺にほど近い丘陵地に立つ陽明文庫に、二帖の冊子がある。最初の勅撰和歌集『古今和歌集』を書写したもので、奥書には嘉元三年(一三〇五年)四月廿七日に書写・校合したと記される。筆者は鎌倉時代後期の公卿であり、冷泉家の祖となった歌人、冷泉為相である。

正式名称を「古今集〈冷泉為相筆/(嘉禄本)〉」といい、昭和十四年(一九三九年)五月二十七日に重要文化財に指定された。書跡・典籍の一件として、五摂家筆頭近衞家の旧蔵品を収める陽明文庫が所蔵する。

名称の「嘉禄本」と、奥書の嘉元三年という書写年は、年号としては別物である。為相がこれを書き写したのは嘉元三年(一三〇五年)であり、嘉禄(一二二五〜二七年)はそれより八十年ほど前の年号にあたる。この食い違いは、書写の年ではなく、書き写された本文の系統を指す呼称であることに由来する。

定家本のなかの嘉禄本

『古今和歌集』の写本には、清輔本・俊成本・定家本という三つの主要な系統が知られる。なかでも藤原定家が校訂した定家本が広く流布したが、その定家本もさらに貞応本と嘉禄本の二系統に分かれる。嘉禄本の名は、定家が嘉禄二年(一二二六年)に加えた奥書にちなむ。

陽明文庫本は、この嘉禄本の系統に属する。つまり名称は二つの事実を同時に記している。本文は定家の嘉禄二年の校訂に遡り、現に手元にある冊子は嘉元三年に為相が書写したものである、という二点である。

中世にあって典籍は一点ずつ筆写されるほかなく、書写を重ねるごとに本文に異同が生じた。どの系統の本に拠るかが学問的に重んじられた時代に、定家校訂の嘉禄本を、その孫である為相が書写した点に、本品の位置づけがある。

書写者・冷泉為相

冷泉為相(一二六三〜一三二八年)は、和歌の家系の中枢に生まれた。父は藤原為家、祖父は嘉禄本の校訂者である藤原定家、母は紀行『十六夜日記』の作者として知られる阿仏尼である。

その生涯には、長く続いた相続争いが影を落としている。建治元年(一二七五年)に父為家が没すると、播磨国細川荘の所領と、御子左家に伝わる多くの歌書の相続をめぐり、異母兄との間に係争が生じた。阿仏尼は子のために鎌倉へ下って幕府に訴え、その道中を記したのが『十六夜日記』である。訴訟は長引き、為相側の勝訴が確定したのは正和二年(一三一三年)のことであった。

この相続の亀裂から、定家の血を引く三つの歌道家、すなわち二条家・京極家、そして為相の冷泉家が分立した。冷泉家は歌の家として今日まで続き、その文庫には定家自筆の典籍も守られている。冷泉家の祖が、祖父定家の校訂本に拠って『古今集』を書写した一本という関係が、ここに重なる。

指定の理由と附指定の品

本品が重要文化財に指定されたのは昭和十四年五月二十七日、書跡・典籍の部においてである。その価値は、書写された本文の古さ、筆者の確かさ、そして来歴を裏づける文書の存在という複数の層からなる。

奥書は嘉元三年という書写年を明示し、本文を別本と校合したことを記す。後年には、戦国期の冷泉家当主であった冷泉為和(一四八六〜一五四九年)の跋が加えられ、二帖が二百年あまりにわたって家に伝来したことを示す。

指定にあたっては、二点の文書が附として併せて指定されている。一つは戦国期を代表する古典学者三条西公条(一四八七〜一五六三年)による極状、すなわち筆者を鑑定した証明書であり、もう一つは後西天皇(一六三八〜一六八五年)の宸翰になる御極札である。当代一流の学者と天皇による鑑定が添えられている点も、為相筆という伝来が確かなものとして受け継がれてきた理由の一つである。

拝見の機会と周辺

陽明文庫は博物館ではなく、現に活動する研究保存施設であり、原則として一般には公開されていない。所蔵品の閲覧には紹介状を要し、季節ごとの小規模な展示も、予約のあった団体に限って行われる。

本品を実際に見る現実的な道は、特別展である。近衞家の名宝は時に京都文化博物館などへ出陳され、本帖もある年の春の展観に出品された。京都の主要な博物館の会期を確かめておくのが、原本に対する最も確かな近づき方となる。

文庫は世界遺産仁和寺に近く立地するため、文庫そのものが閉じている折でも、その一帯は訪ねる価値がある。この一本を生んだ世界に関心を寄せる人は、京都市中心部の今出川にほど近い冷泉家住宅を併せて思い起こすとよい。重要文化財に指定された現存最古の公家住宅で、こちらも公開は限られた機会のみである。

Q&A

Q嘉元三年の書写なのに、なぜ「嘉禄本」と呼ぶのですか。
A「嘉禄本」は書写年ではなく本文の系統を指します。藤原定家が嘉禄二年(一二二六年)の奥書を加えた校訂系統に属する本文を、為相が嘉元三年(一三〇五年)に書き写したものです。
Q原本を見ることはできますか。
A容易ではありません。陽明文庫は原則非公開の私的な文庫です。京都文化博物館などで折々開かれる近衞家名宝の特別展が、実見の現実的な機会となります。
Q冷泉為相とはどのような人物ですか。
A鎌倉時代後期の公卿・歌人(一二六三〜一三二八年)で、藤原定家の孫、阿仏尼の子にあたります。冷泉家の祖であり、その家系は現在も京都に続いています。
Q附指定とは何が含まれますか。
A二点の鑑定文書です。古典学者三条西公条による極状一通と、後西天皇宸翰の御極札一葉で、いずれも為相筆という鑑定を裏づけます。
Q陽明文庫にはほかにどのような所蔵品がありますか。
A藤原道長自筆の日記『御堂関白記』(国宝)をはじめ、近衞家旧蔵の古文書・典籍・記録など約十万件に及ぶ史料を収めています。

基本情報

名称古今集〈冷泉為相筆/(嘉禄本)〉
指定区分重要文化財(書跡・典籍)
指定年月日昭和十四年(一九三九年)五月二十七日
書写年嘉元三年(一三〇五年)
筆者冷泉為相(一二六三〜一三二八年)
員数二帖
三条西公条極状一通/後西天皇宸翰御極札一葉
所有者財団法人陽明文庫
所在京都府
公開状況原則非公開。特別展等での公開に限る

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7960
文化遺産オンライン 古今和歌集(嘉禄本系統の解説)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/218390
公益財団法人陽明文庫(収蔵品紹介)
https://ymbk.sakura.ne.jp/collection.htm
京都府京都文化博物館 陽明文庫の名宝展
https://www.bunpaku.or.jp/exhi_sogo_post/20260214-0412/

最終更新日: 2026.06.18