八十四歳の自筆という事実
二帖からなる冊子の、下帖の末尾。そこに著者は、八十四歳でこの書を撰述したと書きしるしている。筆をとったのは藤原俊成(としなり/しゅんぜい、一一一四〜一二〇四)。平安末から鎌倉初期にかけて、歌人として、また歌の批評家として大きな影響をおよぼした人物である。この二帖が『古来風躰抄』であり、冷泉家に残るこの一本は、全文が俊成その人の筆になる現存唯一の自筆本にあたる。
俊成がこの初撰本を書き上げたのは建久八年(一一九七)。後白河院の皇女で、歌人としても評価の高い式子内親王の求めに応じ、歌をどう詠むべきかについての考えを記したものとされる。当時は貴重だった料紙を内親王から贈られたという話も残る。俊成はその四年後、建仁元年(一二〇一)、八十八歳で再撰本をまとめている。冷泉家本は、先に書かれた建久八年の初撰本の原本である。
歌論書が国宝に指定された理由
本書は上下二巻に分かれる。上巻は和歌の歴史を概観し、八世紀の歌集『万葉集』から百九十一首を抄出する。下巻は勅撰集に目を移し、『古今集』から、俊成自身が撰した『千載集』にいたる七代の集から四百首近くを引く。抄出歌の数は初撰本と再撰本とで若干異なる。選び抜かれた歌のあいだに、俊成自身の評がごく短く差しはさまれる。
その簡潔さにこそ眼目があった。それ以前の歌学書は、規則や故実の知識を積み上げる傾向が強かった。俊成はむしろ逆を行き、すぐれた歌を長く連ねることで、文体すなわち「風躰」のよさを、説明ではなく実例から読者に感じ取らせようとした。彼は奥行きと静かなおもむきを指す「幽玄」、そして詠み終えたあとに残る響きである「余情」を重んじた批評家として知られる。本書はさらに、歌を詠むことと天台の止観(しかん)の行とを結びつけ、作歌を一種の精神的な営みに近いものとして位置づけている点でも独特である。
昭和五十八年(一九八三)六月六日に国宝へ指定された本書の価値は、二重である。テキストとしては、日本の文芸批評の中核をなす書物の最も古い姿を保つ。物としては、俊成の筆跡を知るうえで最良の現存資料となる。忠実に書き写された『万葉集』の本文は、はるかに古いこの歌集の語句を校合する材料としても、学術的な意味をもつ。
筆跡を見る
二帖の寸法はつつましい。一丁の大きさは縦およそ二八・九センチ、横二〇・八センチほどで、上帖が九十七丁、下帖が九十五丁を数える。華やかなところは何もない。目をとめるに値するのは筆そのものである。七十年以上も歌を書き続けた人の、急がず均衡のとれた線。八十四歳にしてなお驚くほど安定した運筆がそこにある。冷泉流の書がこの落ち着いた品位ゆえに尊ばれてきたことを思えば、ここにはその源があるといってよい。
この書物が何ではないかを思い起こすとよい。専門の書写者が清書した献上本ではなく、著者自身の手になる稿本であり、成立年と筆者を確定させる年記入りの奥書まで備えている。著者自筆のまま残る古典の名著はそもそも数が少なく、十二世紀にさかのぼる例となるとなおさらまれである。この組み合わせが、本書を他に類のない位置に置いている。
どこで実見できるか
『古来風躰抄』を所蔵するのは、公益財団法人冷泉家時雨亭文庫である。俊成の子・藤原定家の系譜を引く冷泉家の典籍と住宅を護る財団で、その所蔵品は国宝五件、重要文化財数十件にのぼり、定家の日記『明月記』もそこに含まれる。総数は数万点に達する。これだけの典籍がまとまって残ったのは、古写本を切断して茶席の掛物に仕立てる風が流行した時代に、家の御文庫が一六二〇年代から享保六年(一七二一)まで一世紀近く勅封のもとに置かれていたことが大きい。
冷泉家住宅は、京都御苑の北、今出川通に面して建ち、東・北・西の三方を同志社大学今出川キャンパスに囲まれている。寛政二年(一七九〇)に再建されたこの建物自体が重要文化財であり、市内に残る唯一の完全な公家住宅でもある。一般公開は秋を中心にごくまれに行われるだけで、しかも公開時にも典籍類はここでは展示されない。文書類はかわりに、博物館の特別展などに折々出陳される。実物を見たい場合は、住宅を訪ねるよりも、各地の主要な博物館の展覧予定に目を配るのがよい。
周辺は歩く価値がある。今出川駅から一、二分のところに、同志社大学の歴史ある煉瓦建築群(うち数棟は重要文化財)が並び、すぐ北には禅刹の相国寺があって、境内には承天閣美術館も控えている。
Q&A
- 原本はどこかで展示されていますか。
- 冷泉家住宅では、建物が公開される時でも典籍は展示されません。実物が見られるのは主要博物館の特別展などに出陳された折に限られますので、展覧予定を事前に確認することをおすすめします。
- この本と後の再撰本はどう違うのですか。
- 俊成は建久八年(一一九七)に初撰本を、建仁元年(一二〇一)に再撰本を書きました。冷泉家本はその初撰本の自筆原本にあたり、本文の最も古い姿を残しています。
- 藤原俊成とはどういう人物ですか。
- 第七番目の勅撰集『千載集』を撰し、大歌人・藤原定家を子にもつ歌人・批評家・僧(一一一四〜一二〇四)です。「幽玄」の美意識を重んじ、『源氏物語』の文学的な重要性をいち早く説いた人としても知られます。
- 書としての面白さはどこにありますか。
- 日本の歌論の出発点に立つ書物の一つです。規則を列挙するのではなく、すぐれた歌を集めてそれ自体によい文体を示すという方法をとり、のちの和歌観に大きな影響を与えました。
- 冷泉家住宅そのものは見る価値がありますか。
- 京都に唯一残る完全な公家住宅で、重要文化財です。ただし公開はごくまれな特別公開に限られます。今出川駅からほど近く、周辺の同志社大学の煉瓦建築や相国寺もあわせて歩いて回れます。
基本情報
| 名称 | 古来風躰抄〈上下(初撰本)/自筆本〉 |
|---|---|
| 区分 | 書跡・典籍(国宝) |
| 指定年月日 | 昭和五十八年(一九八三)六月六日 |
| 員数 | 二帖 |
| 寸法 | 縦約二八・九センチ、横約二〇・八センチ/上帖九十七丁、下帖九十五丁 |
| 年代 | 建久八年(一一九七)、鎌倉時代 |
| 著者 | 藤原俊成(としなり/しゅんぜい) |
| 所有者 | 公益財団法人冷泉家時雨亭文庫 |
| 所在地 | 京都府 |
| 公開状況 | 常時非公開。博物館の特別展などに折々出陳 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/774
- 公益財団法人 冷泉家時雨亭文庫
- https://reizeike.jp/
- コトバンク「古来風躰抄」(日本大百科全書)
- https://kotobank.jp/word/古来風躰抄-3152020
- 京都市上京区役所「上京区の史蹟百選/冷泉家住宅」
- https://www.city.kyoto.lg.jp/kamigyo/page/0000012308.html
最終更新日: 2026.06.06