熊野詣の道で詠まれた和歌

正治2年(1200年)12月3日、熊野詣の道中にある切目王子で、後鳥羽上皇と廷臣10人が歌会を開いた。各人がその日の歌題「遠山落葉」「海辺晩望」に沿って一首ずつを詠み、自らの手で懐紙にしたためている。この11通を、上皇自筆の懐紙を巻頭にしてつなぎ合わせ、一巻に仕立てたものが、京都・西本願寺に伝わる国宝「熊野懐紙」である。

懐紙とは、平安・鎌倉の貴族が懐に折りたたんで携えた紙のこと。歌会で一首を書きとめるための備えだった。格式のある場では署名を添え、与えられた題ごとに歌を一首ずつ清書する。和歌に深く傾倒した後鳥羽上皇は、熊野御幸の宿所を歌会の場へと変え、神仏に捧げる法楽として和歌を奉じた。そこで詠まれた懐紙が熊野懐紙と呼ばれ、早くから珍重された。

この巻物に収められているのは、現在の和歌山県日高郡印南町にあたる切目王子での一会である。懐紙一枚の大きさは縦およそ33センチ、横は半メートル余り。巻頭の後鳥羽上皇に続き、源通親・藤原公経・藤原範光・藤原家隆・飛鳥井雅経・源具親・寂蓮・藤原隆実・源家長・源季景の10人が名を連ねる。

国宝に指定された理由

熊野懐紙が国宝(書跡・典籍の部)に指定されたのは、昭和26年(1951年)6月9日のことである。価値の一端は、その記録性にある。各葉に筆者の署名があり、つなぎ合わせた巻物の裏面には、後鳥羽上皇自身が歌会の場所と日付を記した付札が添えられている。「切目王子和歌会 正治二年十二月三日」というこの一行が、誰が、いつ書いたのかを確定させる。鎌倉時代初期の、年代と筆者を断定できる筆跡は数少ない。だからこの巻物は、同じ時代の年記を欠く書を測るための、確かな基準となる。

歌そのものも、一つの文学的な局面をとらえている。ここに名を連ねる藤原家隆・寂蓮・飛鳥井雅経らは、まもなく『新古今和歌集』の撰者に名を連ねることになる歌人たちである。後鳥羽上皇が同集の撰進を命じたのは、翌建仁元年(1201年)の熊野御幸から帰京して数日後のこと。切目の懐紙は、新しい勅撰集を担う歌人たちが、すでに旅の途上で、上皇のもとに集って歌を競っていた姿を映している。

現存する熊野懐紙は多くない。各地の所蔵を合わせても三十数葉が残るのみで、そのほとんどが国宝か重要文化財に指定されている。西本願寺の一巻は、まとまった数を蔵する最大のもの。陽明文庫が蔵する3葉も別途国宝に指定され、美術館や個人が持つ各葉は重要文化財となっている。

見どころ

巻物がまず示すのは、序列である。巻頭に上皇が立ち、廷臣たちが官位の順に続く。各人は署名に自らの官職と位を記している。筆跡もまた、ゆっくり眺める価値がある。熊野懐紙では、署名や題を記す漢字は墨を濃く含んだ力強い字で、対する仮名はやわらかく流れ、平安の余韻をとどめた運筆になる傾向がある。一人の手のなかで、強さとやわらかさが対をなす。その対照こそ、文字を読める者にとっての楽しみの一つだ。

歌題が歌をどう導くかにも注目したい。その12月の二題はともに季節と景を詠むもので、歌人たちは、谷の氷が秋の名残の色をとどめる山、夕暮れの海にかかる細い三日月、遠くに散る漁り火といった情景で応えている。上皇の二首がその基調を置き、葉を落とした梢に年の暮れの紅を残し、三日月の寂しい光で結んでいる。

一つ正直に断っておきたい。この巻物そのものを目にする機会は、ほとんどない。傷みやすい紙の作品ゆえ平素は収蔵庫にあり、京都国立博物館で開かれた2023年の親鸞展のような特別展に、折にふれて出陳されるにとどまる。西本願寺を訪ねることは、この巻物を守り伝える寺を訪ねることであって、実物の前に立てる機会とは限らない。

周辺の見どころとアクセス

西本願寺は、正式には龍谷山本願寺といい、浄土真宗本願寺派の本山である。1994年に登録された世界遺産「古都京都の文化財」の構成資産の一つでもある。境内の拝観は無料。寛永13年(1636年)に建てられ、江戸時代の木造建築としては現存最大級の御影堂にも、そのまま足を踏み入れることができる。外陣は441畳もの広さをもつ。

境内では、所要約30分の無料の案内ツアーが一日数回催されており、予約も参加費もいらない。朝6時からの晨朝勤行は誰でも参加できる。なお浄土真宗の寺院では、多くの社寺で集められる御朱印を出していない。西本願寺では代わりに参拝記念のスタンプを用意している。関連する仏教美術や歴史を見たい人には、通りを挟んで建つ龍谷ミュージアムが徒歩圏内にある。

巻物に名の挙がる王子社は、はるか南、紀伊半島の熊野古道沿いに点在する。熊野古道もまた別に世界遺産に登録されている。後鳥羽上皇の足跡をたどる旅人は、1200年の歌会が開かれた印南町の切目王子跡を、今も道すがらに通ることができる。

Q&A

Q西本願寺を訪ねれば熊野懐紙を見られますか。
A通常は見られません。傷みやすい紙の作品のため収蔵庫に保管され、特別展などに折々出陳されるのみです。一方、境内は一年を通じて無料で拝観できます。
Q巻物はすべて後鳥羽上皇が書いたのですか。
Aいいえ。上皇が書いたのは巻頭の一葉と、歌会を記した裏面の付札です。残る10葉は、その日同席した廷臣10人が、それぞれ自筆で署名を添えて記したものです。
Q懐紙とは何ですか。
A懐に折りたたんで携えた紙で、歌会で歌を書きとめるのに用いました。格式のある場では、署名を添え、与えられた題ごとに一首ずつを清書しました。
Q西本願寺へのアクセスは。
AJR京都駅から北西へ徒歩約15分、または市バス「西本願寺前」下車すぐです。東本願寺までは徒歩5分ほどの近さです。
Qなぜ筆跡がそれほど重視されるのですか。
A各葉に署名があり、歌会の年月日も判明するため、鎌倉初期の筆者・年代を断定できる筆跡として貴重だからです。年記のない同時代の書を研究するうえでの基準になります。

基本情報

名称熊野懐紙〈(後鳥羽天皇宸翰以下十一通)〉(くまのがいし)
種別書跡・典籍
指定区分国宝(昭和26年〔1951年〕6月9日指定)
員数1巻(懐紙11通を一巻に成す)
時代・年代鎌倉時代・正治2年(1200年)/12月3日の歌会
筆者巻頭は後鳥羽上皇(1180〜1239年)、ほか廷臣10人
歌題「遠山落葉」「海辺晩望」
所有者本願寺(西本願寺)/京都府
附指定伏見宮貞敦親王御添状(1巻)、飛鳥井雅章添状(1通)
公開状況常時公開はなし。特別展などに折々出陳。境内拝観は無料

References

国指定文化財等データベース(文化庁)熊野懐紙
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/579
本願寺(西本願寺)公式サイト
https://www.hongwanji.kyoto/
世界遺産(世界文化遺産)本願寺(西本願寺)/京都府
https://www.pref.kyoto.jp/isan/honganji.html
e国宝(国立文化財機構)熊野懐紙
https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&content_base_id=100373

最終更新日: 2026.06.05