密教の到来を告げた一巻
大同元年(806年)の十月、唐から帰った一人の僧が、海を越えて持ち帰った品々の一覧を朝廷に差し出した。僧の名は空海、後の弘法大師である。経典の一部一部、図像の一舗一舗にいたるまで、長安での留学で得たものを書き上げたこの文書は、のちに「御請来目録」と呼ばれ、本格的な密教が日本へもたらされたことを公に示す記録となった。
東寺(教王護国寺)に伝わる国宝は、空海が朝廷へ差し出した原本ではない。別の手によって書き写された一巻であり、その筆をとったのは天台宗の開祖であり空海と同じ時代を生きた最澄、伝教大師であった。内容は空海のもの、筆跡は最澄のもの。この取り合わせが、この一巻を特別なものにしている。
目録が記すもの
空海は延暦23年(804年)、最澄と同じ遣唐使の一行として唐へ渡った。ただし乗った船は別で、二人が顔を合わせるのは、ともに帰国してからのことになる。長安では青龍寺の恵果のもとで学び、密教の正統を継ぐ阿闍梨として印可を受けた。二十年の予定であった留学をわずか二年で切り上げ、空海は帰途についた。
目録は、持ち帰った品を一点ずつ具体的に書き連ねている。中心を占めるのは経典で、新訳・旧訳の経典が142部247巻、梵字の真言や讃などが42部44巻、論や疏などが32部170巻、あわせて216部461巻にのぼる。これに仏菩薩や曼荼羅、伝法の阿闍梨の影像など10舗、恵果から付嘱された道具9種、伝法の証である印信13種が加わる。巻頭の上表文には、入唐中に学んだ次第がつづられている。
最澄が書き写した理由
最澄は空海より先に帰国し、独自に密教の教えを携えていた。だがその内容には欠けるところがあった。空海の目録を目にした最澄は、年下のこの僧が密教のほぼすべてを請来したことを知る。やがて最澄は空海から経典を借りては書写するようになり、この目録もその一つとして生まれた。二人の祖師は数年のあいだ書簡を交わし、写本を貸し借りする近しい間柄にあったが、のちに教義をめぐる隔たりから袂を分かつことになる。
この一巻が内容以上の重みをもつのは、そうした経緯ゆえである。真言の空海が残した記録を、天台の最澄が自らの筆で写しとる。平安仏教を形づくった二人の関係を、目に見えるかたちでとどめた資料といえる。本品は昭和26年(1951年)6月9日、国宝に指定された。
延暦寺から東寺へ
紙の継ぎ目には、延暦寺の旧称である「比叡寺」の印が押されており、この巻が長く天台の総本山に伝わったことを示している。暦応4年(1341年)、巻は京都の真言の拠点である東寺へ移された。その折の寄進状は、本品の附として国宝に含まれている。空海が最澄に宛てた書状である風信帖とともに東寺へ納められたと考えられている。
古文書であるだけに傷みやすく、常時公開されているわけではない。東寺の宝物館や、館外へ貸し出された博物館の特別展などで、折にふれ姿を見せる程度である。実物を目にしたい場合は、開催中の展示情報を確かめてから訪ねるとよい。
東寺を訪ねる
東寺、正式には教王護国寺は、京都駅から南西へ歩いてほどない場所に建つ世界遺産の寺院である。弘仁14年(823年)、嵯峨天皇が空海に託し、真言密教の根本道場となった。高さ約55メートルの五重塔は木造の塔として日本一を誇り、講堂には21躰の仏像が立体曼荼羅として安置され、空海の教えを彫刻のかたちで示している。
毎月21日には境内が弘法市でにぎわう。空海の月命日にちなみ、骨董や古道具、食べ物を商う千近い露店が並ぶ。寺宝を展示する宝物館が開くのは、主に春と秋の特別公開の時期である。
Q&A
- 東寺で実物を見ることはできますか。
- 常時は公開されていません。9世紀の傷みやすい古文書のため、ふだんは収蔵され、特別展などの機会に限って展示されます。東寺の展示情報や、空海・最澄をテーマとする博物館の企画展を確認してください。
- 書いたのは空海ですか、最澄ですか。
- 内容は空海が作成した目録ですが、筆跡は最澄のものとされます。最澄が空海の原本を借りて書き写したと考えられています。二人はそれぞれ真言宗と天台宗の開祖です。
- 目録には何が記されていますか。
- 空海が806年に唐から持ち帰った経典・図像・法具・印信が列挙されています。経典は計461巻にのぼり、両界曼荼羅をはじめとする図像10舗なども含まれます。
- なぜ延暦寺ではなく東寺にあるのですか。
- この巻は長く天台宗の総本山・延暦寺に伝わりました。巻に押された「比叡寺」の印がそれを物語ります。暦応4年(1341年)に東寺へ寄進され、その寄進状も国宝の附に含まれています。
- 東寺へのアクセスは。
- 近鉄東寺駅から徒歩約10分、京都駅からは徒歩約15分です。境内は早朝から開きますが、有料の堂宇や宝物館は受付時間が短めなので注意してください。
基本情報
| 名称 | 弘法大師請来目録〈伝教大師筆〉 |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(古文書)/昭和26年(1951年)6月9日指定 |
| 員数 | 1巻(附:暦応四年六月廿一日寄進状 1通) |
| 時代 | 平安時代(目録は大同元年・806年成立) |
| 筆者 | 伝教大師(最澄)による書写 |
| 所有者 | 宗教法人教王護国寺(東寺) |
| 所在地 | 京都府京都市南区九条町1 |
| アクセス | 近鉄東寺駅から徒歩約10分/京都駅から徒歩約15分 |
| 公開状況 | 常時公開はなし。特別展などで随時公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(弘法大師請来目録〈伝教大師筆〉)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/810
- 文化遺産オンライン(御請来目録)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/244548
- 東寺 公式サイト(弘法大師空海)
- https://toji.or.jp/kukai/
最終更新日: 2026.06.07