所在不明の重要文化財

文化庁が公開している「所在不明文化財(国指定)一覧」のなかに、小大君集という一帖の写本が載っている。掲載されているのは帖首の写真と指定の記録、そして情報提供を求める一文である。この写本がいま現在どこにあるのかは分かっていない。

小大君集は、平安時代中期に活躍した女流歌人・小大君の家集を書写した鎌倉時代の写本である。一帖の冊子で、折った料紙を数枚重ねて綴じる綴葉装の形をとる。種別は書跡・典籍、昭和14年(1939年)5月27日に重要文化財に指定された。所有者は京都府の個人で、もともと公開の機会が限られていた品でもある。

国の指定を受けた品が人目から消えてしまうという事態は、意外に感じられるかもしれない。指定は法によって文化財を保護するが、私有のもとに置かれた品の所在を、数十年にわたって一つの場所へ固定しておくことまではできない。一覧への掲載は、目撃や手がかりを広く募るための、文化庁による継続的な呼びかけである。

歌人・小大君という人

小大君は、藤原公任が11世紀初めごろに撰んだ三十六歌仙の一人であり、後世に編まれた女房三十六歌仙にも名を連ねる。生没年は記録に残らず、父母の系譜さえはっきりしない。確かなのは、宮廷に出仕した経歴の輪郭と、勅撰集に採られた歌の数々である。

円融天皇の中宮・媓子に仕え、のちに三条天皇が東宮であった時代に女蔵人として近侍した。この職にちなんで「左近」とも呼ばれる。交流のあった人物には、歌仙を選び定めた当人である藤原公任の名が挙がり、藤原朝光との深い間柄も語り継がれてきた。歌は『拾遺集』以降の勅撰集に入り、没後の集にも採録されている。

家集とは、ある編者が多くの歌人から選んだ集ではなく、一人の歌人が自身の作を集めたものを指す。小大君集はそうした一巻であり、清少納言や紫式部と同じ平安宮廷文化のただなかで歌を詠んだ一人の女性の作を集めた書である。

名の読み方は定まっていない。文化庁はこの写本を「こだいのきみしゅう」と記録し、歌人本人は「こおおぎみ」「こおおきみ」とも呼ばれる。読みの揺れそのものが、彼女について断片的にしか伝わっていない事情を映している。

指定の理由とその価値

小大君集の価値は、著名な能書家の名よりも、何をどのように残しているかにある。鎌倉時代の書写本として、平安の歌人の家集を手書きで後代へ受け継いだ一本であり、こうした歌集が改めて筆写・装訂・研究された時期の産物である。家集の写本は一つひとつが本文の証人であって、語句や配列、詞書を他本と引き比べ、原型を探る手がかりになる。

装訂のあり方も注目される。折った料紙を数枚ずつ重ねて一折とし、その折り目を綴じ合わせる綴葉装は、当時の歌書に広く用いられた構造である。冊子は開きやすく繰りやすく、歌の連なりをどう読み進めるかという読書の所作にも関わっていた。一覧の記録が帖首の写真を最初に掲げているのも、この冊子という形ゆえである。

昭和14年に指定が行われた当時、この写本は知られ、調査もされた品であった。のちの行方知れずがその地位を取り消すわけではない。記録は残り、保護の枠組みも残り、回収への望みがあるからこそ、この項目は静かに閉じられることなく公開され続けている。

小大君ゆかりの筆跡に出会える場所

写本そのものを訪ねることはできないため、いま小大君に近づく手がかりは、各地の所蔵機関にある関連作品をたどることになる。最も近いのが、香紙切と呼ばれる古筆切の一群である。これは散逸した平安の歌集『麗花集』を書写した断簡で、古来小大君の筆と伝えられてきた。ただし専門家はこれを確証ある事実ではなく伝承として扱い、藤原公任の筆とする説も併記する。

香紙切の名は料紙に由来する。防虫を兼ねて丁字で淡い茶色に染めた紙を用いたことから、この名がついた。連綿を多く用いた鋭く流れるような書風で、11世紀末から12世紀初めの筆写と見られている。確認されている断簡はおよそ90葉。もとの冊子が切り分けられ、各所に分蔵されるに至った経緯は、珍重された平安の名筆にしばしば起きたことである。

いくつかの公的機関がこれを所蔵する。九州国立博物館は香紙切の断簡を収め、信楽に近いミホ ミュージアムは花鳥文の裂で表装した一幅を持つ。東京の前田育徳会は旧前田家伝来の一部を、慶應義塾も一葉を伝える。東京国立博物館の名高い古筆手鑑「かりがね帖」にも、平安・鎌倉の筆跡の連なりのなかに香紙切が押されている。光に弱い書跡は限られた期間しか公開されないため、訪ねる前にその時々の展示内容を確かめておきたい。

小大君は肖像としても出会える。歌仙絵のなかでも屈指の名品とされる佐竹本三十六歌仙絵には、女房装束で座す小大君の姿があり、古くから人気を集めてきた。これらの書物が属する世界をより広く眺めるなら、現存最古の三十六人家集の集大成である国宝・西本願寺本三十六人家集が、揃った姿の冊子群がどのようなものかを示してくれる。

よくある質問

Q小大君集そのものを見ることはできますか。
A現在は見ることができません。この写本は文化庁の「所在不明文化財(国指定)一覧」に掲載されており、所在が分かっていません。もともと個人蔵で公開の機会も少なかったため、今これを鑑賞できる博物館や寺社はありません。
Q小大君にゆかりのある筆跡はどこで見られますか。
A小大君の筆と伝えられる香紙切の断簡を探すとよいでしょう。九州国立博物館、ミホ ミュージアム、前田育徳会、慶應義塾、東京国立博物館などが所蔵しています。光に弱い作品のため特定の展覧会でのみ公開されます。事前に展示の有無を確認してください。
Q小大君集と香紙切は同じものですか。
A別のものです。小大君集は小大君自身の家集を書写した鎌倉時代の写本です。香紙切は別の歌集『麗花集』の断簡で、伝承上小大君の筆とされています。名を同じくしますが、それぞれ独立した作品です。
Q綴葉装とはどのような装訂ですか。
A折った料紙を数枚重ねて一折とし、その折り目を糸で綴じる冊子の構造です。平安から鎌倉の歌書に広く用いられ、頁が開きやすく繰りやすいという特徴があります。
Q所在不明の写本がなぜ文化財に指定されているのですか。
A歌人の家集の写本は、本文の証人として学術的な価値を持ち、原型の語句や配列を探る手がかりになります。鎌倉という書写年代や綴葉装という装訂も、こうした歌集がどう作られ読まれたかを知る記録としての位置づけを高めています。

基本情報

名称小大君集(こだいのきみしゅう)
指定区分重要文化財(書跡・典籍)
員数1帖
品質・形状綴葉装
時代鎌倉時代
指定年月日昭和14年(1939年)5月27日
指定番号00845
所有者個人
所在都道府県京都府
現況所在不明。文化庁「所在不明文化財(国指定)一覧」に掲載

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):小大君集
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7842
文化庁 所在不明文化財(国指定)一覧:小大君集
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/torimodosou/kunishitei/128.html
文化遺産オンライン:麗花集断簡 香紙切「なつのひも」 伝小大君筆
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/538521
ミホ ミュージアム:麗花集断簡(香紙切) 伝小大君筆
https://www.miho.jp/booth/html/artcon/00001921.htm
Keio Object Hub:香紙切(麗花集巻第八)
https://objecthub.keio.ac.jp/ja/object/171

最終更新日: 2026.06.01