雙栗神社本殿 ― 京都南山城の里に残る、室町の彩色を今に伝える重要文化財
京都府の南端、宇治川と木津川に挟まれた広大な低地に佇む久御山町。その住宅地の一角に、ひっそりと深い社叢に囲まれた式内社・雙栗(さぐり)神社が鎮座しています。境内の奥に建つ本殿は、室町時代末期の明応3年(1494)に建立されたと考えられる三間社流造の優美な社殿で、国指定の重要文化財。500年以上もの歳月を経てなお、極彩色の華やかさを蘇らせた姿で参詣者を迎える、南山城を代表する貴重な文化遺産です。木津川流域という水害の多かった地で、これほど古い木造建築が良好に残されていること自体、まさに奇跡といえる存在です。
平安初期の文献にも登場する古社
雙栗神社の歴史は、はるか平安時代まで遡ります。平安初期に編纂された六国史の最終巻『日本三代実録』には、貞観元年(859)正月27日の条に「雙栗神」に従五位下の神階が授けられたとの記載があり、この時すでに朝廷に認知される由緒ある神社であったことがわかります。さらに延長5年(927)に成立した『延喜式神名帳』にも「山城国久世郡 雙栗神社三座 鍬靫」として記載されており、官社に列する式内社として位置づけられました。
「雙栗(さぐり)」という社名の由来には諸説あります。明治16年(1883)の『久世郡神社明細帳』には、古代の羽栗郷と殖栗郷の二郷の間に鎮座していたことから「雙栗」と称したとあります。また、この地を治めていた古代豪族・羽栗氏の祖神を祀る氏神社であり、「はぐり」が転訛して「さぐり」になったとする説も伝えられています。いずれにせよ、この土地に深く根ざした祭祀の長い歴史を物語る名であるといえるでしょう。
石清水八幡宮の分霊を祀る ― 二つの顔を持つ神社
中世以降、雙栗神社にはもう一つの顔が加わります。同じ山城国に鎮座する石清水八幡宮の分霊を勧請し、椏本(あてもと)一品八幡宮、あるいは単に椏本八幡宮と呼ばれるようになったのです。社伝によれば、平安末期の天治2年(1125)、大きな椏(あて)の木の根元に八幡宮を勧請したことが始まりと伝えられます。応保2年(1162)には二条天皇の勅願所と定められ、勅使が遣わされて神田が下賜されるとともに「椏本一品八幡大菩薩」の号を賜り、橘氏が神司に任じられたと伝わります。
こうして式内社と八幡宮という二つの性格を併せ持つようになった雙栗神社は、明治期の神仏分離を経て、明治15年(1882)に旧号である「雙栗神社」の名に復し、現在に至っています。御祭神は、天照大神・素盞嗚命・事代主命・応神天皇・比咩大神・仁徳天皇・神功皇后の七柱で、古来の式内社としての祭神と、八幡神としての祭神が併せ祀られている点に、この神社の重層的な歴史が映し出されています。
明応3年の本殿 ― なぜ重要文化財に指定されたのか
本殿は、石清水八幡宮の分霊を祀ることに由来する三間社流造(正面の柱間が三間の流造)で、屋根は檜皮葺、正面には向拝一間が付されています。社伝には平安末期の応保2年(1162)の造営記録も残されていますが、現存する本殿は、棟札の記載や蟇股・脇障子彫刻の作風・手法などから、屋根の葺替えが行われたと記される室町時代末期の明応3年(1494)に建立されたものと考えられています。南山城に残る室町期建立の神社本殿として、極めて高い建築史的価値を有しています。
本殿は明治40年(1907)8月28日に旧国宝に指定され、戦後の文化財保護法施行に伴って国の重要文化財に再指定されました。さらに昭和63年(1988)には、棟札1枚と「栗鼠と葡萄」を彫刻した旧脇障子欄間1枚が、本殿と一体の文化財として追加指定されています。木津川流域は古来洪水に幾度も襲われた地域であり、その中でこの繊細な木造建築が500年以上も伝えられてきたこと自体、地元の人々の篤い信仰と保護の歴史を物語っています。
見どころ ― 彫刻・極彩色・社叢のクスノキ
本殿で特に注目したいのが、繊細にして力強い彫刻装飾の数々です。本殿正面の斗供(ときょう)の間には、向かって左に「花と鳥」、右に「紅葉と鹿」を題材とした蟇股(かえるまた)が配されています。蟇股とは、梁の間を飾る蛙の脚に似た形の装飾的な構造材で、本殿の格を示す重要な要素です。さらに脇障子の上部には、室町期の優れた彫刻として知られる「栗鼠(りす)と葡萄」のモチーフが施され、つる草の上を駆け回るリスの姿が生き生きと表現されています。彫刻の原物は文化財として大切に保管され、本殿には精巧な模刻が据えられています。
昭和55年から56年(1980〜1981)にかけて行われた大規模な修理工事では、彩色の塗り直しと屋根の葺替えが実施され、創建当時の極彩色の華麗な姿が見事に蘇りました。深い赤や緑、金などが鮮やかに重ねられた様子は、室町期の神社建築が本来どれほど色彩豊かなものであったかを今に伝える、貴重な視覚体験となっています。
本殿以外にも見どころは多く、平成26年(2014)には拝殿(天明5年・1785年建立)、本殿門、玉垣、石鳥居の4件が国の登録有形文化財に登録されました。また、本殿の北側にそびえる大クスノキは、樹高約30メートル、幹回り約5.35メートル、樹齢400〜500年と推定される御神木で、平成3年(1991)には「京都の自然200選」に選定、平成8年(1996)には久御山町指定天然記念物となっています。クスノキの根元には稲荷の祠が祀られ、巨樹を神木として大切に守り伝えてきた地域の信仰の姿を見ることができます。
参拝案内
雙栗神社は、京都府で唯一の「町」格を持つ久御山町の閑静な住宅街の中にあります。境内は終日自由に参拝でき、拝観料は不要です。本殿は玉垣に囲まれ、通常は外部からの参拝となりますが、拝殿越しに重要文化財の本殿正面と精緻な彫刻を間近に見上げることができます。
毎年1月15日午前零時には、その年の作物の豊凶を占う「粥占(かゆうら)神事」が斎行されます。早生・中生・晩生の稲、綿、大豆、芋、黍、梨の8種の作物の名を記した竹筒を、米と小豆を炊いた粥の大釜に入れ、神事の後に各竹筒に入った粥の状態を見て豊凶を占うという、農耕とともに歩んできたこの地ならではの古式ゆかしい行事です。
周辺の見どころ
雙栗神社のある久御山町は、宇治市、八幡市、城陽市と隣接する好立地にあります。少し足を延ばせば、世界遺産・平等院(宇治市)や、現存する日本最古の神社建築として国宝に指定される宇治上神社を訪ねることができます。北西方向には、雙栗神社にとって由緒深い石清水八幡宮(八幡市・男山)があり、本殿が国宝に指定されている荘厳な大社の景観を楽しめます。久御山町内では、国の登録有形文化財である旧山田家住宅で、近世から近代にかけての豪農の暮らしぶりを伝える建築を見学することができます。木津川・宇治川の合流点に広がる低地ならではの、平坦で穏やかな里の景色を楽しみながらの周遊がおすすめです。
Q&A
- 「雙栗」はどのように読むのですか。また、社名の由来は?
- 「さぐり」と読みます。古代の羽栗郷と殖栗郷の二郷の間に鎮座していたことから「雙栗」と称したという説と、この地の古代豪族・羽栗氏の祖神を祀る氏神社で、「はぐり」が「さぐり」に転訛したとする説が伝えられています。
- 本殿の内部は参拝できますか?
- 本殿は玉垣に囲まれており、内部の参拝はできません。神社本殿は本来神様の鎮まる神聖な空間であり、これは多くの神社に共通する習わしです。ただし拝殿前から、極彩色の本殿正面と、蟇股や脇障子の彫刻を間近に見上げることができます。
- 参拝に最もおすすめの時期はいつですか?
- 一年を通じて参拝できますが、1月15日の粥占神事の時期は特に古社の風情が際立ちます。新緑の5月や、社叢のクスノキが青々と茂る初夏も、深い鎮守の杜の雰囲気を堪能できる季節としておすすめです。
- 参拝料や拝観時間はありますか?
- 拝観料は無料で、境内は終日自由に参拝できます。観光地化された大社ではなく、地域に根ざした氏神様の神社ですので、静粛に参拝され、地域の方々への配慮をお願いいたします。
- 公共交通機関でのアクセス方法を教えてください。
- 京阪宇治線・JR奈良線の宇治駅などから京阪バスに乗り換え、「久御山団地口」バス停で下車後、北へ徒歩約2分です。お車でもアクセスできますが、駐車場のスペースは限られているため、近隣の方々への配慮をお願いします。
基本情報
| 名称 | 雙栗神社本殿(さぐりじんじゃほんでん) |
|---|---|
| 所在地 | 〒613-0034 京都府久世郡久御山町佐山双栗55 |
| 所有者 | 宗教法人 雙栗神社 |
| 指定区分 | 国指定重要文化財(建造物)/明治40年(1907)8月28日に旧国宝指定、戦後重要文化財に再指定。昭和63年(1988)に棟札1枚および旧脇障子欄間1枚を追加指定 |
| 建立年代 | 室町時代末期・明応3年(1494)頃 |
| 構造形式 | 三間社流造、向拝一間 |
| 屋根 | 檜皮葺(ひわだぶき) |
| 附(つけたり)指定 | 棟札1枚/旧脇障子欄間(栗鼠と葡萄の彫刻)1枚 |
| 境内のその他文化財 | 拝殿・本殿門・玉垣・石鳥居(いずれも国登録有形文化財/平成26年4月25日登録) |
| 御祭神 | 天照大神・素盞嗚命・事代主命・応神天皇・比咩大神・仁徳天皇・神功皇后 |
| アクセス | 京阪バス「久御山団地口」バス停下車、北へ徒歩約2分 |
| 参拝料 | 無料/境内自由 |
参考文献
- 雙栗神社(さぐりじんじゃ・重要文化財) | 久御山町ホームページ
- https://www.town.kumiyama.lg.jp/0000000333.html
- 雙栗神社 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/雙栗神社
- 雙栗神社 | 観光情報 | 京都に乾杯
- https://kyotonikanpai.com/spot/04_07_kumiyama/saguri_jinja.php
- 雙栗神社本殿門 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/241765
- 雙栗神社拝殿 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/208034
- 雙栗神社玉垣 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/271376
- 雙栗神社(京都府久世郡久御山町佐山双栗)- 神社巡遊録
- https://jun-yu-roku.com/yamashiro-kuze-sayama-saguri/
- 雙栗神社 | 京都の観光スポット | KYOTOdesign
- https://kyoto-design.jp/spot/3243
最終更新日: 2026.05.13