大手鑑 ― 二帖に集められた三百七葉の名筆

京都の陽明文庫が所蔵する大手鑑は、厚紙を折り本に仕立てた二帖からなる。第一帖に百三十九葉、第二帖に百六十八葉、合わせて三百七葉。いずれも古い書を切り取って台紙に貼り込んだもので、最も古いものは奈良時代、新しいものは室町時代にさかのぼる。江戸時代中期の公家がこれらを編んで一つの帖に仕立て、昭和二十八年(一九五三年)に国宝へ指定された。

名前の「大」は、ほぼ文字どおりの意味である。台紙は縦およそ四十五センチ、横およそ六十センチと、当時の収集家が持っていた一般的な手鑑よりひとまわり大きい。一葉ずつが文様のある裂(きれ)で縁取られているため、頁をめくる感覚は、書物を読むというより、小さな掛軸が並ぶ廊下を歩くのに近い。

手鑑という様式

十六世紀の終わりごろ、過去の能書の筆跡を切り分けて鑑賞する習慣が広まった。こうして生まれた断簡が「古筆」である。名筆の数行を切り取り、貼り、見比べる。それを束ねておくのが手鑑だった。厚い紙を蛇腹に折り、決まった順序で断簡を貼り込んでいく。

順序は身分にならう。表には勅筆を先頭に、親王、摂家や清華家、平公家とつづき、その後に和歌や書の宗家、僧、連歌師、武家、女性の筆が配される。冒頭には大字の写経断簡を置くのが通例だった。手鑑は鑑賞の対象であると同時に、古筆を鑑定する家の台帳としても使われた。やがて優れた手鑑は嫁入り道具に加えられるほどの財ともなった。

編んだ人 ― 近衛家熙

陽明文庫は、藤原氏の嫡流で五摂家の筆頭である近衛家に伝わった古文書や典籍、美術品を収める。大手鑑は、その二十二代当主であった近衛家熙(一六六七〜一七三六)の制作と伝えられている。家熙は摂政・関白を経て太政大臣に至り、書では当代一の名手と称された。

家熙は古い書を深く学んだ人だった。家蔵の空海や小野道風の筆跡を手本に上代様を学び直し、独自の境地を開いた。その書風はのちに予楽院流と呼ばれる。古筆を丹念に臨写した別冊の「予楽院模写手鑑」も同じ文庫に残る。関心は筆にとどまらない。水墨画を好み、宮廷の茶を体系化し、有職故実を究め、雷鳴が稲妻に遅れて聞こえるのは距離に比例するためだと侍医への談話に書き残してもいる。空をそこまで細かく観察した人物が、どの断簡を帖に入れるかについて厳しかったとしても不思議はない。

国宝としての価値

大手鑑は、四大手鑑と呼ばれる四帖のうちの一つである。残る三帖は京都国立博物館の「藻塩草」、出光美術館の「見努世友」、MOA美術館の「翰墨城」で、いずれも国宝に指定されている。この四帖を抜きん出たものにしているのは、収められた断簡の質と希少さ、そして来歴が途切れずに保たれてきたことにある。

価値は積み重ねによって生じる。奈良時代の写経一葉、あるいは十世紀の歌人の真筆と認められた数行は、それだけで重い意味を持つ。それが三百を超えて集まり、家熙ほどの目利きの手で選ばれ、一家のもとに散逸せず伝わった。結果として大手鑑は、八世紀から十六世紀までの日本の書の歴史をたどる一冊の地図となっている。指定は昭和二十八年(一九五三年)三月三十一日。

見どころ

帖の巻頭を飾るのは、「大聖武(おおじょうむ)」と呼ばれる種類の断簡である。賢愚経を大字で書写したもので、書写は古く聖武天皇の筆と伝えられてきた。数行でも貴重とされたこの種の断簡が、ここでは二十行ほどにわたって貼られており、開幕としては破格の分量といえる。

さらに進むと、三筆の一人に数えられる嵯峨天皇の筆と伝わる一葉が現れる。中国の詩人李嶠(りきょう)の詩を写したもので、その筆致には、同時代の空海にも通じる唐風の強さがある。すぐ近くには後鳥羽院の筆と伝える数葉が並ぶ。このほか、古今和歌集の現存最古の写本であり、仮名書の規範とされる「高野切」の一部も収められている。

展示で実物を開く機会があれば、葉と葉の継ぎ目で歩を緩めたい。裂の縁取りは飾りであると同時に、一つの筆跡がどこで終わり、次がどこから始まるかを示す目印でもある。九世紀の整った唐風の文字と、のちの時代のやわらかな草仮名とを、隣り合わせで見比べることができる。

鑑賞の機会

陽明文庫は仁和寺にほど近い京都市右京区にあるが、一般に公開された美術館ではなく、研究のための文庫である。そのため大手鑑が常時展示されることはない。数年に一度、近衛家や古典書道をテーマとする展覧会に出陳される程度で、近年では東京国立博物館や九州国立博物館での公開例がある。三百葉を超える折り本であるから、一回の展示で開かれるのはごく一部の頁にすぎない。年をおいて二度見ても、まったく別の断簡に出会うことがある。大きな書道展の予定を確かめておくのが、観覧の機会をとらえる近道になる。

Q&A

Q陽明文庫を訪ねれば大手鑑を見られますか。
A陽明文庫は研究施設で一般公開はしておらず、大手鑑は美術館などへの出陳時にのみ公開されます。大きな国立博物館で開かれる近衛家や古典書道の特別展に注目してください。
Q手鑑とは何ですか。
A名筆の断簡(古筆)を台紙に貼り集めた鑑賞用の帖です。筆者の身分や時代に応じた順序で折り本に貼り込まれ、鑑賞のほか、古筆を鑑定する際の基準帳としても用いられました。
Qなぜ「大」手鑑と呼ばれるのですか。
A台紙が一般的な手鑑より大きく、縦横およそ四十五センチ×六十センチあるためです。その大きさのおかげで、巻頭の二十行ほどに及ぶ大字の写経断簡のような、まとまった断簡を収めることができました。
Q収められた筆跡はどのくらい古いものですか。
A奈良時代から室町時代まで、おおよそ八世紀から十六世紀に及びます。一帖のなかに約八百年分の日本の書がおさめられている計算になります。
Qほかの有名な手鑑との関係は。
A大手鑑は「藻塩草」「見努世友」「翰墨城」とともに四大手鑑の一つです。四帖はいずれも国宝で、それぞれ京都国立博物館、出光美術館、MOA美術館が所蔵しています。

基本データ

名称大手鑑〈第一帖百三十九葉/第二帖百六十八葉〉
所在地京都市右京区 陽明文庫
所有者陽明文庫(近衛家伝来)
指定区分国宝 書跡・典籍
指定年月日昭和二十八年(一九五三年)三月三十一日
員数二帖(合計三百七葉)
時代奈良〜室町時代
制作近衛家熙(一六六七〜一七三六)の制作と伝わる
公開状況常時公開なし。展覧会への出陳時に随時公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/686
大手鑑(WANDER 国宝)
https://wanderkokuho.com/201-00686/
大聖武(コトバンク)
https://kotobank.jp/word/大聖武-39285
近衛家熙(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/近衛家熙
陽明文庫(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/陽明文庫

最終更新日: 2026.06.05