森山遺跡とは:木津川を望む縄文時代の集落跡

森山遺跡(もりやまいせき)は、京都府城陽市富野にある縄文時代後期を中心とする集落跡で、昭和53年(1978年)2月8日に国の史跡に指定された。

文化庁の解説によると、城陽市の西の縁を南北に流れる木津川を望む台地の上にあり、縄文時代後期中ごろを中心とする集落跡に加え、弥生時代と古墳時代の遺構・遺物もある。

文化庁は、近畿では縄文時代の集落が少ない中で、豊富な遺物を持つ中核的な集落跡として重要であると評価している。

縄文時代の集落

文化庁によると、縄文時代の住居跡には、直径約10メートルの円形の竪穴住居跡のほか、直径6から10メートルの竪穴住居跡が5棟ある。床面には、やや掘りくぼめた地床炉が設けられている。

住居跡の周りには性格の分からない大小の土坑があるが、南西部には少なく、集落の広場として使われた場所と考えられている。南の縁では拳大の礫を集めた配石遺構が1基見つかり、墓の跡の可能性がある。

遺物は、縄文時代後期中ごろから後半の元住吉山式から宮滝式の土器のほか、石鏃170点、敲石55点、磨石4点、石棒4点がある。大量のサヌカイトの剥片も出ており、ここで石器づくりが盛んに行われていたことが分かる。

弥生・古墳時代の遺構

文化庁によると、弥生時代の竪穴住居跡2棟と甕棺1基、古墳時代の竪穴住居跡12棟と甕棺1基なども見つかっている。

とくに注目されるのは、古墳時代の初めの、東西40メートル、南北32メートルの方形の台状に土を盛り、周りに幅4メートル、深さ1.5メートルの溝を巡らせた遺構である。溝の南西の隅からは古式土師器(布留式)の高坏や小形丸底土器がまとまって出土し、葬送儀礼など特別な用途を想定する説もある。

森山遺跡の見学方法

城陽市によると、森山遺跡は史跡公園として整備され、縄文時代の竪穴住居1棟が骨組みで復元されている。交通は、JR奈良線長池駅から北へ徒歩約5分。

史跡公園内では、遺構を傷めないよう、地面を掘ったり復元住居に登ったりしないよう注意したい。問い合わせは城陽市へ。

Q&A

Q森山遺跡はいつ国の史跡に指定されましたか?
A昭和53年(1978年)2月8日に指定されました。
Q森山遺跡はどんな遺跡ですか?
A縄文時代後期中ごろを中心とする集落跡で、弥生時代と古墳時代の遺構もあります。
Q森山遺跡から何が見つかっていますか?
A竪穴住居跡、配石遺構、縄文土器、石鏃170点をはじめとする石器、大量のサヌカイトの剥片などです。
Q森山遺跡の古墳時代の遺構とは?
A溝で囲んだ東西40メートル、南北32メートルの方形の盛土遺構で、葬送儀礼に関わるとする説もあります。
Q森山遺跡への行き方は?
AJR奈良線長池駅から北へ徒歩約5分です。史跡公園として整備されています。

基本情報

名称森山遺跡(もりやまいせき)
所在地京都府城陽市富野
指定区分史跡
指定年昭和53年(1978年)2月8日指定
員数文化庁データベースに記載なし
寸法文化庁データベースに記載なし
所有者文化庁の記録に記載なし
公開状況史跡公園として見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「森山遺跡」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1738
文化遺産オンライン「森山遺跡」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/163151
城陽市「森山遺跡」
https://www.city.joyo.kyoto.jp/0000003938.html
京都府観光連盟「史跡森山遺跡」
https://www.kyoto-kankou.or.jp/info_search/9020

最終更新日: 2026.09.27