乙訓古墳群:京都西部に400年の権力盛衰を刻む13基の首長墓

京都市の西、向日市・長岡京市・大山崎町にまたがって点在する乙訓古墳群(おとくにこふんぐん)は、古墳時代(3世紀〜7世紀)のおよそ400年にわたる地域の支配者たちの墓を、ほぼ途切れることなくたどることができる稀有な遺跡です。2016年(平成28年)3月に11基が国の史跡に指定され、2018年(平成30年)2月に2基が追加されて、現在は13基が「史跡 乙訓古墳群」として保護されています。

乙訓古墳群の最大の特徴は、古墳時代の最初期から終末期まで、ほぼ全期間にわたって首長墓が築造され続けたという点にあります。墳形・規模・立地の変化は、奈良・大阪を中心としたヤマト政権の大王陵の動きと連動しており、研究者の間では「古墳時代の政治的動向を示す縮図」とも呼ばれています。

歴史と立地

乙訓地域は京都盆地の西縁、桂川の右岸に広がる地域で、古代からヤマトと日本海を結ぶ交通の要衝でした。豊かな平野と河川の合流点、丘陵地が織りなす地形は、定住と統治のいずれにも適しており、3世紀後半以降、地域の有力者たちが大型の墳墓を次々に築き始めました。地名「乙訓」は『日本書紀』の神話にも登場し、古代日本にとって重要な意味を持つ地であったことがうかがえます。

乙訓地域では古墳時代を通じて、およそ400基もの古墳が築造されたと推定されています。そのうち、葺石や埴輪を備えた首長墓と呼べる規模のものは32基あったとされ、現在17基が残っています。長岡京の造営や中世以降の開発、近代のタケノコ栽培などによって多くの古墳が失われましたが、特に重要な13基が「乙訓古墳群」として保護対象に選ばれました。

国史跡に指定された理由

2016年3月、それまで個別に指定されていた天皇の杜古墳(1922年指定)、恵解山古墳(1981年指定)、寺戸大塚古墳(2015年指定)の3件を統合し、新たに8基を追加した計11基を「乙訓古墳群」として再編成しました。さらに2018年2月、長法寺南原古墳と芝古墳が追加指定され、現在の13基体制になりました。

指定の理由として、まず一つの地域で首長墓が古墳時代の全期間にわたって連続的に築造された事例は日本列島でも極めて稀であることが挙げられます。多くの地域では特定の世代に集中して古墳が築かれたあと衰退するのに対し、乙訓地域では3世紀から7世紀まで切れ目のない築造が続きました。次に、各時期の墳形・埋葬施設・副葬品の変化が、ヤマト政権の大王陵の変化と一致しており、考古学的な比較研究の基準資料となっている点も重要視されました。さらに、古墳時代の典型的な要素を網羅的に保存している点も、史跡群としての価値を支えています。

13基の古墳がたどる古墳時代400年

乙訓古墳群の魅力は、何といっても13基の古墳を時代順にたどると、古墳時代そのものの歩みが見えてくるという点にあります。築造順におおまかに整理してみましょう。

古墳時代前期前半(3世紀〜4世紀前半)

五塚原古墳(いつかはらこふん/向日市)は乙訓古墳群の中で最も古く、3世紀中頃から後半に築造された全長約91メートルの前方後円墳です。墳丘の「斜路状平坦面」など、卑弥呼の墓ともいわれる奈良県の箸墓古墳と共通する特徴を持ち、後の前方後円墳の基本となる構造の最古級例とされています。

元稲荷古墳(もといなりこふん/向日市)は、3世紀末から4世紀初頭に築かれた全長約94メートルの前方後方墳。特殊器台形埴輪や大型壺形土器が出土しており、副葬品の質は大王墓に匹敵すると評価されています。寺戸大塚古墳(てらどおおつかこふん/向日市・京都市)は4世紀前半の全長約98メートルの前方後円墳で、後円部・前方部の双方に竪穴式石槨を持ち、三角縁神獣鏡などの銅鏡が複数出土しています。

古墳時代前期後半(4世紀後半)

長法寺南原古墳(ちょうほうじみなみはらこふん/長岡京市)は4世紀後半の前方後方墳で、長岡京市内最古の古墳です。後方部の竪穴式石槨から銅鏡6面(うち4面は三角縁神獣鏡)、勾玉、武器類など多彩な副葬品が出土しました。天皇の杜古墳(てんのうのもりこふん/京都市西京区)は4世紀末頃の全長約83メートルの前方後円墳で、保存状態が極めて良好であることから、古墳群の中でも早く1922年に国の史跡に指定されました。江戸時代に文徳天皇陵と伝承されたことに名前が由来します。鳥居前古墳(とりいまえこふん/大山崎町)は天王山の北麓に位置する帆立貝形古墳で、前期から中期への過渡期の様相を示します。

古墳時代中期(5世紀)

恵解山古墳(いげのやまこふん/長岡京市)は5世紀前半に築造された乙訓地域最大の前方後円墳で、全長約128メートル、幅約30メートルの周濠を備えます。1980年の発掘調査では、大刀約146点、剣11点、槍57点以上、鉄鏃472点余りなど、計約700点に及ぶ鉄製武器類埋納施設が発見されました。これほど多量の鉄製武器が一つの古墳から出土する例は全国的にも珍しく、被葬者は乙訓地域全土を治めた強力な首長であったと推定されています。南条古墳(なんじょうこふん/向日市)は5世紀中頃の円墳で、推定径23.5メートル。中期後半の地域勢力の変動を示す古墳です。

古墳時代後期〜終末期(6世紀〜7世紀)

物集女車塚古墳(もずめくるまづかこふん/向日市)は6世紀中頃の全長約46メートルの前方後円墳。畿内型の横穴式石室を備え、二上山の凝灰岩でつくられた組合式家形石棺が安置されています。金銅装の冠や馬具など、継体大王の時代の有力者にふさわしい副葬品が出土しています。井ノ内車塚古墳井ノ内稲荷塚古墳(ともに長岡京市)は6世紀前半の古墳で、新たに台頭した政治勢力の有力者が眠ると考えられています。芝古墳(京都市西京区)は2018年に追加指定された古墳です。

今里大塚古墳(いまざとおおつかこふん/長岡京市)は7世紀前半に築かれた、乙訓地域最後の首長墓です。巨石を用いた横穴式石室は、奈良の石舞台古墳に代表される巨石墳の系譜に連なるもので、被葬者は大和の大王家や大豪族と密接な関係を持っていたと考えられています。これ以降、乙訓地域では古墳に代わって寺院が権力の象徴となっていきました。

魅力と見どころ

13基のうちいくつかは整備された史跡公園として一般公開されており、間近で古墳を観察できます。

恵解山古墳公園(長岡京市)では、5世紀前半の姿に復元された巨大な前方後円墳が、埴輪のレプリカに囲まれて美しい姿を見せています。JR京都線の車窓からも見えるほどの存在感で、出土した鉄製武器に関する解説パネルも整備されています。後円部は1582年の山崎の合戦の際に明智光秀の本陣が置かれたとも伝えられ、古代と中世の歴史が重層的に体感できる場所となっています。

天皇の杜古墳(京都市西京区)は1994年に史跡公園として開園した、京都市内でも特に保存状態の良い前方後円墳です。木々に囲まれた静かな散策路は、観光客で賑わう京都中心部の喧騒から離れ、ゆったりと歴史に思いを馳せられる場所です。

物集女車塚古墳(向日市)では、毎年5月下旬から6月上旬頃に横穴式石室の内部が一般公開されます。ライトアップされた石室内に安置された家形石棺と、継体朝の有力者とのつながりを示す金銅製の副葬品の数々は、古墳時代後期の文化を肌で感じられる貴重な機会となっています。

元稲荷古墳(向日市)は向日神社北側の勝山公園内にあり、いつでも自由に見学できます。出土品は、向日市文化資料館、長岡京市立埋蔵文化財調査センター、京都府立山城郷土資料館、京都大学総合博物館などで展示されています。

周辺の見どころ

古墳めぐりと合わせて訪れたいスポットも豊富です。元稲荷古墳のすぐそばに鎮座する向日神社は、地域有数の古社で、京都盆地を見下ろす境内が魅力です。向日市の「竹の径」は、優美に湾曲する竹垣に縁取られた散策路で、日本でも屈指の美しい竹林として知られています。古墳をめぐる道としても最適です。

大山崎町では、1582年の山崎合戦の舞台となった天王山に登れば、桂川・宇治川・木津川が合流する眺望が広がります。アサヒビール大山崎山荘美術館は、大正期の山荘を活かした美術館で、安藤忠雄設計の新館に印象派の名画が展示されています。日本最初の本格ウイスキー蒸溜所であるサントリー山崎蒸溜所も近く、予約制で見学できます。長岡京市は春の八条が花のたけのこでも有名で、地元の料亭で旬の味を楽しむこともできます。

Q&A

Q13基すべてを1日で見学できますか?
A車や電動自転車を使えば1日で巡ることも不可能ではありませんが、かなり駆け足になります。多くの方は、整備状態と見応えのバランスが取れた恵解山古墳・天皇の杜古墳・元稲荷古墳・物集女車塚古墳・五塚原古墳の4〜5基にしぼり、半日から1日かけてじっくり巡るプランを選ばれています。
Q石室の内部に入れる古墳はありますか?
Aはい、物集女車塚古墳の横穴式石室は、毎年5月下旬から6月上旬の限られた期間に内部が一般公開されます。古代の石棺を当時の場所で間近に見られる、日本でも貴重な機会です。
Q大阪の百舌鳥・古市古墳群との違いは何ですか?
A百舌鳥・古市古墳群は4〜6世紀の大王陵を中心とした、規模の頂点を示す古墳群です。乙訓古墳群は、地域の首長墓が古墳時代の全期間にわたって連続して築かれた点に特色があり、ヤマト政権との関係を継続的に観察できるという、より落ち着いた、研究的な視点で楽しめる古墳群といえます。
Q出土した遺物はどこで見られますか?
A恵解山古墳の鉄製武器類や各古墳の埴輪・銅鏡などの出土品は、向日市文化資料館、長岡京市立埋蔵文化財調査センター、京都府立山城郷土資料館、京都大学総合博物館などで展示されています。施設ごとに展示内容が異なるので、関心に応じて選ぶとよいでしょう。
Q入場料はかかりますか?
A13基の古墳と整備された史跡公園は、いずれも無料で見学できます。関連博物館は施設ごとに入館料が設定されています。物集女車塚古墳の春季石室公開も無料ですが、年によっては事前予約が必要な場合があります。

基本情報

名称 乙訓古墳群(天皇の杜古墳・芝古墳・寺戸大塚古墳・五塚原古墳・元稲荷古墳・南条古墳・物集女車塚古墳・長法寺南原古墳・恵解山古墳・井ノ内車塚古墳・井ノ内稲荷塚古墳・今里大塚古墳・鳥居前古墳)
指定種別 国の史跡
指定年月日 2016年(平成28年)3月1日/2018年(平成30年)2月13日に追加指定
時代 古墳時代(3世紀中頃〜7世紀前半)
古墳の数 13基
所在地 京都府京都市・向日市・長岡京市・乙訓郡大山崎町
最大の古墳 恵解山古墳(全長約128メートル)
最古の古墳 五塚原古墳(3世紀中頃〜後半)
アクセス JR長岡京駅、阪急東向日駅、阪急大山崎駅などから各古墳へ。古墳ごとにアクセス方法が異なります
入場料 古墳・公園は無料/関連博物館は施設ごとに料金設定

参考文献

国史跡乙訓古墳群(おとくにこふんぐん) | 長岡京市公式ホームページ
https://www.city.nagaokakyo.lg.jp/0000005668.html
乙訓古墳群 | 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/163051
恵解山古墳 | 長岡京市埋蔵文化財センター
http://nagaokakyo-maibun.or.jp/igenoyama.html
天皇の杜古墳 | 京都市公式ホームページ
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000005646.html
物集女車塚古墳 | 公益財団法人 向日市埋蔵文化財センター
https://mukoumaibun.or.jp/sites/post-125/
五塚原古墳 | Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/五塚原古墳
乙訓古墳群・乙訓地域の古墳 | 長岡京市ふるさとガイドの会
https://www.nagaokakyo-guide.org/乙訓古墳群-乙訓地域の古墳/
遺跡編(13)史跡乙訓古墳群(京都新聞)
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/36373
鳥居前古墳の概要リーフレット | 大山崎町公式ホームページ
http://www.town.oyamazaki.kyoto.jp/annai/kyoikuiinkai/bunkageijutsukakari/4352.html

最終更新日: 2026.04.29