紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図(高雄曼荼羅)とは

紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図〈(高雄曼荼羅)〉は、京都市右京区梅ヶ畑高雄町の神護寺に伝わる平安時代の両界曼荼羅2幅で、昭和29年(1954年)3月20日に国宝に指定された。通称を高雄曼荼羅という。

神護寺によれば、花と鳳凰を組み合わせた模様を織り出した赤みがかった紫の綾に、金泥と銀泥(金銀の粉を膠で溶いた顔料)だけで描いた曼荼羅で、現存最古の大曼荼羅とされる。

国宝に指定された理由

神護寺の解説によれば、制作の詳細を伝える記録や願文はないが、『神護寺略記』が引く『承平実録帳』に天長天皇(淳和天皇)の御願とあり、天長年間(824〜834年)に制作が始まったと考えられる。寺は、空海の指導の下に描かれた軽く抑揚のあるのびやかな描線に、唐代絵画の優れた伝統がうかがわれると紹介している。

彩色を用いず、紫の綾地に金銀の線だけで両界の諸尊を描き出した点と、現存最古の大曼荼羅である点が、この曼荼羅の価値の中心である。寺の解説は、奈良時代に蓄積された絵画技法や金銀線の描写力、東大寺周辺の絵仏師の関与を指摘する田村隆照氏の見解も紹介している。

見どころ

紫の綾地に浮かぶ金銀の描線に注目したい。色を塗らず線だけで尊像を描き分ける表現は、空海の時代の密教絵画の質の高さを伝えている。

来歴も波乱に富む。神護寺によれば、鳥羽法皇の時代に寺の衰えとともに寺外に持ち出され、仁和寺から蓮華王院(現在の三十三間堂)の宝蔵に移り、寿永年中(1182〜1184年)に後白河法皇から高野山に贈られた。元暦元年(1184年)、文覚上人の努力で神護寺に返還された。

鑑賞について

神護寺の年間行事予定によれば、毎年5月1日から5日まで書院で寺宝虫払行事が行われる。虫払は寺宝を風に当てて虫害を防ぐ行事で、この機会に寺宝が公開される。どの寺宝が出陳されるかは年によって異なるため、寺に確かめたい。神護寺の公式サイトの通常のページはhttpで提供されており、2026年10月4日時点でhttps版は接続できなかった。

神護寺へは、JR京都駅からJRバス「高雄・京北線」で約50分、または阪急烏丸駅・地下鉄四条駅から市バス8号系統で約45分、いずれも「高雄」で降りて徒歩約20分(神護寺)。車では国道162号を福王子交差点から高雄・京北方向へ約6キロメートル。渋滞で時間がかかることがある。

Q&A

Q高雄曼荼羅とはどのような曼荼羅ですか?
A紫の綾に金泥と銀泥だけで描いた両界曼荼羅2幅で、神護寺は現存最古の大曼荼羅と紹介しています。
Q紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和29年(1954年)3月20日に国宝に指定されました。
Q高雄曼荼羅はいつ作られましたか?
A制作を伝える記録はありませんが、天長年間(824〜834年)に制作が始まったと考えられています。
Q高雄曼荼羅は神護寺から持ち出されたことがあるのですか?
A鳥羽法皇の時代に寺外に出て仁和寺、蓮華王院の宝蔵、高野山へと移りましたが、元暦元年(1184年)に文覚上人の努力で返還されました。
Q高雄曼荼羅は見られますか?
A神護寺では毎年5月1日から5日に寺宝虫払行事が行われますが、出陳品は年によって異なるので寺に確かめてください。
紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図(文化遺産オンライン)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/125304

基本情報

名称紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図〈(高雄曼荼羅)〉(むらさきあやきんぎんでいえりょうかいまんだらず)
所在地京都府京都市右京区梅ヶ畑高雄町(神護寺)
指定区分国宝(美術工芸品・絵画)
指定年昭和29年(1954年)3月20日国宝指定
員数2幅
寸法記録なし
所有者神護寺
公開状況寺宝虫払行事(毎年5月1日〜5日)の出陳は年により異なる

参考文献

紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図〈(高雄曼荼羅)〉(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/106
紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図(文化遺産オンライン)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/125304

最終更新日: 2026.10.04