「紫檀」と名乗りながら、紫檀ではない輿
名前には「紫檀塗」とあるが、この舎利輦に紫檀の木材は使われていない。黒漆を塗った下地の上に、朱漆で木目を描き出す。そうして舶来の紫檀を思わせる風合いをこしらえた。高価な唐木を用いずに紫檀らしさだけを写し取る、この手の込んだ技法こそが、京都・東寺に残る国宝「紫檀塗螺鈿金銅装舎利輦」の見どころである。
舎利輦とは、仏舎利を載せて運ぶための輿をいう。形は神社の神輿によく似ており、用途も同じく「運ぶ」ことにあった。法会のさい、釈迦の遺骨である仏舎利を高く奉じて練り歩くための乗物である。国指定文化財等データベースには、平安時代の作で員数は一基、種別は工芸品と記録されている。
東寺は正式には教王護国寺といい、平安京遷都の二年後にあたる延暦十五年(七九六年)、都の正門である羅城門の東に置かれた官寺である。弘仁十四年(八二三年)、嵯峨天皇から空海(弘法大師)に下賜され、真言密教の根本道場となった。空海が唐から持ち帰ったとされるもののなかに仏舎利があり、その舎利への信仰が、以来この寺の営みを形づくってきた。
なぜ国宝に指定されたのか
この舎利輦が国宝に指定されたのは昭和三十二年(一九五七年)二月十九日のこと。価値の一端は、まず残ったことそのものにある。法会の調度品は本来こわれやすい。年に一度の儀式に持ち出され、あとは仕舞われる。平安時代の作例で無傷のまま現存するものは数少ないが、この一基は今に残った。
装飾は近くで眺めるほど発見がある。貝殻を切って磨き、漆地に嵌め込む螺鈿は、暗い地の上で青や緑にきらめき、見る角度で表情を変える。平安貴族の工芸が好んだ技法である。金具は金銅、すなわち銅に金めっきを施したもので、隅や高欄、屋根まわりを締めつつ縁取っている。紫檀を模した漆、虹色の貝、金色の金具。これらが一つの乗物の上で重なり合う点に、平安期の漆工と金工の到達がうかがえる。
この輿は、東寺の舎利会という年中行事に用いられた。仏舎利をたたえるこの法会で、行列はひときわ華やかであった。八部衆に扮した人々が彫刻の面をつけて供をし、その面のうち七面が行道面として現存し、重要文化財に指定されている。舎利輦は、その動く絵巻の中心で舎利を載せていた。
実物を見ること、そして生きた信仰にふれること
工芸品の国宝であるため、舎利輦は常時公開されてはいない。東寺の所蔵品であり、宝物館の季節ごとの開館や、大きな出陳のおりに姿を見せる。平成三十一年(二〇一九年)に東京国立博物館で開かれた特別展もその一例である。宝物館は春と秋の年二回開館し、その都度テーマを変えた展示を行う。何が出ているかは、訪れる前に最新の予定を確かめるのが確実だ。
舎利輦がかつて担った舎利信仰そのものは、今もよく生きており、こちらははるかに身近に出会える。御影堂では毎朝六時から、空海への供養である生身供がいとなまれる。法要の終わりに、僧が唐渡りと伝わる仏舎利を参拝者一人ひとりの頭と両手に授ける。午前五時五十分ごろまでに門前に着けば、誰でも参列できる。費用はかからない。小さな舎利のために、なぜこれほど贅を尽くした乗物がつくられたのか。それを肌で理解する一番の近道である。
東寺の周辺
東寺は世界遺産であり、京都駅の南西、八条口から歩いて十五分ほどで着く。仮に舎利輦が収蔵中であっても、境内は半日を費やす値打ちがある。五重塔は高さ五十四・八メートル、木造塔としては日本一の高さで、その姿は多くの旅行者が京都から持ち帰る一枚になる。
南大門を入ってすぐの金堂は慶長八年(一六〇三年)の再建で、これも国宝である。その奥の講堂には、空海による立体曼荼羅が安置されている。絹に描くのではなく、二十一体の仏像を空間に配して曼荼羅を表したものだ。毎月二十一日には弘法さんの縁日が立ち、骨董や食べ物、工芸品の店が境内を埋める。これに合わせて日取りを組むのも一案である。
Q&A
- 舎利輦は本当に紫檀でできているのですか。
- いいえ。名前の「紫檀」は漆の技法を指します。黒漆の地に朱漆で木目を描いて舶来の紫檀に似せ、そこに螺鈿の貝と金銅の金具を加えています。
- 何に使われたものですか。
- 東寺の舎利会で仏舎利を奉じて運ぶための輿です。形は神社の神輿に近く、行列で担いで練り歩くためにつくられました。
- 普通の参拝で見られますか。
- 常時は見られません。宝物館の春・秋の開館や特別展のおりに公開されます。これを目当てにするなら、事前に公開予定を寺に確認してください。
- 舎利信仰そのものを体験できる場はありますか。
- 御影堂で毎朝六時に行われる生身供です。法要の最後に僧が仏舎利を頭と両手に授けます。午前五時五十分ごろまでに門前へ。費用はかかりません。
- いつ頃のものですか。
- 国指定文化財等データベースは平安時代(七九四〜一一八五年)の作とし、具体的な年代は記していません。国宝指定は昭和三十二年(一九五七年)です。
基本情報
| 名称 | 紫檀塗螺鈿金銅装舎利輦(したんぬりらでんこんどうそうしゃりれん) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府 東寺(教王護国寺) |
| 所有者 | 宗教法人教王護国寺 |
| 区分 | 工芸品/国宝 |
| 指定年月日 | 昭和三十二年(一九五七年)二月十九日(指定番号 00220) |
| 時代 | 平安時代 |
| 員数 | 一基 |
| 公開 | 常設展示はなし。宝物館の季節開館や特別展で公開 |
| アクセス | 京都駅八条口から徒歩約十五分 |
References
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/516
- 東寺(教王護国寺)公式サイト
- https://toji.or.jp/
- 東寺(ウィキペディア・文化財一覧)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/東寺
- 特別展「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」東京国立博物館(2019年)
- https://bijutsutecho.com/exhibitions/3478
最終更新日: 2026.06.07