芝ヶ原古墳とは:古墳出現期の前方後方形の墓

芝ヶ原古墳は、京都府城陽市寺田にある古墳出現期の前方後方形の古墳で、平成元年(1989年)に国の史跡に指定された。

読みは「しばがはらこふん」。城陽市北部には、5世紀代を中心に大小90基近い古墳が築かれた久津川古墳群がある。芝ヶ原古墳はその一支群である芝ケ原古墳群に属し、芝ケ原12号墳にあたる。昭和61年(1986年)6月から8月にかけて城陽市教育委員会が発掘調査を行った。

指定年月日は平成元年(1989年)9月6日。出土品は別に「京都府芝ケ原古墳出土品」として重要文化財に指定されている。

指定の理由:出現期の墓制を示す古墳

文化庁の解説によると、墳丘は南北21メートル、東西19メートルの方形部の南辺に突出部が付く前方後方形である。突出部の大半は道路で削られているが、くびれ部の幅は11.6メートルに復原でき、突出部の長さは約3.5メートル以上とされる。城陽市は後方部の大きさを東西約21メートル、南北約23メートルと紹介しており、資料によって数値に違いがある。

埋葬施設は、盛土を掘り込んだ墓壙に組合せ式の木棺を直接納めたもので、木棺は長さ3メートル、幅0.8メートルに復原される。墓壙の上には礫が敷かれ、その中から壺や高杯などの供献土器が出土した。土器はいわゆる庄内式の中でも古い様相を持つ。

文化庁は、前方後方形をなす出現期の古墳であり、外縁に突起を持つ銅釧が副葬されていた点に特徴があるとして、出現期古墳の中で重要であると評価している。

見どころ:墳丘と出土品の関係

木棺の北の小口付近からは、四獣形鏡1面、銅釧2個、硬玉製の勾玉8個、碧玉製の管玉187個、ガラス製小玉1276個が出土した。銅釧は輪の部分に放射状に72本の筋を付け、筋の先端が1本おきに突起をなすもので、文化庁はカサガイの形を最も忠実に写した古い形態と説明している。

現地では、方形の後方部と、道路に削られた突出部の位置関係を確かめたい。副葬品は城陽市歴史民俗資料館の所在地で保管されており、古墳と出土品をあわせて見ると、出現期の首長墓の姿が具体的になる。

見学方法:史跡公園としての整備

芝ヶ原古墳は城陽市寺田にあり、城陽市は現地見学のできる古墳のひとつとして紹介している。城陽市によれば、近鉄京都線の久津川駅から東へ徒歩約10分で、史跡公園として整備が進められている。

見学の時間や料金について市の案内は見当たらない。屋外の史跡なので、墳丘を傷めないよう、整備された範囲から見学してほしい。

Q&A

Q芝ヶ原古墳はいつ頃の古墳ですか?
A古墳出現期の前方後方形の古墳です。礫敷から出土した土器は庄内式の中でも古い様相を持ちます。
Q芝ヶ原古墳はいつ史跡に指定されましたか?
A平成元年(1989年)9月6日です。
Q芝ヶ原古墳から何が出土しましたか?
A四獣形鏡1面、銅釧2個、硬玉製勾玉8個、碧玉製管玉187個、ガラス製小玉1276個などが出土しています。
Q芝ヶ原古墳へのアクセス方法は?
A城陽市によれば、近鉄京都線の久津川駅から東へ徒歩約10分です。
Q芝ヶ原古墳の銅釧の特徴は?
A輪に放射状に72本の筋を付け、1本おきに突起をつくるもので、カサガイの形を最も忠実に写した古い形態とされます。

基本情報

名称芝ヶ原古墳
所在地京都府城陽市寺田
指定区分史跡
指定年平成元年(1989年)9月6日指定
員数古墳1基(芝ケ原12号墳)
寸法方形部 南北21メートル、東西19メートル(文化庁による)
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況屋外の史跡。料金・時間の案内なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「芝ヶ原古墳」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1750
文化遺産オンライン「芝ヶ原古墳」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/191202
城陽市「城陽市内の見学できる古墳」
https://www.city.joyo.kyoto.jp/0000006270.html

最終更新日: 2026.09.27