華厳経音義とは何か

八十巻に及ぶ『大方広仏華厳経』、いわゆる華厳経は、漢訳仏典のなかでも分量が多く、読解の難度が高い経典である。唐の則天武后の時代に実叉難陀(じっしゃなんだ)が訳したその漢文には、見慣れない文字や、梵語の音をそのまま一字ずつ漢字に写した語が数多く含まれる。「華厳経音義(けごんきょうおんぎ)」と呼ばれる二巻の巻子は、こうした経文を読み解くための手引きであった。

音義とは、経典の本文そのものを写すのではなく、難しい語句を順に拾い、その読み(音)と意味(義)を示した一種の語釈書をいう。読みの多くは反切(はんせつ、二字を組み合わせて一字の音を示す方法)で記され、意味には古い字書や経論からの引用が添えられる。華厳経を学ぶ僧にとって、これは経文をただ音読することと、内容を理解することとを分ける道具であった。

国(文化庁)が所有し京都府に所在する本品は、平安時代に書写された写本で、上下二巻からなる。昭和27年(1952年)3月29日に国宝に指定された。

国宝に指定された理由

音義の系譜は唐代の中国にさかのぼる。華厳教学を大成した法蔵(ほうぞう)の弟子である慧苑(えおん)は、新たに訳された八十巻本の華厳経について、難語の音と義をまとめた書を著した。その学統は奈良時代以降の日本に受け継がれ、華厳宗は東大寺を拠点として展開していく。

平安時代の写本である本品の価値は、その古さと稀少さにある。音義の類は中国本土では失われたものが多く、日本に残る写本が、ほかでは確認できない読みや引用を今に残している例も少なくない。八百年以上前に手で書写された一巻は、日本における漢字の用法や、外国語で記された経典を当時の人々がどう読もうとしたかを知るための一次資料でもある。

指定は昭和27年(1952年)3月29日。昭和25年に施行された文化財保護法のもとで早い時期に行われた国宝指定の一つで、現在は文化庁が国を代表して保管している。

見どころ

本品は墨書の紙本巻子であり、金字経や彩色の屛風のような華やかさとは異なる、静かな魅力をもつ。まず目を向けたいのは筆致である。日々の写経で鍛えられた平安の書写生の手は、印刷では得られない規律と運筆のリズムをもつ。見出しの字を立て、その下に小さな字で注を続ける版面の構成からは、千年前の実用的な参考書の論理がそのまま見てとれる。

収録された語の一つひとつは、実際の読み手が読みに詰まった箇所である。この音義は、東アジアの中古において華厳経のどの語が難解と見なされたかの記録でもあるといえる。経典そのものと並べて見れば、両者の関係が一目で理解できる。

周辺の見どころとアクセス

本品は光に弱い紙本の写本で、かつ国有品であるため、常時公開されてはいない。実物を見られるのは特別展などの機会に限られるので、巻子そのものを目当てに訪ねる場合は、事前に展示情報を確認したい。京都・東山の京都国立博物館は、こうした古写本や仏教書跡を折にふれて展示しており、拝観の起点として適している。

同館は千体の観音像で知られる三十三間堂に隣接し、清水寺や祇園にも近い。華厳の伝統そのものに触れたいなら、二つの寺をあわせて訪ねるとよい。奈良の東大寺は華厳宗の総本山で大仏を本尊とし、京都北西の栂尾にある高山寺は、鎌倉時代の初めに明恵(みょうえ)が華厳興隆の道場として再興した寺である。

Q&A

Q華厳経音義とはどのようなものですか。
A華厳経を読むための語釈書です。経典中の難しい語句を拾い上げ、それぞれの読みと意味を示したもので、経典そのものではなく、読解の手引きにあたります。
Q「新訳華厳経音義私記」と同じものですか。
A別の作品です。私記は奈良時代に日本で編まれた音義で、別の国宝として知られます。本品はそれとは別個の平安時代の写本で、文化庁が保管しています。
Q実物は展示されていますか。
A常設では公開されていません。傷みやすい紙の写本のため、展示は特別展などの機会に限られます。来館前に展示情報をご確認ください。
Qなぜ参考書が国宝なのですか。
A古さと稀少さによります。平安時代に手書写された音義は数が少なく、仏教史や日本における漢字研究にとって重要な言語・本文上の情報を残しているためです。
Q華厳の信仰は今どこで盛んですか。
A奈良の東大寺(華厳宗総本山)と、京都の高山寺がよく知られます。いずれも京都市内から日帰りで訪ねられます。

基本情報

名称華厳経音義〈巻上下〉(けごんきょうおんぎ)
種別書跡・典籍
指定区分国宝(昭和27年〈1952年〉3月29日指定)
時代平安時代
員数2巻
所有者国(文化庁)
所在地京都府
指定番号00093
公開状況常設展示なし。特別展などで随時公開

References

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/632
文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/377997
京都国立博物館 ご利用案内
https://www.kyohaku.go.jp/jp/visit/info/

最終更新日: 2026.06.05