一つの刃傷沙汰に始まる名
「へし切」という名は、ある殺生に由来する。黒田家に残る記録によれば、この刀がまだ織田信長の手にあったころ、茶坊主の観内が信長の怒りを買い、膳棚の下へ逃げ込んだ。信長は刀を棚の下の狭い隙間に差し入れ、そのまま押し下げて、観内を棚ごと圧し切ったという。振らず、ただ押して断つ。その所作が「へし切」の名となり、刀は今もその名を負っている。
刀身がつくられたのは南北朝時代、十四世紀のことである。作者は山城国(現在の京都府南部)で活動した刀工、長谷部国重と極められている。所有者は福岡市で、博多湾に面した埋立地に建つ福岡市博物館に収蔵される。刃長は64.8センチ、身幅が広く、反りは1.0センチと浅い。その長さのわりに鋒(きっさき)が大きいのが、この刀の姿の特徴になっている。
金象嵌に刻まれた鑑定
今でこそ打刀の姿だが、もとはより大ぶりであった。刀身はかつて、刃を下にして佩く大太刀であり、後世に磨り上げて短く詰められて現在の形になっている。その仕立て直しの際に当初の銘も削り取られた。そのため作者名は在銘によるものではなく、後世の鑑定に基づく。当代随一の刀剣鑑定家であった本阿弥光徳(1554〜1619)が長谷部国重の作と極め、その判定を茎(なかご)に金象嵌で刻んだ。指裏に「長谷部國重本阿」と光徳の花押、指表に福岡藩主黒田長政を指す「黒田筑前守」の所持銘が入っている。
国重は、鎌倉の名工正宗の門人とされる「正宗十哲」の一人に数えられることが多い。もっともこの括りは後世の伝承であり、師弟関係の実否には議論がある。相州伝を学び、長谷部派の祖と位置づけられる刀工である。本刀は昭和11年(1936年)に重要文化財、昭和28年(1953年)3月31日に国宝へと指定された。現存する長谷部一派の作のなかでも、有銘無銘を問わず比肩するもののない出来とされる。
ガラス越しに見るべきところ
近づいて、まず目を引くのは刃文である。焼刃を刃先だけに留めず、地のほうまで一面に飛び散らせた「皆焼(ひたつら)」と呼ばれる華やかな焼き方で、明るい沸(にえ)の島が刀身全体に点々と広がっている。鍛えは小板目肌がよく約(つ)み、地沸が霞のようにかかって、見る角度を変えるたびに光を返す。表裏には棒樋が掻き通され、その先は茎にまで及んでいる。
茎にも見どころがある。大きく磨り上げられた茎には目釘孔が四つ。六百年余りのあいだに繰り返された磨上げや拵え替えの跡である。刀には、黒漆に霰鮫(あられざめ)を着せて研ぎ出した拵えが付属する。福岡藩十代藩主の時代に作られたもので、これ自体が重要文化財に指定されている。
博物館の周辺
福岡市博物館があるのは、1980年代後半に整備された海浜の新市街、シーサイドももちの一角である。高さ234メートルの福岡タワーからほど近い。館の名を高めているのは弥生時代の金印「漢委奴国王」だが、刀剣目当ての来館者にとっての目的地は、黒田家ゆかりの名宝を並べた一画になる。
へし切長谷部の公開は通年ではない。古くからの慣わしで、正月前後に限られることが多い。同じ黒田家伝来の国宝太刀「日光一文字」と一つの展示ケースを分け合うため、両刀が同時に並ぶことは少ない。この刀を目当てに訪ねるなら、事前に館の展示予定を確かめておきたい。一方、天下三名槍の一つに数えられる大身槍「日本号」は通年で公開されている。常設展示の観覧料は手ごろで、黒田家名宝の展示期間中も同じ観覧券で見ることができる。
Q&A
- いつ行ってもへし切長谷部を見られますか。
- いいえ。公開は限られた期間のみで、慣例として正月前後が中心です。国宝太刀「日光一文字」と展示ケースを共有するため、両刀が同時に出ていないこともあります。来館前に展示予定をご確認ください。
- 「へし切」という名前の由来は何ですか。
- 織田信長が、膳棚の下に隠れた茶坊主を棚ごと押し切ったという逸話に基づきます。「へし切」とは、刀を振らずに押し当てて断つ所作を指す呼び名です。
- 誰の作で、どうして作者が分かるのですか。
- 十四世紀の刀工、長谷部国重の作と極められています。磨上げの際に当初の銘が失われたため、作者名は本阿弥光徳の鑑定によります。その極めは1600年前後に金象嵌で茎に刻まれました。
- 京の刀がなぜ福岡にあるのですか。
- 織田信長から黒田家へと渡り、黒田家は江戸時代を通じて福岡藩を治めました。のちに黒田家の収蔵品が福岡市へ寄贈され、現在は福岡市博物館が所蔵しています。
- 撮影はできますか。
- 撮影の可否は展示ごとに異なり、国宝は一般の展示品と扱いが違う場合があります。来館当日に館内の表示や係員にご確認ください。
基本情報
| 名称 | 刀〈金象嵌銘長谷部国重本阿花押(名物へし切長谷部)/黒田筑前守〉 |
|---|---|
| 作者 | 長谷部国重(極め) |
| 時代 | 南北朝時代(14世紀) |
| 指定 | 国宝(工芸品)/重要文化財指定 昭和11年(1936)、国宝指定 昭和28年(1953)3月31日 |
| 寸法 | 刃長64.8cm/反り1.0cm/元幅3.0cm/先幅2.5cm/鋒長5.9cm |
| 員数 | 1口 |
| 所有者 | 福岡市 |
| 所在地 | 福岡市博物館(福岡県福岡市早良区百道浜3-1-1) |
| 公開 | 期間限定。展示予定は館公式サイトで要確認 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/385
- 福岡市博物館 公式サイト
- https://museum.city.fukuoka.jp/
- 刀剣ワールド「へし切長谷部」
- https://www.touken-world.jp/search-noted-sword/saneiketsu-meito/54641/
- 刀剣ワールド「長谷部国重」
- https://www.touken-world.jp/sword-artisan-directory/hasebe-kunishige/
最終更新日: 2026.06.13