梵鐘(妙心寺)— 戊戌年の銘をもつ日本最古の鐘
妙心寺の法堂に、一口の古い梵鐘が置かれている。鐘身の内側に縦書きで鋳出された銘文に「戊戌年四月十三日」とあり、この戊戌年は文武天皇即位二年、西暦六九八年にあたる。鋳造の年が銘によって確定する梵鐘としては、これが日本で最も古い。総高は約一五一センチ、口径は八六センチ。鐘楼に懸かるのではなく、堂内に安置されて参観者を迎える点も、ふつうの梵鐘とは異なっている。
法堂を訪れる人の多くは、天井の龍を見上げて立ち去る。その足もとに置かれた鐘が、京都で目にするほとんどの文化財より古いことには、案内を聞いて初めて気づく。
製作の年・地・人を記した銘文
銘文が記すのは年月日だけではない。鋳出された文字は、鐘がどこで、誰の手で作られたかまで明らかにする。製作地は糟屋評、現在の福岡市東区あたりにあたる九州北部の一郡であり、鋳造を担った人物は春米連廣國と読まれ、願主と考えられている。製作の年・地・人がそろって判明する古鐘は数えるほどしかなく、これほど確実に年代を押さえられる例は珍しい。
銘文のなかで、思いがけず重い意味をもつ一字がある。郡を表す語に「郡」ではなく「評」の字が用いられている点である。地方の行政区画を「評」と書くのは大宝律令が施行される七〇一年より前の用法で、それ以降は「郡」に統一された。つまり銘文の表記そのものが、暦の上の戊戌年とは別に、六九八年という年代を裏づけている。
国宝に指定された理由
飛鳥・奈良時代まで遡る梵鐘は現在十六口ほど確認されているが、銘文をもつものは四口にとどまり、本鐘はそのなかで最古にあたる。価値の核心は、製作の年・地・人がいずれも判明するという組み合わせにある。様式から年代を推定するのではなく、特定の時点の金工に直接結びつけられる点で、研究上の基準としての意味も大きい。
形姿そのものにも見るべきところがある。高さに比べて口径を小さく取り、胴の張りを抑えた長身の姿は、重心を上方に置いた均整のとれた立ち姿をつくる。肩には乳頭の大きな乳が四段七列に密に並び、上下の帯には連続する唐草文がめぐる。撞座には蓮華文が配されている。装飾の肉取りはよく、駒の爪に二条の紐をめぐらせる古式の手法もとどめている。
ほぼ同形の鐘が、大宰府の観世音寺に国宝として残る。両者は同じ九州の工房で近い時期に作られたとみられ、寸法や文様の近さから兄弟鐘と呼ばれている。本鐘は明治三十五年(一九〇二)に重要文化財(当時の国宝)に指定され、昭和二十六年(一九五一)に国宝へと指定された。
「黄鐘調の鐘」と徒然草
この鐘は、古さと並んで、その音色でも知られてきた。撞いたときの音が雅楽の調子のひとつ黄鐘調に近いことから、古くより「黄鐘調の鐘」と呼ばれる。鎌倉末から南北朝にかけて生きた吉田兼好は、『徒然草』第二百二十段で、鐘の声は黄鐘調であるべきだと述べ、これを無常の調子としたうえで、浄金剛院の鐘がその音をもつことに触れている。
この一節は、九州で鋳られた鐘が京にもたらされた経緯をうかがわせる手がかりでもある。本鐘はかつて浄金剛院という、今は失われた寺にあり、のちに妙心寺へ移ったと考えられている。昭和に入っても鐘は現役で、昭和四十八年(一九七三)まで除夜に撞かれ、その音はNHKの「ゆく年くる年」を通じて全国に届けられていた。現在は保存のため撞くことをやめ、堂内で静かに守られている。
いま、鐘を見る
鐘が置かれているのは、明暦二年(一六五六)建立の法堂で、建物自体も重要文化財である。参観は係員の案内で堂内をまわる形をとり、同じ堂内には京都でも指折りの天井画がある。狩野探幽が描いた直径およそ十二メートルの雲龍図で、どの位置から見ても龍と目が合うことから「八方にらみの龍」と呼ばれる。鐘と龍を一度に見られるのが、この法堂の見どころである。
実物はもう撞かれないため、案内のなかで録音された音色が流される。兼好が好んだ黄鐘調の響きを、鐘を傷めることなく耳にできる。係員が一定のペースで導きながら説明するので、短い拝観でも要点をつかみやすい。
妙心寺の周辺
妙心寺は一棟の堂ではなく、塀に囲まれた寺町のような広がりをもつ。臨済宗妙心寺派の大本山で、四十を超える塔頭が砂利道の両側に並ぶ。庭園を公開する塔頭もいくつかあり、枯山水の庭と著名な水墨画で知られる退蔵院は、南門から数分の距離にある。
寺は京都市の西寄りに位置し、徒歩や嵐電(京福電車)で三つの世界遺産に近い。北へ延びるきぬかけの路沿いには、仁和寺、石庭で名高い龍安寺、金閣を擁する鹿苑寺が並ぶ。九州へ足を延ばす旅であれば、兄弟鐘である大宰府・観世音寺の梵鐘を訪ね、二つの鐘を目と耳で比べてみるのもよい。
Q&A
- この鐘はどれくらい古く、年代はどう分かるのですか。
- 鐘の内側に鋳出された銘文に戊戌年(六九八年)四月の日付があり、銘によって年代が確定する梵鐘としては日本最古です。さらに銘文が郡を「評」と書く点も、七〇一年より前の用法であるため、この年代を裏づけています。
- なぜ「黄鐘調の鐘」と呼ばれるのですか。
- 撞いたときの音が雅楽の調子のひとつ黄鐘調に近いためです。吉田兼好が『徒然草』でこの鐘の音をたたえたこともあり、その呼び名が古くから定着しています。
- 鐘の音は実際に聴けますか。
- 保存のため実物は撞きませんが、法堂の案内のなかで録音された音色が流されます。鐘を傷めることなく、かつて名高かった響きを耳にできます。
- 鐘はどこにあり、どう見ればよいですか。
- 京都・妙心寺の法堂内に安置されています。拝観は係員の案内でまわる形で、天井の雲龍図もあわせて見られます。開門時間中はおよそ二十分間隔で案内が出発します。
- 拝観料と行き方を教えてください。
- 境内への立ち入りは無料で、鐘を含む法堂の拝観は大人五百円です。JR花園駅から徒歩約五分、嵐電(京福電車)の妙心寺駅からは徒歩約三分です。
基本情報
| 名称 | 梵鐘(ぼんしょう)/妙心寺 |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(工芸品)。先に重要文化財に指定 |
| 年代 | 戊戌年(六九八年)銘。飛鳥時代末(国指定文化財等データベースでは「奈良」に分類) |
| 員数 | 一口 |
| 寸法 | 総高一五一・〇センチ、竜頭高二七・六センチ、身高一一八・〇センチ、撞座中心高四九・一センチ、口径八六・〇センチ、口厚五・三センチ |
| 重要文化財指定 | 明治三十五年(一九〇二)七月三十一日 |
| 国宝指定 | 昭和二十六年(一九五一)六月九日 |
| 所有者 | 妙心寺(京都市右京区花園) |
| 拝観 | 法堂内にて係員の案内で拝観。九時〜十六時(受付終了十五時三十分)。境内無料、法堂は大人五百円 |
| アクセス | JR花園駅から徒歩約五分、嵐電(京福電車)妙心寺駅から徒歩約三分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)梵鐘
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/313
- 妙心寺 公式サイト 拝観のご案内
- https://www.myoshinji.or.jp/about_zen/haikan/haikan
- 妙心寺 公式サイト 法堂
- https://www.myoshinji.or.jp/worship/keidai/312
最終更新日: 2026.06.08