紙本著色三十六歌仙切〈(素性)/佐竹家伝来〉——鎌倉時代の似絵肖像が伝える王朝の雅

日本絵画史に燦然と輝く名宝のひとつ、佐竹本三十六歌仙絵巻。その断簡のうち、平安前期の歌僧・素性法師を描いた一幅が、京都の個人蔵として大切に伝えられています。元来は鎌倉時代初期に上下二巻の絵巻として制作されたこの作品は、大正八年(1919)十二月、当時の所有者たちにより三十七幅の掛軸へと分割されました。素性法師の断簡は、その分割の際に最も有名な逸話を生んだ一幅としても知られ、似絵様式による精緻な肖像表現と、流麗な料紙の和歌が一体となった、平安王朝文化の精華を今に伝えています。

佐竹本三十六歌仙絵巻の成立

佐竹本三十六歌仙絵巻は、鎌倉時代初期(13世紀前半)に制作された、藤原公任(966~1041)撰『三十六人撰』に基づく歌仙絵です。古来より絵は肖像画の名手・藤原信実(1176~?)の筆と、書は後京極流を生んだ後京極良経(1169~1206)の筆と伝えられてきました。確証はないものの、その品格の高さと完成度において、同時代の他の作例と比して群を抜いています。

元は上下二巻の巻子装で、上巻・下巻ともに十八名ずつの歌仙を収め、下巻巻頭には和歌の神とされる住吉明神の社頭の景観が描かれていました。寸法は縦約36センチメートル、横は60~80センチメートル前後で、各幅により異なります。江戸時代の文献『蒹葭堂雑録』によれば、この絵巻はもと京都・下鴨神社に伝来したものといい、後に出羽国久保田藩(現在の秋田県)藩主・佐竹侯爵家の所蔵となったことから「佐竹本」の名で呼ばれるようになりました。

大正八年「絵巻切断」事件

大正六年(1917)、華族世襲財産法の改正を受け、佐竹侯爵家は所蔵する古美術品三百点を東京美術倶楽部の売立に出しました。佐竹本三十六歌仙絵巻には三十五万三千円という巨額の値がつき、当時の一万円が現代の約一億円に相当することを考えれば、いかに途方もない金額であったかがうかがえます。古美術業者九店が共同で落札し、その後実業家の山本唯三郎の手に渡りますが、第一次世界大戦後の不況により、山本は短期間でこれを手放すこととなります。

この巨額の絵巻を一人で買い取れる者はおらず、茶人・実業家の益田鈍翁(孝)を中心に、前代未聞の解決策が立てられました。すなわち、上下二巻を歌仙ごとに分割し、希望者へくじ引きで配分するというものです。大正八年十二月二十日、絵巻は紙継ぎを丁寧に剥がされ、住吉明神の図を含めた三十七幅に切り分けられました。益田の品川御殿山碧雲台応挙館で執行された抽籤会において、益田自身が引き当てたのは僧侶像であり、これは素性法師であったとされています。最も高値の四万円で人気の高かった「斎宮女御」を望んでいた益田は不機嫌になり、別の落札者と交換した、という有名な逸話が残されています。この一連の出来事は「絵巻切断」事件として近代日本美術史に深く刻まれ、現在に至るまで語り継がれています。

重要文化財に指定された理由

本断簡が国の重要文化財に指定されているのは、次のような美術史的・文化史的価値が高く評価されているためです。

第一に、本作は鎌倉時代初期に勃興した「似絵(にせえ)」様式の代表的作例である点が挙げられます。それまでの定型化された貴族肖像とは異なり、似絵は人物の容貌や個性を写実的に捉えようとする新しい肖像画法でした。素性像は、深く瞑想する僧侶の知性と落ち着きを、繊細な筆致と微妙な表情の描き分けによって見事に表現しています。

第二に、絵・書・歌の三者が一つの画面に統合されている点です。歌仙の姿、官位・略伝、そして代表歌が、緊密な構成のもとに配されており、平安王朝以来の総合的な美意識——いわゆる「詩書画一体」の理想——を具現化しています。

第三に、伝来の歴史そのものに重要な文化財的価値があります。下鴨神社旧蔵の伝承、佐竹家への伝来、そして大正期の劇的な分割は、日本における古美術品の保護と享受のあり方を象徴する出来事であり、その記憶を担う作品として比類のない位置を占めています。佐竹本は同じ鎌倉時代の上畳本三十六歌仙絵巻と並び、現存する歌仙絵の最古の遺品とされています。

歌仙・素性法師について

素性法師(生没年不詳、9世紀後半~10世紀初頭に活躍)は、平安時代前期の歌僧で、桓武天皇の曾孫にあたります。父は六歌仙・三十六歌仙の双方に名を連ねる僧正遍昭(俗名・良岑宗貞)であり、文芸の家系に生を受けました。俗名は『尊卑分脈』によれば良岑玄利(よしみねのはるとし)と伝わります。

清和天皇の御代に殿上人にまで昇った後、若くして出家し、大和国石上の良因院に住みました。宇多上皇の大和国御幸の折には供奉して諸所で和歌を奉り、また醍醐天皇からも寵遇を受け、延喜九年(909)には御前に召されて屏風歌を書いたと伝えられます。常康親王・藤原高子といった皇族・貴族とも交流があり、その死去に際しては紀貫之・凡河内躬恒が追慕の歌を詠んだことから、当時の歌壇でいかに高く評価されていたかが知られます。

『古今和歌集』には三十六首が入集し、撰者四人を除けば最多に近い数を誇ります。家集『素性集』は後世の他撰によるもので、平安和歌の精華を伝える重要な歌集として今日も読み継がれています。

断簡に書かれた一首

本断簡に書き添えられた歌は、『古今和歌集』巻一・春歌上・五十六に収められた、桜の名歌として古来名高い一首です。

見渡せば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 錦なりける

「見渡してみると、柳の緑と桜の花とが入り交じり、都はまさに春の錦そのものだ」という意で、平安京の春景を一幅の織物に喩えた、まことに優美な歌です。当時の京の都には桜と柳が多く植えられており、桜の淡紅と柳の若緑が織りなす光景は、秋の山々を彩る紅葉の錦に対して「春の錦」と讃えられました。花の盛りに京を眺めて詠まれたこの歌は、京都の春そのものを象徴する作として、今日まで人々に愛され続けています。

見どころ・鑑賞ポイント

素性像は、僧服に身を包み、静かに座する姿に描かれています。その立ち居振る舞いには、僧としての精神的な深まりと、和歌の道に生きた文人としての繊細な感受性とが、ともに表れています。

顔貌の表現には平安時代以来の引目鉤鼻の様式を踏まえつつ、似絵特有の写実的描写が加えられ、素性個人の風貌を伺わせる工夫がなされています。法衣の襞は確かな線描によって整然と描き起こされ、繊細な彩色によって柔らかな質感が表現されています。料紙の右側には素性の官位・略伝、左側には代表歌が二行に書き付けられており、画と詞とが理想的な調和を見せています。

後京極良経の筆と伝えられる流麗な書は、初期鎌倉の貴族文化を象徴する後京極流の名筆として、絵と一体となった芸術的完成度を生み出しています。素性像は、佐竹本の中でも保存状態が比較的良好で、鎌倉時代の似絵作品を代表する一幅として高く評価されています。

佐竹本歌仙絵を鑑賞できる場所

素性法師の断簡は京都の個人蔵であり、常時公開されているわけではありません。特別展で出陳される機会を待つ必要があります。一方、佐竹本三十六歌仙絵の他の断簡は、日本各地の博物館・美術館に分蔵されており、関連する作例を鑑賞できます。

京都国立博物館は、2019年に「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」と題する特別展を開催し、三十一幅の断簡を一堂に集めた歴史的な展覧会で知られます。今後も同種の展示が企画される可能性があり、最新の情報を確認すると良いでしょう。東京国立博物館は住吉大明神図と壬生忠岑の二幅を、京都の泉屋博古館は源信明の一幅を所蔵しています。その他、奈良の大和文華館(小大君)、大阪の逸翁美術館(藤原高光)、京都の野村美術館(紀友則)、滋賀のサンリツ服部美術館(大中臣能宣)、京都の相国寺承天閣美術館(源公忠)、文化庁(坂上是則・藤原元真)など、各所の博物館・美術館に断簡が伝わっています。

京都の関連スポット

佐竹本三十六歌仙絵の世界に親しむ旅は、自ずと京都の古い歴史を訪ねる旅へと広がります。本絵巻が伝来したと伝えられる下鴨神社(賀茂御祖神社)は、京都最古の神社のひとつであり、世界遺産にも登録されています。境内に広がる糺の森は、平安京の昔を偲ばせる神聖な空間です。

京都国立博物館は、東山の文化的中心地に位置し、三十三間堂や祇園のすぐ近くにあります。徒歩圏内には清水寺、知恩院、八坂神社など、京都を代表する社寺が点在し、素性が「都ぞ春の錦なりける」と詠んだ古都の風情を体感できます。

素性ゆかりの地としては、奈良県天理市の石上神宮周辺、彼が住したと伝わる良因院ゆかりの地を訪ねるのも一興です。また、和歌文化に親しむなら、冷泉家時雨亭文庫や、王朝和歌の名所である宇治の平等院などもおすすめです。

Q&A

Q素性法師の断簡を実際に見ることはできますか?
A本断簡は京都の個人蔵であり、常設展示はされていません。京都国立博物館などで開催される特別展に出陳される機会を待つかたちとなります。2019年の「流転100年」展では出陳されましたので、今後の佐竹本関連特別展の情報をご確認ください。
Qなぜ元の絵巻が分割されてしまったのですか?
A大正期の経済情勢のもと、巨額の絵巻を一人で所有できる買い手が現れなかったため、所有を分散させる方法として歌仙ごとに分割し、希望者にくじ引きで配分するという案が採られました。今日の文化財保護の観点からは議論の余地があるものの、結果的に多くの所有者・愛好家がこの名宝を守り伝えることになりました。
Q素性法師とはどのような人物ですか?
A平安時代前期の歌僧で、桓武天皇の曾孫、僧正遍昭の子にあたります。早くに出家して大和国石上の良因院に住み、宇多上皇・醍醐天皇に寵愛されました。『古今和歌集』に三十六首が入集する三十六歌仙の一人です。
Q断簡に書かれている和歌はどのような意味ですか?
A「見渡せば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 錦なりける」という、『古今和歌集』春歌上に収められた名歌です。柳の緑と桜の花が入り交じる京都の春景を、織物の錦に喩えた、平安王朝の春を象徴する一首です。
Q佐竹本は他の三十六歌仙絵とどう違うのですか?
A佐竹本は上畳本三十六歌仙絵巻と並んで、現存する三十六歌仙絵の中で最も古い遺品です。鎌倉時代初期に勃興した似絵様式により、各歌人の個性を写実的に描き分けている点、絵・書・歌が三位一体となった完成度の高さ、そして「大歌仙」と称される雅な品格において、他の作例から一線を画する存在として評価されています。

基本情報

正式名称 紙本著色三十六歌仙切〈(素性)/佐竹家伝来〉
文化財種別 重要文化財(絵画)
時代 鎌倉時代(13世紀前半)
形態 掛幅装、紙本著色、一幅
寸法 縦約36センチメートル、横約60~80センチメートル(断簡により若干異なる)
伝筆者(絵) 藤原信実(伝)
伝筆者(書) 後京極良経(伝)
主題 三十六歌仙の一人・素性法師の肖像
原形態 もと上下二巻の絵巻物。大正八年(1919)十二月二十日に三十七幅の掛軸装に分割。
所在地 京都府(個人蔵)
公開状況 常時公開なし。京都国立博物館等の特別展にて折々出陳。

参考文献

文化遺産オンライン — 紙本著色三十六歌仙切〈(遍昭)/佐竹家伝来〉
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/127297
Wikipedia — 佐竹本三十六歌仙絵巻
https://ja.wikipedia.org/wiki/佐竹本三十六歌仙絵巻
京都国立博物館 — 特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」
https://www.kyohaku.go.jp/jp/special/koremade/36kasen_2019.html
e国宝 — 佐竹本三十六歌仙絵巻断簡(壬生忠峯)
https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&content_base_id=100339
千人万首 — 素性法師
https://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/sosei.html
美術手帖 — 100年ぶりの再会。分割された《佐竹本三十六歌仙絵》が過去最大規模で集結
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/19333

最終更新日: 2026.04.26