巻頭に「賦甲」とある一巻

巻物を少し開くと、冒頭の数行に「文選巻第一〈賦甲〉」と記されている。中世の日本の学者たちが書き写し、読み上げ、注釈を加えながら学んだ漢籍の本文が、墨書のまま残されたものである。形そのものは紙本墨書の巻子装で、装飾の少ない一巻にすぎない。しかしその内容は、東アジアの文学史に大きな影響を与えた詞華集『文選』の、最初の一巻にあたる。

『文選』は六世紀前半、南朝梁の宮廷で編まれた。撰者は皇太子の蕭統、のちに昭明太子と諡された人物である。その周囲には学者や文人が集い、戦国時代から当代までの約八百篇、おおよそ百三十人の作品を選び、数十のジャンルに分けて収めた。

この巻が収めるのは、その第一巻である。李善の注を付した六十巻本では、巻頭を飾るのは詩ではなく「賦」であった。賦は事物を細かく描き出す長い韻文で、その第一巻には宮殿や都を主題とする京都賦が置かれ、班固の「両都賦」から始まる。前漢の都・長安と後漢の都・洛陽、二つの都の優劣を論じる構成で、当時の読者であればすぐに見て取れる主題であった。

一巻が指定された理由

本品は昭和十八年(一九四三)六月九日に重要文化財に指定された。評価の根拠は、よく知られた漢籍そのものよりも、その本文を写し取ったこの一巻に置かれている。鎌倉時代、おおむね十三世紀から十四世紀初めにかけて、日本で書写された写本だからである。

その頃すでに『文選』は、五百年にわたって日本の貴族層の必読書であった。奈良時代に渡来し、『日本書紀』や『万葉集』の表現にもその影響が指摘されている。宮廷の書き手はこれを文章の基準として引いた。平安時代の清少納言は『枕草子』で読むべき書物の一つに挙げ、後世の兼好も『徒然草』でその巻々のあわれさに触れている。

したがって鎌倉時代の巻第一の写本は、ある時代の学問の家のなかで、漢籍がどのように複製され受け継がれていったかを示す具体的な資料となる。写本は一本ごとに本文や行取り、書写者の細かな判断が異なるため、時代の判明する指定品は、書物の読まれ方そのものを探る手がかりになる。

近づいて見たい点

まず目に入るのは筆跡である。こうした学習用の本文は、人に見せるためではなく使うために書き写された。一行ごとに着実に運ばれた筆の動きから、実際に学ばれていた書物であることが読み取れる。書体の規律、字間の取り方、罫線の有無といった要素は、中世の書写者が従った約束事を反映している。

次に冒頭の本文そのものに目を向けたい。班固は賦を、古い西の都を称える客と、新しい東の都を弁護する主人との言葉の応酬として組み立てた。最初の数行を読むことは、どちらの都がよりよい政治を体現するかをめぐる議論に入っていくことであり、その応酬はすべて密度の高い修辞によって進められる。鎌倉時代の読者が追うことを期待された典故の密度には、立ち止まる価値がある。

絵巻に親しんだ人にとっては、ここでの面白さは性質が異なる。絵はない。関心の中心は、作られた物としての写本であり、梁の皇太子の蔵書から唐宋の注釈者を経て、中世日本で筆を執った書写者へと続く長い伝来の連なりのなかの一点という位置にある。

『文選』の世界に触れるには

本品は京都府内に所在するが、所有者は公開されておらず、常時公開されている記録もない。『文選』を実際に見たいと考える旅行者には、各館が随時展示する関連資料のほうが手がかりになる。

とりわけ著名なのが『文選集注』である。これは唐代の複数の注釈を一本に集成した別系統の日本写本で、現存する巻は国宝に指定されている。横浜の金沢文庫に由来する資料として知られ、現在は神奈川県立金沢文庫が、企画展示の入れ替えのなかで中世の典籍を公開している。

京都であれば、京都国立博物館が展示替えのなかで古い書跡や典籍をたびたび取り上げており、奈良国立博物館も書跡・典籍の収蔵品について同様の展示を行っている。紙に書かれた光に弱い資料は限られた期間しか公開されないため、訪問前に開催中の展覧会の予定を確認することが、この種の写本に出会う確実な方法である。

Q&A

Q『文選』とは何で、この巻とはどう違うのですか。
A『文選』は六世紀に編まれた中国の詞華集です。本品はそのうち第一巻だけを収めた一巻の巻物で、鎌倉時代に日本で書写されました。本文は漢籍で、写本はその本文を書き写した日本側の遺品にあたります。
Q内題の「賦甲」とはどういう意味ですか。
A詞華集の巻頭を占める文学ジャンルを示す表記です。賦の部は前半の巻々を占め、第一巻は都を主題とする京都賦から始まります。最初の作品は班固の「両都賦」で、長安と洛陽を比べています。
Qこの巻そのものを見学できますか。
A気軽に見られるものではありません。所有者は公開されておらず、常設展示もされていません。『文選』系統の関連写本は特別展などで公開されることがあり、それが類似資料に出会う現実的な方法です。
Qなぜ中国の詞華集が日本で重視されたのですか。
A奈良時代以降、貴族にとって洗練された文章の手本とされたためです。日本の古典作品にもその反響が見られ、平安・中世の文人が必読の書として引いたことから、長く書写が続けられました。
Q本文を読むにはどうすればよいですか。
A注釈付きの和書が複数あり、『新釈漢文大系』『全釈漢文大系』といった多巻本の刊行があります。賦の部については、中国文学の研究者による部分的な現代語訳や英訳も出版されています。

基本情報

名称文選巻第一(もんぜんまきだいいち)
内題・奥題内題「文選巻第一〈賦甲〉」/奥題「文選巻第一」
種別書跡・典籍
員数一巻
品質・形状紙本墨書、巻子装
時代鎌倉時代
指定重要文化財(昭和十八年〔一九四三〕六月九日指定)
所在地京都府(所有者は非公開)
公開状況常時公開はされていない

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)「文選巻第一」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/8031
文選(書物)ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/文選_(書物)
文化遺産オンライン(国立情報学研究所・文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/

最終更新日: 2026.06.13