木造千手観音坐像〈湛慶作/(蓮華王院本堂安置)〉とは
木造千手観音坐像〈湛慶作/(蓮華王院本堂安置)〉は、京都府京都市東山区の蓮華王院本堂(三十三間堂)の中央に本尊として祀られる千手観音の坐像で、鎌倉時代の仏師湛慶が造り、昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定された。明治41年(1908年)に旧法で指定され、文化財保護法のもとで国宝となった。所有者は妙法院である。
文化庁の記録によれば、年代は建長3年から6年(1251〜1254年)で、像内に建長3年、同6年の年紀と「法勝」などの朱書銘がある。附として木造天蓋1面が指定されている。
国宝に指定された理由
観光庁の多言語解説文によれば、三十三間堂の本尊の観音像は高名な仏師湛慶(1173〜1256年)の指示の下で造られた。複数のヒノキ材を組み合わせた寄木造で、漆を塗ったうえに金箔で仕上げられている。
三十三間堂は建長元年(1249年)の火災で焼失し、文永3年(1266年)に再建された。本像は、その再興の過程で造られた本尊であり、像内の朱書銘によって制作の年代が裏づけられる。運慶の長男として慶派を継いだ湛慶の晩年の大作として、鎌倉時代の彫刻史に欠かせない作例である。
見どころ
観光庁の解説によれば、観音の千本の手は20対の腕で表されている。40本の腕がそれぞれ25の世界で衆生を救うと考えられ、合わせて千になるという。胸の前で合掌する手と、額の第三の目にも注目したい。
本像の左右には、千体の千手観音立像が並ぶ。観光庁の解説は、これらが本尊と同じような方法と様式で造られ、本尊よりはるかに小さいが、一体ずつ個性的な表現をもつと述べている。中央の坐像と左右に広がる立像群をあわせて見ることで、三十三間堂の堂内の構成がつかめる。
拝観について
本像は三十三間堂の本堂で拝観できる。ウォーカープラス(2026年4月時点)によれば、拝観時間は4月1日から11月15日が午前8時30分から午後5時、11月16日から3月31日が午前9時から午後4時(受付は各30分前まで)、拝観料は一般600円。三十三間堂の公式サイトには2026年10月4日時点で接続できなかった。本堂の建物と境内、交通については蓮華王院(三十三間堂)のページにまとめてある。
Q&A
- 三十三間堂の千手観音坐像は誰が造りましたか?
- 鎌倉時代の仏師湛慶です。運慶の長男で、慶派を継いだ仏師です。
- 木造千手観音坐像〈湛慶作〉はいつ造られましたか?
- 文化庁の記録では建長3年から6年(1251〜1254年)で、像内にその年紀の朱書銘があります。
- 木造千手観音坐像〈湛慶作〉はいつ国宝に指定されましたか?
- 昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定されました。
- 千手観音の手は本当に千本ありますか?
- 観光庁の解説によれば、千本の手は20対の腕で表され、40本の腕がそれぞれ25の世界で救いを差し伸べるので合わせて千になるとされます。
- 千手観音坐像の拝観料は?
- 三十三間堂の拝観料は一般600円です(ウォーカープラス、2026年4月時点)。
基本情報
| 名称 | 木造千手観音坐像〈湛慶作/(蓮華王院本堂安置)〉(もくぞうせんじゅかんのんざぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市東山区三十三間堂廻り町657(蓮華王院本堂) |
| 指定区分 | 国宝(美術工芸品・彫刻) |
| 指定年 | 昭和26年(1951年)6月9日国宝指定(明治41年(1908年)4月23日旧法指定) |
| 員数 | 1躯(附 木造天蓋1面) |
| 寸法 | 記録なし |
| 所有者 | 妙法院 |
| 公開状況 | 本堂で拝観可(一般600円) |
参考文献
- 木造千手観音坐像〈湛慶作/(蓮華王院本堂安置)〉(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/165
- 三十三間堂 仏像 千手観音坐像と千手観音立像(観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース)
- https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R1-01699.html
- 三十三間堂 詳細データ(ウォーカープラス)
- https://www.walkerplus.com/spot/ar0726s580252/data.html
最終更新日: 2026.10.04