体内に臓器を納めた釈迦像

昭和の調査で、京都・嵯峨の清凉寺に立つ木造の釈迦像の背板が外されたとき、内部から人体の臓器の模型が見つかった。心臓、肺、肝臓、腸などを色のついた絹で縫い、人の体内とほぼ同じ位置に収めたものである。製作したのは中国・台州の尼僧たちで、像が単なる釈迦の姿の表現にとどまらず、生身の釈迦そのものとして機能することを願って納められたと考えられている。

この像が、清凉寺の本尊・木造釈迦如来立像である。像高はおよそ160センチ、人の背丈に近い等身像で、北宋時代の中国・雍熙2年(985年)に造られた。奈良・東大寺の僧で宋に渡った奝然(ちょうねん)が現地で造らせ、海を越えて日本に請来した。

清凉寺は「嵯峨釈迦堂」の通称で親しまれる。嵐山の川辺から少し北に歩いた、かつて平安期の貴族の山荘があった地に建つ。

三国を渡ってきた釈迦

奝然が求めたのは、ありふれた釈迦像ではなかった。彼が写そうとしたのは、特定の由緒をもつ霊像である。仏教の伝承では、最初の仏像は釈迦在世中に栴檀(せんだん)の木で刻まれたとされる。説法に出かけて姿の見えない釈迦を慕った優填王(うでんのう)の願いで造られたという像で、それがインドから中国へ伝わったと信じられていた。奝然はその忠実な写しを日本へ渡そうとした。こうした由来から、本像はインド・中国・日本を経た「三国伝来の釈迦」と呼ばれ、栴檀の瑞像の写しとして尊ばれてきた。

彫刻そのものは短期間で仕上げられている。背板裏の刻銘によれば、台州の仏師である張延皎(ちょうえんこう)・張延襲(ちょうえんしゅう)の兄弟が、985年の7月21日に着手し、8月18日に完成させた。約4週間という早さである。像は伝承の栴檀ではなく桜材から彫り出されているが、手本とした異国風の像容をよく写し取っている。

本像の価値を決定づけたのは、昭和の調査で像内から取り出された一群の品々であった。絹製の臓器とともに、写経や版画、年紀のある文書、奝然の遺品が納められており、その中には奝然自身の臍の緒に結ばれていたとみられる書付も含まれていた。これらの文書から、誰が何のために造立に関わったかが判明し、製作年代も正確に押さえられた。絹の臓器は現存する世界最古級の臓器模型ともいわれ、美術史だけでなく医学史の上でも貴重な資料とされている。本像は明治34年(1901年)に重要文化財、昭和30年(1955年)に国宝に指定され、平成29年(2017年)には像内納入品一切もあわせて国宝に指定された。

見どころ

まず目に入るのは頭部である。日本の仏像に多い螺髪(らほつ)ではなく、縄を巻きつけたような渦巻状の髪型で、これは中国の様式にもとづく。後世に日本でこれを写そうとした仏師たちが苦心した点でもある。衲衣(のうえ)は両肩を覆う通肩(つうけん)にまとい、同心円を重ねたように細かな衣文が波のように刻まれている。右手は手のひらを正面に向けて上げ、左手は下げて願いを聞き入れる印を結ぶ。施無畏(せむい)・与願(よがん)の印相である。眼や耳には水晶が嵌め込まれており、近づくと確かめられる。

後世の日本の仏師も手を加えている。蓮弁の軸底に残る墨書銘から、鎌倉時代の大仏師・快慶が建保6年(1218年)に修理したことが知られる。像が日本に渡ってから二百年余り後のことである。中世以降、本像は「清凉寺式」と呼ばれて数多く模刻され、同形の釈迦像が各地の寺院に残されている。

本尊は通年で拝めるわけではない。公開されるのは春(4月・5月)と秋(10月・11月)で、寺の霊宝館が開く時期と重なる。霊宝館では絹製臓器の復元模型が展示されるため、像が開帳されない時期でも、像が千年にわたって抱えてきたものの姿を見ることができる。

清凉寺をめぐる

清凉寺はゆっくり歩いて回りたい寺である。長辻通の北の突き当たりに仁王門が構え、広い境内には多宝塔、阿弥陀堂、経蔵が並ぶ。現在の本堂は元禄14年(1701年)の再建で、5代将軍徳川綱吉の母・桂昌院らの寄進によって建てられた。境内にはほかにも二つの国宝がある。『源氏物語』の光源氏のモデルとも言われる平安貴族・源融(みなもとのとおる)にゆかりの阿弥陀三尊坐像と、奝然が釈迦像とともに請来したと伝わる十六羅漢像である。

嵐山エリアから歩いて行ける位置にあるため、竹林や大堰川、近隣の宝筐院など静かな庭の寺と組み合わせやすい。時期が合えば、3月のお松明式は京都三大火祭りの一つに数えられ、仮面の仏教劇である嵯峨大念仏狂言も春と秋に演じられる。

最寄り駅はJR嵯峨野線の嵯峨嵐山駅で、徒歩約10分。嵐電の嵐山駅からはもう少し歩く。市バスなら門の近くの「嵯峨釈迦堂前」が便利である。

Q&A

Q国宝の釈迦像は実際に拝観できますか。
A時期が限られます。本尊が公開されるのは春(4月・5月)と秋(10月・11月)です。それ以外の時期は本堂に入れても本尊そのものは原則として拝観できないため、像を見ることが目的なら開帳期間に合わせて訪れるとよいでしょう。
Q絹製の臓器は見られますか。
A実物は像内に戻されています。復元模型が霊宝館に展示され、霊宝館は本尊と同じ春・秋の時期に公開されます。本堂と霊宝館の共通券で両方を見学できます。
Q拝観料と拝観時間を教えてください。
A境内の参拝は無料です。本堂は一般500円、特別公開時の本堂・霊宝館共通券は一般900円です。拝観時間はおおむね9時から16時で、定休日はありませんが、特別公開期間は時間が延長される場合があります。訪問前に寺の公式案内で最新の情報をご確認ください。
Qなぜ日本の多くの仏像と姿が違うのですか。
A日本ではなく中国で造られた像だからです。北宋時代の985年に彫られ、さらに古いインドの原像を写しているため、渦巻状の頭髪、両肩を覆う衣、波のような同心円の衣文など、日本で造られた像にはあまり見られない様式に従っています。
Q京都市内からの行き方は。
AJR嵯峨野線の嵯峨嵐山駅で下車し、北へ徒歩約10分です。嵐電の嵐山駅や市バスの各路線も利用でき、最寄りのバス停は門から数分の「嵯峨釈迦堂前」です。

基本情報

名称木造釈迦如来立像〈張延皎并張延襲作/奝然将来(本堂安置)〉
種別彫刻/国宝
員数1躯(附として旧厨子扉4面)
年代985年(北宋・中国)/修理銘 1218年
作者台州の張延皎・張延襲/建保6年(1218年)に快慶が修理
材質・像高桜材/像高約160センチ
指定重要文化財 1901.08.02/国宝 1955.06.22(像内納入品一切は2017.09.15に国宝指定)
所有者・所在地清凉寺(嵯峨釈迦堂) 京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
公開本尊は春(4・5月)と秋(10・11月)に開帳/霊宝館も同時期に公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/258
e国宝(国立文化財機構) 釈迦如来立像(清凉寺式)
https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&content_base_id=100065
奈良国立博物館 釈迦如来立像(清凉寺式)
https://www.narahaku.go.jp/collection/887-0.html
清凉寺(嵯峨釈迦堂)公式サイト 参拝案内
https://seiryoji.or.jp/precincts.html

最終更新日: 2026.06.07