大報恩寺の六観音菩薩像と地蔵菩薩立像 ―鎌倉時代に六体が揃って残る唯一の作例

京都市上京区、千本釈迦堂の名で親しまれる大報恩寺の霊宝殿に、六体の観音菩薩が一列に並んで安置されている。立像五体はいずれも173センチから180センチほど、ほぼ等身大である。残る一体は坐像で、像高は約96センチ。六体とも彩色も漆箔もほどこさない素地仕上げで、磨き上げた檜の肌に水晶の玉眼をはめ込んでいる。色を加えないことで、彫り跡の一筋までが表面に残る。

この六観音に、もう一体の地蔵菩薩立像を加えた七躯が、令和6年(2024)8月27日に国宝へ指定された。准胝観音像の体内から見つかった墨書銘に貞応3年(1224)の年記があり、作者として「肥後別当定慶」の名が記される。康運とも呼ばれる鎌倉時代の仏師である。一具はもと北野社にあった経王堂に伝来し、のちに大報恩寺へ移された。

六道に対応する六観音

仏教では、衆生が生死を繰り返す世界を地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天の六道に分ける。日本では、この六道の思想と観音信仰が結びつき、六種の観音がそれぞれの世界に迷う者を救うと考えられるようになった。

真言宗系の組み合わせでは、聖観音が地獄道、千手観音が餓鬼道、馬頭観音が畜生道、十一面観音が阿修羅道、准胝観音が人道、如意輪観音が天道に対応する。坐像となっているのは天道を受け持つ如意輪観音で、ほかの五体は立像である。

六道信仰が盛んだった平安時代以降、各地で六観音が造立されたが、六体が完全に揃って残る例はほとんどない。鎌倉時代の作で一具が完存するのは大報恩寺だけであり、それがこの群像の価値の核となっている。

重要文化財から国宝へ

六観音像が重要文化財に指定されたのは昭和31年(1956)のことである。状況が変わったのは平成を越えて令和に入ってからで、令和6年(2024)8月27日、文化庁は六観音像を国宝に格上げした。あわせて、調査によって当初から一具として造られたと判断された地蔵菩薩立像を追加し、指定はあわせて七躯となった。

評価を支えた根拠の一つは、像の内部に隠されていた。六観音はそれぞれ体内に経巻を一巻ずつ納めており、その経典はいずれも納められた像の本尊にゆかりのあるものが選ばれている。馬頭観音に納められた巻物には、大檀那として藤原以久、女性の大施主として藤氏、執筆者として明増の名と貞応3年の年記を記した奥書が残る。これらの納入品が造像の年代と事情を確かなものとしており、附(つけたり)として指定の対象に含まれている。

見どころ

定慶の作風が最もよく読み取れるのは准胝観音像である。生身の人間を思わせる面相、結い上げた複雑な髪形、下半身で深く乱れる衣文。いずれも、鎌倉時代の仏師が取り入れて消化した宋風、すなわち中国宋朝の美術様式と結びつく特徴で、定慶はそれをほかの仏師以上に押し進めた。

一方、十一面観音と聖観音はやや異なる表情を見せる。奈良時代末から平安時代初期の穏やかな様式に通じており、規範となる古像を学んだうえで、鎌倉時代の感覚に置き換えて再構成したと考えられている。准胝観音以外の五体は定慶自身の作ではないとする見方もあるが、六体は一つの構想のもとに造られており、統一感は高い。誰がどの像に鑿を入れたにせよ、群像としての筋は通っている。

素地仕上げは、ゆっくり眺めるほど応える。色がないぶん刃の動きがそのまま見え、木目が衣文のひだを流れるように通っていく。眼の奥に入れた水晶が照明を受け、見る位置を変えると表情が動いて見える。

仏像を囲む寺

仏像は霊宝殿に並ぶが、境内で足を止めたいのは中央に建つ本堂である。安貞元年(1227)の上棟で、応仁の乱をはじめ度重なる戦火と火災を免れて残った、洛中最古の木造建築である。内陣の柱には、応仁の乱のものとされる刀槍の傷が今も生々しい。安置される本尊の釈迦如来坐像は、名仏師快慶の弟子・行快の作と伝わる秘仏で、開帳の機会は限られている。

この本堂は、京都に伝わる「おかめ」の話とも結びついている。建立の際、棟梁が大切な柱を短く切り誤ったのを、妻のおかめが斗組を用いる案で救ったという。女の知恵で大任を果たしたと知れては夫の名に傷がつくと案じたおかめは、上棟式を待たずに自害した。境内の宝篋印塔「おかめ塚」は彼女を祀るもので、丸い頬のおかめの面はのちに厄除けの縁起物となった。

霊宝殿には、六観音よりわずかに早く造られた快慶一門の十大弟子立像十躯も安置され、一度の拝観で鎌倉初期彫刻の二つの頂点を並べて見ることができる。南西へ歩けば学問の神として知られる菅原道真を祀る北野天満宮があり、その間に花街の上七軒が広がる。12月初旬には諸病を封じる大根焚きで境内がにぎわう。

Q&A

Q通常の拝観で国宝の七躯すべてを見られますか。
A六観音像は霊宝殿で通年公開されており、有料の拝観券で見られます。地蔵菩薩立像も同じ霊宝殿に並びます。なお本堂の本尊釈迦如来坐像は別の秘仏で、通常の公開対象ではありません。
Qいつ国宝に指定されたのですか。
A令和6年(2024)8月27日です。六観音像は昭和31年(1956)から重要文化財でしたが、この指定で国宝へ格上げされ、同時に地蔵菩薩立像が一具に加えられました。
Qこの一具はなぜそれほど重要なのですか。
A鎌倉時代の六観音で、六体が揃って残るのは日本でこの一具だけだからです。年記のある墨書銘や、像内に納められた経巻によって、造像の由来がきわめてよくわかる点も大きく評価されています。
Q寺へのアクセスは。
A京都市バスで「上七軒」に下車し、徒歩約3分です。上京区の西陣エリアにあり、北野天満宮の北東に位置します。
Q霊宝殿内で写真は撮れますか。
A霊宝殿内の仏像は通常撮影できません。作品ごとに条件が変わることもあるため、拝観時に寺で最新の決まりをご確認ください。

基本情報

名称木造六観音菩薩像/木造地蔵菩薩立像
員数7躯(六観音6躯・地蔵1躯)。附:六観音像内納入経
種別彫刻
時代鎌倉時代 貞応3年(1224)
作者肥後別当定慶(康運)
寸法立像173.4〜180.4cm、坐像(如意輪観音)96.1cm
指定国宝(令和6年〔2024〕8月27日指定/昭和31年〔1956〕6月28日重要文化財指定)
所有者大報恩寺(千本釈迦堂)/京都市上京区
所在地京都市上京区五辻通六軒町西入溝前町
拝観時間9:00〜17:00(霊宝殿は16:00受付終了)
拝観料境内無料、本堂・霊宝殿700円(料金は変更の場合あり)
アクセス市バス「上七軒」下車、徒歩約3分

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/4710
大報恩寺(千本釈迦堂) 公式サイト
https://daihoonji.jp/
京都観光Navi(京都市公式)
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=412
そうだ 京都、行こう。(JR東海)
https://souda-kyoto.jp/guide/spot/senbonshakado.html

最終更新日: 2026.06.07