瓜形の薬壺を持つ、十世紀の薬師如来
醍醐寺霊宝館の大展示室に入ると、像高一七七センチの薬師如来坐像が正面に座している。頭はやや大きく、肩から胸にかけての肉付きは厚い。左手に乗せるのは瓜のような形をした薬壺で、十世紀に好まれた形である。背後の光背には高さ二十センチに満たない小さな仏像が六体取り付き、中尊と合わせて七仏薬師を表す。これは国家の安寧を祈る『薬師瑠璃光七仏本願功徳経』にもとづく図像である。左右には日光菩薩・月光菩薩の二躯が立ち、三躯そろって国宝「木造薬師如来及両脇侍像」に指定されている。
三尊の来歴
醍醐寺は貞観十六年(八七四)、空海の孫弟子にあたる聖宝(理源大師)が笠取山上に開いた寺である。聖宝は都の東南に位置するこの山に登り、今も枯れない湧き水のかたわらに最初の庵を結んだ。上醍醐の薬師堂は醍醐天皇の勅願によって造営されたが、聖宝は延喜九年(九〇九)に世を去り、堂と本尊は弟子たちの手で受け継がれた。三尊の完成は延喜十三年(九一三)ごろと伝わる。作者は聖宝門下の仏師・会理僧都と伝えられ、聖宝のもとには多くの仏師が集まって工房をなし、造像にあたっていたとされる。
国宝とされる理由
この薬師三尊は、十世紀彫刻の基準作として美術史上きわめて高く評価されている。大きめの頭部と量感ある体つきには平安初期(貞観期)の重厚さが残る一方、衣文の彫りは浅く穏やかで、十世紀に入って和様化が進んだ造形をよく示す。瓜形の薬壺、七仏薬師を表す光背の化仏など、当時の信仰と図像を具体的に読み取れる点も貴重である。明治三十五年(一九〇二)に保護対象として指定され、昭和二十八年(一九五三)に現行の文化財保護法のもとで国宝となった。指定日について、文化庁のデータベースは同年十一月十四日、醍醐寺の文化財アーカイブスは同年二月十四日と記している。
見どころ
近くで拝観すると、三躯の対照そのものが見どころになる。薬師如来は重く、静かに構える。中尊を挟んで立つ日光・月光菩薩は像高一二〇センチ前後と等身よりやや小ぶりで、薬師如来とは逆に華奢で柔らかな印象をもつ。顔は小さく穏やかで、胸飾や衣のひだは丁寧に刻まれている。各像の心材は一材のカヤを用い、表面は漆箔で仕上げられている。光背に取り付く六体の小さな化仏、薬師如来が下げた左手の瓜形の薬壺なども、間近で確かめたい。
二〇〇一年の遷座
二〇〇一年(平成十三年)まで、三尊は造立の地である上醍醐の薬師堂に安置されていた。同年、霊宝館に大展示室が増築され、保存のために山を下りることになった。参道は急で舗装もされておらず、重機を入れられないため、一・八メートル近い中尊は約二十人の手によって担ぎ下ろされた。三尊は現在、下醍醐の霊宝館で公開されており、山上にあった頃よりはるかに訪ねやすい。
拝観の手がかりと周辺
三尊が安置されているのは下醍醐の霊宝館である。霊宝館は春と秋に特別展を開くほか収蔵品を入れ替えるため、三尊が常に公開されているとは限らない。三尊を目当てに訪れる場合は、事前に公開状況を確認したい。通常期の霊宝館拝観料は大人六百円ほどである。
醍醐寺の境内は半日かけて歩く価値がある。三宝院には豊臣秀吉の慶長三年(一五九八)の花見にちなむ庭園があり、天暦五年(九五一)建立の五重塔は京都府内で現存最古の木造建築である。境内には約七百本の桜があり、四月初めには花に包まれる。一九九四年には世界遺産に登録された。三尊のもとの安置先である上醍醐の薬師堂は今も山上に残るが、登山道は安全確保のため閉鎖されることがあるので、登る前に確認したい。醍醐寺へは京都市営地下鉄東西線・醍醐駅から徒歩約十分。
Q&A
- 三尊は今どこで見られますか。
- 下醍醐の霊宝館に安置されています。山上の薬師堂ではありません。二〇〇一年に山を下りました。
- いつでも公開されていますか。
- 常時ではありません。霊宝館は収蔵品を入れ替え、春と秋に特別展を行うため、公開は時期によります。訪問前に最新の公開予定をご確認ください。
- 薬師如来とはどのような仏ですか。
- 病を癒し寿命を延ばすとされる仏です。下げた手に持つ薬壺が目印で、この像では十世紀に特徴的な瓜形をしています。
- 日光菩薩・月光菩薩とは何ですか。
- 薬師如来の左右に控える、太陽と月の光を象徴する菩薩です。いずれも立像で、坐像の薬師如来よりやや小ぶりです。
- 醍醐寺へのアクセスは。
- 京都市営地下鉄東西線の醍醐駅で下車し、徒歩約十分です。
基本情報
| 指定名称 | 木造薬師如来及両脇侍像(薬師堂安置) |
|---|---|
| ふりがな | もくぞうやくしにょらいおよびりょうきょうじぞう |
| 指定区分 | 国宝(彫刻) |
| 員数 | 三躯 |
| 時代 | 平安時代(十世紀) |
| 像高 | 薬師如来一七七・〇センチ/日光菩薩一二〇・〇センチ/月光菩薩一二一・〇センチ |
| 品質・構造 | 木造(カヤ材)、一木造、漆箔 |
| 指定年月日 | 重要文化財 明治三十五年(一九〇二)七月三十一日/国宝 昭和二十八年(一九五三)十一月十四日(文化庁データベースによる) |
| 所有者 | 醍醐寺 |
| 所在地 | 京都府。現在は醍醐寺霊宝館(京都市伏見区)に安置 |
| 公開 | 霊宝館の特別展期間に公開。訪問前に公開状況の確認を推奨 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)201/239
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/239
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188776
- 醍醐寺 文化財アーカイブス(国宝・重要文化財)
- https://www.daigoji.or.jp/archives/cultural_assets/NS001/NS001.html
- 醍醐寺 霊宝館のご案内
- https://www.daigoji.or.jp/grounds/reihoukan.html
- 奈良国立博物館 特別展「国宝 醍醐寺のすべて」
- https://www.narahaku.go.jp/exhibition/special/201407_daigoji/
最終更新日: 2026.06.07