安与ビル:新宿駅前に佇むモダニズム建築の至宝
JR新宿駅中央東口を出てすぐ、ルミネエストの南隣に建つ安与ビル(やすよびる)は、東京を代表する個性的な建築物のひとつです。1968年(昭和43年)に竣工したこの9階建ての鉄骨鉄筋コンクリート造ビルは、八角形の平面を各階で少しずつ角度を変えて積層させ、竪格子状のルーバーで覆った独創的な外観で知られています。2022年(令和4年)2月に国の登録有形文化財(建造物)に登録され、建物の意匠設計を手がけた明石信道と、内装設計を担った谷口吉郎という二人の名建築家の才能が結実した名建築として、改めて注目を集めています。
歴史的背景
安与ビルは、安田善一氏が父・安田与一氏の業績を記念して建設した商業ビルです。安田与一氏は、伊勢丹の新宿進出に貢献し、料亭や旅館を経営していた大事業家でした。「新宿で大人の道草を」というコンセプトのもと、繁華街の喧騒の中にありながらも上質な時間を過ごせる場所を目指して誕生しました。
竣工は1968年12月、日本が高度経済成長を遂げていた時代です。施工は鹿島建設が担当しました。半世紀以上にわたり東京有数の繁華街で使われ続けてきた安与ビルは、2012年に耐震補強工事を含む改修が行われ、建築当時の意匠を保ちながら現代の基準にも対応しています。
文化財登録の理由と価値
2022年2月17日、安与ビルは文化庁により国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その登録にあたって評価されたのは、以下のような特質です。
外観については「特異ながら品のある外観意匠」と評されています。背面にL字型のサービス部分を立ち上げ、入隅に竪格子状ルーバーを付けた八角形の平面を各階で角度を変えて積層させるという大胆な構成は、竣工から半世紀以上が経った今なお新鮮さを失っていません。
内装については、6階から9階に入居する京懐石「柿傳」の空間を谷口吉郎が手がけており、残月亭写しをはじめとする数寄屋造りの茶室が設えられています。文化財登録においても「谷口吉郎円熟期の逸品」と高く評価されています。
建築に携わった三人の巨匠
明石信道(意匠設計)
明石信道は早稲田大学教授を務めた建築家で、フランク・ロイド・ライトの研究者としても知られています。新宿区役所や新宿武蔵野館(映画館)など、新宿東口エリアの重要な建築物を数多く設計しました。ライトの有機的建築の思想に深く通じた明石の設計は、安与ビルの大胆な幾何学的造形にも反映されており、八角形を積み重ねた重箱のようなファサードは、見る角度や時間帯によって異なる表情を見せます。
谷口吉郎(内装設計・柿傳)
谷口吉郎(1904〜1979年)は文化勲章受章者であり、東宮御所、迎賓館赤坂離宮の日本間、帝国劇場のロビー・客席、東京国立博物館東洋館、博物館明治村(初代館長も務めた)など、日本を代表する建築を数多く手がけた巨匠です。1969年に完成した柿傳の内装は、谷口の円熟期における数寄屋建築の傑作と位置づけられています。
内藤多仲(構造設計)
安与ビルの構造設計を担当したのは、「塔博士」の異名を持つ内藤多仲です。東京タワー、大阪の通天閣、名古屋テレビ塔など日本各地のランドマーク的タワーの構造設計を手がけた伝説的な構造工学者で、安与ビルの構造的堅牢さも彼の技術によって支えられています。
建築の見どころ
安与ビルの最大の特徴は、その唯一無二の外観です。八角形の平面を持つフロアが、各階ごとに少しずつ回転しながら積み上がる構成は、まるで万華鏡のように見る位置によって印象が変わります。竪格子状のルーバーが建物全体を覆い、周囲の喧騒と一線を画する上品な佇まいを生み出しています。夜間にはライトアップされ、新宿の街並みの中で一層の存在感を放ちます。
6階から9階に入居する京懐石「柿傳」は、1720年創業の老舗です。店内には谷口吉郎が設計した三つの茶室——残月(十畳)、十畳の座敷、一与庵(三畳半台目)——があり、凛とした数寄屋建築の美を今に伝えています。店名「柿傳」の文字は、ノーベル文学賞受賞作家・川端康成の直筆によるものです。世界有数の都市の中心部で、本格的な茶室建築に触れることができる貴重な場所です。
地下2階には柿傳ギャラリーがあります。2008年にザ・ペニンシュラ東京の内装設計などで知られるインテリアデザイナー・橋本夕紀夫の設計でリニューアルオープンした現代的なギャラリー空間で、茶道具や現代美術の企画展が開催されています。
アクセス・訪問案内
安与ビルはJR新宿駅中央東口のすぐ目の前、ルミネエストの南隣という抜群の立地にあります。
- JR新宿駅 中央東口より徒歩1分
- 東京メトロ丸ノ内線 新宿駅より徒歩2分
- 都営新宿線 新宿三丁目駅より徒歩3分
安与ビルは商業オフィスビルであり、一般的な内部見学は実施されていませんが、外観はいつでも自由にご覧いただけます。谷口吉郎設計の内装を体験されたい方は、柿傳での食事がおすすめです(昼11:00〜、夜17:00〜)。地下2階の柿傳ギャラリーでは企画展を随時開催しており、一般の方も入場可能です。
周辺の見どころ
安与ビルは新宿の中心部に位置しており、周辺には多彩な観光スポットがあります。
- 新宿御苑 — 徒歩約10分。日本庭園、イギリス風景式庭園、フランス式整形庭園を擁する都内屈指の名園
- 紀伊國屋書店 新宿本店 — 新宿通り沿いに建つ日本を代表する大型書店
- 伊勢丹 新宿店 — 日本のファッションと文化の発信地として知られる百貨店
- 花園神社 — 繁華街の裏手に鎮座する歴史ある神社。都会の喧騒を離れた静寂の空間
- 新宿ゴールデン街 — 小さなバーや飲食店が密集するレトロな横丁。新宿の夜を象徴するスポット
Q&A
- 安与ビルの設計者は誰ですか?
- 建物の意匠設計は早稲田大学教授でフランク・ロイド・ライト研究者としても知られる明石信道が担当しました。京懐石「柿傳」の内装設計は文化勲章受章者の谷口吉郎、構造設計は東京タワーの設計で知られる「塔博士」内藤多仲が手がけています。
- 安与ビルの内部を見学できますか?
- 安与ビルは商業オフィスビルのため、一般的な内部見学は行われていません。ただし、6〜9階の京懐石「柿傳」で食事をすることで、谷口吉郎が設計した数寄屋造りの茶室を体験できます。また、地下2階の柿傳ギャラリーでは企画展が開催されており、どなたでも入場可能です。
- 安与ビルはなぜあのような形をしているのですか?
- 八角形の平面を各階で少しずつ角度を変えて積層させるという大胆な設計は、明石信道によるものです。この構成により、見る角度によって異なる印象を与え、密集した都市景観の中でも強い個性と存在感を発揮しています。竪格子状のルーバーが建物を覆い、上品で洗練された外観を生み出しています。
- フランク・ロイド・ライトとの関係はありますか?
- フランク・ロイド・ライトが直接設計に関わったわけではありませんが、安与ビルの設計者・明石信道はライトの建築の著名な研究者でした。ライトの有機的建築の思想は明石の作品全体に影響を与えており、安与ビルの大胆な幾何学的造形にもその精神が反映されています。
- 安与ビルはいつ文化財に登録されましたか?
- 2022年(令和4年)2月17日に国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。八角形のルーバーを用いた独特の外観意匠と、谷口吉郎による円熟期の内装設計が高く評価されています。
基本情報
| 名称 | 安与ビル(やすよびる) |
|---|---|
| 意匠設計 | 明石信道(あかし しんどう) |
| 内装設計(柿傳) | 谷口吉郎(たにぐち よしろう) |
| 構造設計 | 内藤多仲(ないとう たちゅう) |
| 施工 | 鹿島建設 |
| 竣工 | 1968年(昭和43年)12月 |
| 構造 | 鉄骨鉄筋コンクリート造 地上9階・地下2階建、塔屋付 |
| 建築面積 | 416㎡ |
| 所在地 | 東京都新宿区新宿三丁目37-11(登記上:新宿三丁目114-13) |
| 所有者 | 安与商事株式会社 |
| 文化財登録 | 国登録有形文化財(建造物)、2022年(令和4年)2月17日登録 |
| アクセス | JR新宿駅 中央東口より徒歩1分 |
参考文献
- 文化遺産オンライン — 安与ビル
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/587693
- 国指定文化財等データベース — 安与ビル
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014143
- Casa BRUTUS — 安与ビル BEST ARCHITECTURE
- https://casabrutus.com/data/architectures/312973
- 京懐石 柿傳 — 店内紹介
- https://www.kakiden.com/introduction.html
- 柿傳ギャラリー — ギャラリー概要
- https://www.kakiden.com/gallery/about/outline.html
- 新宿観光振興協会 — 安与ビル
- https://bunkakanko-annai.city.shinjuku.lg.jp/shosai3/?id=A241
最終更新日: 2026.03.29