上野天神祭のダンジリ行事
城下町・伊賀上野を毎年10月に練り歩く鬼面のなかで、紺屋町が出す「剣八天」「弓八天」の二面は桃山時代の作とされる。面裏の額部に「叶」の彫銘があり、能面師の山田喜兵衛の作と考えられている。同じく紺屋町の役行者の面(阿古父尉)も、近江井関二代目二郎左衛門が江戸初期に彫ったものと伝わる。これらの面は、年に一度の秋祭りの三日間だけ蔵から取り出され、町の人びとの顔に掛けられて、江戸時代と同じ道筋を歩く。
上野天神祭のダンジリ行事は、伊賀市上野東町に鎮座する菅原神社の秋祭りで、神輿の渡御に供奉する百数十体の鬼行列と、京都の祇園祭の山鉾を意識した九基の楼車(だんじり)の巡行から成る。平成14年(2002)2月12日に国の重要無形民俗文化財に指定され、平成28年(2016)12月1日にはユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」33件のひとつとして記載された。
城下町とともに歩んだ四百年
菅原神社の主祭神は菅原道真公(845〜903)である。神社はもともと上野山にあった平楽寺の伽藍神として勧請されたが、天正9年(1581)の天正伊賀の乱で平楽寺が焼亡したのちに現在地へ遷座された。慶長13年(1608)に伊予今治から伊賀・伊勢へ移った藤堂高虎が城下町を整備すると、神社は祈願所として藩から手厚く保護され、上野町43か町8千戸の総社として信仰を集めた。
祭礼は万治3年(1660)に再興されたとされる。それ以前の様子は不明な点が多いが、貞享5年(1688)9月25日には三代藩主・藤堂高久が初めて城内で祭を見物し、神輿・獅子舞・石引・鹿・作り花などが出されていたという『統集懐録』の記録がある。
三鬼会の役行者列の起源は、元禄3年(1690)の服部土芳『蓑虫庵集』に見える。同書には「神事のねり物」「増長天」「面」の語があり、これが現在の役行者列の四天の一つ「増長天」の原型と考えられている。藤堂高虎は晩年に眼を患い、大峯山に祈願したと伝わる。その返礼として能面「阿古父尉」を紺屋町の修験寺院に寄進し、現在の役行者の面になったというのが地元の言い伝えである。
徳居町の鎮西八郎為朝列が加わるのは、それから百年余り遅れた寛政年間(1789〜1801)のことである。藤堂高虎とともに伊予から伊賀に入った長曽我部家臣・安並氏が、為朝の子孫であることから、源為朝(1139〜1170)の鬼退治と凱旋の故事に取材した行列を考案した。為朝は身長2メートルを超える剛弓の使い手として『保元物語』にも登場する武将で、伊豆大島に流された折に鬼の子孫と称する大男たちを強弓で降伏させたという伝説が下敷きになっている。
指定の理由——印と行列の対構造
祭り町と呼ばれる13か町は、印(しるし)と楼車を出す9町(ダンジリ町)と、鬼行列を出す4町(鬼町)に分かれる。鬼町はさらに、相生町・紺屋町・三之西町が合同で出す「三鬼会」の役行者列と、徳居町が単独で出す鎮西八郎為朝列の二系統に分かれる。それぞれの行列には、大御幣・鬼王剣先など独自の「印」が立てられ、囃される物(印)と囃す物(行列・楼車)が対をなす構造になっている。
この構成は山車祭りとしては珍しく、平成14年の重要無形民俗文化財指定の際に評価された点の一つである。さらに、鬼行列で使用される面は約70面にのぼり、能面・狂言面・行道面の転用に加え、それらの範疇に入らない民俗面が含まれる。製作年代も桃山時代から江戸末期に及び、修験道の影響を受けた行列の系譜と、桃山以降の面打文化の流れの両方を、一つの祭りのなかで具体的にたどることができる。
三日間の見どころ
祭りは三日にわたって展開する。初日の宵々山では、各ダンジリ町が蔵から楼車を曳き出し、人形や幕、提灯を取り付ける。夕方からは提灯と雪洞に火が入り、観客は楼車のすぐ脇まで近づいて、彫物や錦の幕、層を重ねた屋根の作りを見ることができる。
二日目は足揃の儀である。午後から各ダンジリ町が自町付近で楼車を曳行し、鬼町の鬼行列は相生町から西へ向かって三之町筋を練る。神幸祭の本番に向けた予行であり、近距離で鬼面の細部を確認するには絶好の機会となる。
三日目の神幸祭が本祭である。早朝、ダンジリ町では起こし太鼓が町内を回り、各町の楼車・印が車坂町に集結する。9時頃に神輿行列が出発し、続いて鬼行列、楼車の順で巡行が始まる。鬼行列の先頭を行くのは、高さ6.3メートル、重さ120キログラムを超える大御幣で、5人の男衆が担ぐ。中央の心柱を白、四方の柱を東に青・南に赤・西に黄・北に黒で塗り分け、それぞれに五大明王が宿るとされる。
そのあとに続くのが、大鬼・小鬼たちと、人気者の「ひょろつき鬼」である。背中に大きな鐘を背負い、よろめきながら子どもを驚かせて回る。子どもの泣き声が大きいほど丈夫に育つという俗信があり、親が我が子を鬼の方へ差し出す光景も見られる。
9基の楼車は、9月9日に菅原神社で行われる鬮取式(くじとりしき)で決まった順に並ぶ。新町の薙刀鉾、東町の桐本、中町の其神山、西町の花冠、向島町の鉄英剣鉾、鍛冶町の二東、魚町の紫鱗、小玉町の小蓑山、福居町の三明——いずれも江戸時代後期に造られたもので、印の人形や鉾には町ごとの趣向が凝らされている。楼車の車輪は前輪の角度を変えられないため、曲がり角では「方向万力」と呼ばれる木製の道具で後輪を地面から浮かせ、前輪を支点に車体を回転させる。菅原神社前は三か所で連続して方向転換が行われ、観客の人気が集まる場所となっている。
祭りのない時期に訪れる人へ
祭りの期間を外して伊賀上野を訪れる場合は、伊賀鉄道上野市駅から徒歩約5分のだんじり会館(伊賀市上野丸之内122-4)に足を運びたい。9基のうち3基の楼車が常設展示され、鬼行列の再現や祭りの大型映像が公開されている。展示の楼車は毎年4月に入れ替えられるため、何度訪れても異なる町の楼車に出会える。開館時間は9時から17時(受付終了16時30分)、入館料は大人500円、小人300円である。
会館は上野公園に隣接しており、徒歩圏内に伊賀上野城、伊賀流忍者博物館、芭蕉翁記念館などが並ぶ。だんじり会館・忍者博物館・伊賀上野城の3館共通券(大人1,500円)を購入すれば、城下町の歴史と祭礼文化、忍びの伝承を一日でひと巡りできる。
Q&A
- 2026年の開催日はいつですか?
- 2026年(令和8年)は10月23日(金)・24日(土)・25日(日)の3日間です。2017年以降、本祭は10月25日までの直近の日曜日と決められ、その前々日・前日と合わせた金・土・日の3日間が開催日となっています。江戸時代から明治・平成にかけては10月23・24・25日の固定日でした。
- 楼車や鬼面を祭り以外の時期に見ることはできますか?
- はい。だんじり会館で9基中3基の楼車が常設展示され、鬼行列の再現も見られます。展示は毎年4月に入れ替えられるため、3年通えば全ての楼車を見ることができます。開館は9時から17時、入館料は大人500円です。ただし祭礼期間中(10月)と4月の入れ替え日、年末年始は休館となります。
- 役行者列と鎮西八郎為朝列はどう違うのですか?
- 役行者列は相生町・紺屋町・三之西町の三鬼会が出すもので、修験道の祖・役行者の大峯山入峰の様子を模した行列です。大御幣を先頭に、悪鬼・八天・四天・役行者・先達・ひょろつき鬼・太鼓台と続きます。鎮西八郎為朝列は徳居町が出すもので、鎮西八郎為朝が鬼を従えて凱旋した姿に取材した武者行列です。先頭の印は鬼王剣先という大刀をかたどった鉾です。
- 鬼が子どもを驚かせるのはなぜですか?
- ひょろつき鬼が子どもを驚かせて回る背景には、鬼に泣かされた子どもは健やかに育つという土地の俗信があります。親が我が子を進んで鬼に差し出す姿は、祭りの名物となっています。
- どこで見るのが良いですか?
- 足揃の儀(2日目午後)に鬼行列をじっくり見たい場合は三之町筋が定番です。3日目の神幸祭で楼車の方向転換を見たい場合は、菅原神社前の本町通りが見どころで、3か所連続で方向万力を使った転回が行われます。3日間とも本町通り・二之町通り・三之町通りで交通規制が行われます。
基本情報
| 名称 | 上野天神祭のダンジリ行事(うえのてんじんまつりのだんじりぎょうじ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定重要無形民俗文化財(風俗慣習・祭礼) |
| 指定年月日 | 平成14年(2002)2月12日 |
| ユネスコ無形文化遺産 | 平成28年(2016)12月1日「山・鉾・屋台行事」(33件)の一つとして記載 |
| 保護団体 | 上野文化美術保存会 |
| 祭礼場所 | 菅原神社(上野天神宮)および伊賀上野城下町の本町通り・二之町通り・三之町通り |
| 所在地 | 三重県伊賀市 |
| 開催日 | 10月25日までの直近の金・土・日の3日間(2026年は10月23日〜25日) |
| 構成 | 9町の楼車(だんじり)9基、4町の鬼行列(三鬼会の役行者列と徳居町の鎮西八郎為朝列)、神輿2基 |
| 祭りの目玉 | 高さ6.3m・重さ120kg超の大御幣、百数十体の鬼面、9基の楼車(いずれも江戸後期作) |
| 最寄り駅 | 伊賀鉄道上野市駅(忍者市駅)から徒歩約5分で巡行ルートへ |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「上野天神祭のダンジリ行事」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/747
- 文化遺産オンライン「上野天神祭のダンジリ行事」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/300029
- 上野天神祭 公式サイト(祭の歴史・三鬼会・徳居町)
- https://www.ueno-tenjin-matsuri.com/about/
- 菅原神社 上野天神宮 公式サイト
- https://www.sugawara25.jp/
- 伊賀上野観光協会「上野天神祭」
- https://www.igaueno.net/?p=1224
- 伊賀上野観光協会「だんじり会館」
- https://www.igaueno.net/?p=99
最終更新日: 2026.05.20