安政五年の酒蔵と、突き出した釜場

神楽酒造酒蔵兼釜場は、三重県四日市市室山町にある安政5年(1858年)建築の土蔵造の酒造施設で、令和7年(2025年)8月6日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

外から見て真っ先に目に入るのは煉瓦造の煙突である。桟瓦葺の長い切妻屋根が東西に走り、その南面西寄りから低い棟が張り出す。その棟が釜場で、煙突は棟の躯体に取り込まれる形で立つ。土蔵としての外観は白壁と黒い木部で整えられているから、この煙突だけが建物の用途を外部に示している。

釜場は蒸米のための蒸気を起こす場所を指す。酒造りは白米を蒸すところから始まるので、釜場は工程の側面ではなく先端に位置する。主屋の棟が東西、釜場の棟が南北で、二つの切妻が直角に交わる。北面と南面には下屋が付き、建築面積557平方メートルという数字にはこの下屋の分が含まれている。延床面積は785平方メートル。

一階は土間で、洗米場、蒸米場、麹室として使われ、瓶詰の作業も同じ床の上で行われる。二階は板敷で、かつては醸造工程の一部を担っていたが、現在は物置である。

登録された理由

登録有形文化財は、重要文化財や国宝の「指定」とは制度が異なる。指定が現状変更を厳しく管理する少数精鋭の枠組みであるのに対し、登録は平成8年(1996年)に築後50年を経た建造物を幅広く受け止めるために設けられたもので、外観を大きく変える場合に届出を求める程度の緩やかな規制にとどまる。稼働中の酒蔵にとって、この違いは実務上きわめて大きい。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は24-0334、第110回登録に含まれる。員数1棟。

建築年代は、様式判断ではなく文書史料によって安政5年と押さえられている。この種の産業建築では珍しく、評価の土台が固い。大正後期に増築、平成19年(2007年)に改修を受けている。

四郷地区という文脈も登録理由に組み込まれている。19世紀に入ってこの一帯では味噌、醤油、清酒、清酢の醸造が盛んになり、さらに製茶、製糸、紡績が加わって三重県経済を牽引する地区へと成長した。神楽酒造は清酒「神楽」の醸造元で、安政5年に五世伊藤小左衛門が創業している。工場が林立したかつての産業景観のうち、現在も残る構成要素の一つがこの建物である。

もう一つ、内部の評価がある。柱と梁は覆われずに露出しており、そこには醸造に用いていた部材を取り付け、後に外した痕跡が残る。機械化以前の作業手法を検討するうえで、この痕跡は文献に代わる証拠となる。内部をきれいに仕上げ直していたら失われていた情報である。

見どころと、訪ねるときの実際

東側の坂道から近づくと平面構成が読み取りやすい。主屋は東西28.2メートル(桁行15間半)、南北14.5メートル(梁行8間)の切妻造。そこへ東西6.5メートル、南北8.2メートルの釜場が南へ突き出す。高さの違う二つの棟が直角に組み合い、煙突がその上に抜ける。

西隣には同じ日に登録された神楽酒造西酒蔵が接して建つ。両者は密接しており、南西から見ると一体の建物のように映る。二棟をまとめて眺められる位置まで回り込む価値はある。

訪問にあたっては前提を一つ。ここは操業中の生産設備であり、拝観施設ではない。内部は随時公開されておらず、入館料も窓口もない。確実にできるのは蔵元での酒の購入で、見学の相談も同じ窓口となる。電話は059-321-2205。

年に一度、敷地が開かれる機会がある。近鉄が主催するハイキング「酒蔵みてある記」の目的地に組まれる回で、令和8年(2026年)は2月22日に実施された。参加費無料、予約不要で、当日は敷地内に試飲や出店が並ぶ。開催日は年によって動くので、事前に近鉄のハイキング情報を確認したい。撮影は公道からの外観であれば問題ないが、それ以上は事務所に一声かけるのが筋である。

交通は近鉄四日市駅から四日市あすなろう鉄道に乗り換える。軌間762ミリの特殊狭軌線で、車体は通常の電車より一回り小さい。八王子線の終点である西日野駅まで約7分、そこから西へ約1.2キロメートル、徒歩15分から20分ほど。

東へ450メートルほどのところに、大正10年(1921年)建築の旧四郷村役場(四郷郷土資料館)が建つ。十世伊藤伝七の寄付による木造二階建、三階建塔屋付きで、四日市市指定有形文化財。開館は毎週土曜・日曜の9時から16時。醸造の伊藤家と紡績の伊藤家、二つの系譜が同じ地区に建物を残している。酒蔵を見たあとにこちらへ回ると、四郷という土地の輪郭がはっきりする。

Q&A

Q神楽酒造酒蔵兼釜場の内部は見学できますか。
A常時の公開は行われていません。現在も醸造と瓶詰に使われている建物のため、拝観窓口や入館料の設定はありません。蔵元では酒の販売を行っており、見学の可否についてもそちらが相談先となります。電話は059-321-2205です。
Q神楽酒造酒蔵兼釜場を訪ねるのに適した時期はいつですか。
A2月下旬が有力です。近鉄主催のハイキング「酒蔵みてある記」の目的地となる回があり、この日は敷地が開放されて試飲や出店が並びます。令和8年は2月22日に開催され、参加費無料・予約不要でした。開催日は年ごとに変わります。
Q神楽酒造酒蔵兼釜場への公共交通機関でのアクセスを教えてください。
A近鉄四日市駅で四日市あすなろう鉄道に乗り換え、八王子線の終点西日野駅まで約7分。駅から西へ約1.2キロメートル、徒歩15分から20分です。見学者用の駐車場は用意されていないため、公共交通機関の利用が前提となります。
Q神楽酒造酒蔵兼釜場の「釜場」とは何を指しますか。
A蒸米に用いる蒸気を起こす場所です。本件では主屋の南面西寄りに切妻造南北棟として突き出し、煉瓦造の煙突を躯体に取り込んでいます。酒蔵と釜場が一体の建造物として一件で登録されているため、名称にも両方が入っています。
Q神楽酒造酒蔵兼釜場は重要文化財ですか。
Aいいえ、登録有形文化財(建造物)です。国宝や重要文化財の「指定」とは別の制度で、届出制による緩やかな保護を通じて、建物を使い続けながら守ることを想定しています。稼働中の酒蔵にはこの枠組みが適しています。

基本情報

名称神楽酒造酒蔵兼釜場(かぐらしゅぞうさかぐらけんかまば)
所在地〒510-0948 三重県四日市市室山町326
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 24-0334
指定年令和7年(2025年)8月6日登録(同年3月21日 文化審議会答申)
員数1棟
寸法建築面積557平方メートル、延床面積785平方メートル。主屋は東西28.2メートル・南北14.5メートル、釜場は東西6.5メートル・南北8.2メートル
所有者神楽酒造株式会社
公開状況操業中のため内部の常時公開なし。蔵元で酒類販売あり(電話059-321-2205)。近鉄「酒蔵みてある記」開催日に敷地開放(令和8年は2月22日)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「神楽酒造酒蔵兼釜場」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015465
四日市市「神楽酒造酒蔵兼釜場・西酒蔵」
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1771991669352/index.html
四日市市 令和7年3月21日 記者発表資料「国登録有形文化財(建造物)の登録について」
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1741577798875/index.html
神楽酒造株式会社「神楽酒造について」
https://kagura1858.com/html/user_data/about_kagura.php
四日市市「市指定文化財『旧四郷村役場』の魅力」
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1575254585052/index.html

最終更新日: 2026.08.10