通りに北面するつし二階の町家

貝増家住宅主屋は、三重県名張市柳原町にある明治初期建築の町家で、平成29年(2017年)5月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。名張の旧市街、藤堂宮内家の陣屋町であると同時に大和長谷寺と伊勢神宮を結ぶ初瀬街道の町でもあった一角に建つ。

建物は桁行を通りに向け、北を正面とする。一階正面には細い桟を密に立てた格子が構えられ、弁柄が塗られている。その上がつし二階。横に細長い窓を穿ち、壁は軒先まで塗り込められて、二階部分は連続した塗壁の帯として通りに面する。

登録原簿は構造を「木造平屋建、瓦葺、建築面積114㎡」と記す一方、解説文は「つし二階建の町家」と述べる。両者は矛盾しない。軒下に押し込められた低い中二階は居住のための階として数えられず、原簿の記載は旧来の数え方に従っている。

内部は西寄りに土間を通し、その上に越屋根を上げて煙出しと採光を兼ねる。土間の東には四室が田字形に並ぶ。庭に面する南東の一室に座敷飾を備えるのは、この平面形式の町家における格式の置きどころで、来客を迎える場がどこに置かれたかがそのまま間取りに表れている。

街並みへの寄与という評価軸

登録基準として挙げられているのは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の一項である。個々の部材や技法の卓越よりも、この建物が通りの景観の中で果たしている役割を評価した指標といえる。登録番号は24-0240、第86回登録。解説文の末尾も「市街地の歴史的景観を構成する住宅」と結ばれている。

原簿には昭和38年(1963年)の増築、平成21年(2009年)の改修が併記される。手を入れられ続けてきた住宅であり、この履歴は指定制度にはなじみにくい。重要文化財・国宝を生む指定が、現状変更に強い制約を課して少数を厳格に守る仕組みであるのに対し、平成8年(1996年)創設の登録制度は築後およそ50年を経た建造物を届出制で幅広く受け止める。住み継がれる家に修繕が積み重なることを前提に組まれた制度である。

名張の旧市街は、寛永13年(1636年)に藤堂高吉が屋敷を構えて以来、明治維新まで十一代にわたって藤堂宮内家の膝下にあった。宝永7年(1710年)の名張大火は町の大半を焼き、現存する町家の多くはそれ以後の再建に始まる。街道に沿って一軒ずつは控えめな建物が続き、その連続が通りの断面をつくっている。貝増家住宅主屋は、その一枚である。

非公開であること、そして周辺で見られるもの

先に明記しておきたい。貝増家住宅主屋は個人の住宅であり、公開されていない。文化庁のデータベースにも所有者名・管理団体名の記載はなく、拝観時間も拝観料も設定されていない。柳原町を訪れる場合は公道から外観を眺めるにとどめ、敷地内に立ち入らないこと。道路上から建物の正面を撮影する範囲は通常許容されるが、開口部にレンズを向けることは避けたい。

北向きの正面は日中を通して直射が回り込まず、格子の桟が均一に見える。細い部材の連続を写すには、影の硬い午後より午前の光が向く。

同種の町家の内部を実際に見たい向きには、新町136番地の旧細川邸「やなせ宿」が近い。奈良・大宇陀の薬商細川家の名張支店として江戸末期から明治初年にかけて建てられた建物で、つし二階に加えて虫籠窓や袖卯建を備える。主屋・門・中蔵・川蔵の4棟が平成21年に登録有形文化財となり、平成20年から観光交流施設として公開されている。開館は9時から17時。近鉄大阪線名張駅から徒歩14分ほど。

三重県指定史跡の名張藤堂家邸跡も徒歩圏にある。現存するのは大火後に再建された殿館のうち中奥・祝間などの奥向の一部で、記録に残る屋敷図と比べれば十五分の一程度に過ぎない。それでも近世上級武家の住まいの遺構は全国的に数が少なく、枯山水庭園と、豊臣秀吉朱印状や兜・具足といった伝来品が公開されている。入館料は一般200円、夏見廃寺展示館との共通券もある。武家の座敷を見たあとで町家の田字形平面に戻ると、南東の一室に座敷飾を置いた意味が輪郭を持ってくる。

Q&A

Q貝増家住宅主屋は見学できますか。拝観時間や拝観料は。
A個人の住宅であり公開されていません。拝観時間・拝観料の設定はなく、内部の見学もできません。見学は公道からの外観に限られます。敷地内への立ち入りや、開口部へ向けた撮影は控えてください。
Q貝増家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録有形文化財になりましたか。
A文化庁の登録原簿は年代を明治初期(1868〜1882年)とし、昭和38年(1963年)の増築、平成21年(2009年)の改修を併記します。登録年月日は平成29年(2017年)5月2日、登録番号は24-0240です。
Q貝増家住宅主屋が「木造平屋建」と記載されているのはなぜですか。
A上階が居住用の階ではなく、軒下に設けられた低いつし二階だからです。つし二階は主に物置として使われ、階数に数えない旧来の数え方があります。登録原簿はその慣行に従い、解説文のほうは「つし二階建の町家」と実態を記述しています。
Q貝増家住宅主屋の周辺で、公開されている町家はありますか。
A新町136番地の旧細川邸「やなせ宿」が同じ旧市街にあり、つし二階・虫籠窓・袖卯建を備えた町家の内部を見学できます。開館は9時から17時、近鉄名張駅から徒歩14分ほど。三重県指定史跡の名張藤堂家邸跡も徒歩圏で、入館料は一般200円です。
Q貝増家住宅主屋の「登録」と、重要文化財の「指定」はどう違いますか。
A別個の制度です。重要文化財・国宝は指定され、現状変更に許可が必要となる強い保護を受けます。登録有形文化財は平成8年に創設された制度で、築およそ50年以上の建造物を対象とし、現状変更は届出制です。現役で使われ続ける建物を想定しています。

基本情報

名称貝増家住宅主屋(かいますけじゅうたくしゅおく)
所在地三重県名張市柳原町3339
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 24-0240
指定年平成29年(2017年)5月2日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積114㎡
所有者国指定文化財等データベースに記載なし(個人住宅)
公開状況非公開。見学は公道からの外観のみ

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/貝増家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011517
文化遺産オンライン/貝増家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/289303
名張市/名張市旧細川邸やなせ宿【国登録有形文化財(建築物)】
https://www.city.nabari.lg.jp/s044/010/050/10/070/090/270/20150401085353.html
名張市/名張藤堂家邸
https://www.city.nabari.lg.jp/s061/010/020/000/050/201502051899.html
観光三重(三重県観光連盟)/名張藤堂家邸跡
https://www.kankomie.or.jp/spot/3172
名張市観光協会/名張藤堂家邸跡
https://www.kankou-nabari.jp/?page_id=44

最終更新日: 2026.08.10