外宮門前に建つ売薬の店
小西萬金丹本舗店舗兼主屋は、三重県伊勢市八日市場町にある木造二階建の商家建築で、明治前期の建築、平成27年(2015年)8月4日に国の登録有形文化財に登録された。伊勢神宮外宮の門前を走る通りに南面して建つ。
小西家がこの地で同じ商品を売り続けて三百数十年になる。処方の出所は堺で、安土桃山時代に製薬の秘方を譲り受けたと伝わり、延宝4年(1676年)に現在地で店を開いた。商品は萬金丹。腹の不調や旅の疲れに用いる黒い小粒の丸薬である。
この建物の位置づけを理解するには、萬金丹が何であったかを押さえておく必要がある。江戸期を通じて伊勢参宮の人波は途切れず、参詣者は土産に薬を買って帰った。萬金丹は街道という街道を伝って全国へ散り、伊勢を一度も見ない家の薬箱にまで入り込む。「鼻くそ丸めて萬金丹」という戯れ句が今も口をついて出るほど、名前だけが独り歩きしていた。参宮道の脇に置かれた珍しい店ではない。参宮という仕組みの一部だった。
伊勢町家という型
木造二階建、瓦葺、建築面積144平方メートル。文化庁の記載は「起り付の切妻造妻入」である。短い一句だが、内容は詰まっている。
切妻造は最も単純な二方向勾配の屋根。妻入は、その妻面すなわち三角形の側を正面に向け、そこから入る形式をいう。難しいのは起りで、屋根面がわずかに凸に膨らむ。反りの逆と考えればよい。通りの向かい側に立って棟の線を目で追うと、水平でも直線でもないことが分かる。
妻面の下、店先には下屋が架かり、こちらは本瓦葺。平瓦と丸瓦を交互に葺く格の高い葺き方で、通常は寺社や門に用いる。外壁は全面を簓子下見板張とする。横板を張り、その継ぎ目に合わせて刻み目を入れた竪桟で押さえる仕上げで、正面全体に細い縦の筋が走って見える。二階正面には出格子が張り出す。
内部は間口に対して奥行が深い。中央にミセを置き、その奥に座敷を並べる。東に茶室、西に坪庭を配し、細長い平面の中ほどへ光と風を落とす。文化庁は「伊勢町家の特徴を示す大型の商家建築」と評価し、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」を適用した。
同日に、同じ屋敷の内蔵と外蔵も登録されている。外蔵は店舗兼主屋の北東方、八日市場町7に建つ土蔵造二階建で、切妻造本瓦葺。着物などを納めた家財蔵で、頂部に鉢巻を廻して簓子下見板を張り、二階には換気窓しか設けない。三件がそろって残ることで、正面の一枚看板ではなく屋敷構え全体が保存された。
年代の扱いと、記録の食い違い
伊勢市文化政策課は、店舗兼主屋と内蔵を「明治初期に江戸時代の姿を守らせて建てられた」ものと説明する。この言い方は正確で、押さえておく価値がある。小西家の店は江戸期の遺構ではない。江戸期の店構えを変える理由がないと判断した大工が、明治初期に建て直したものである。地元では宮大工の仕事と伝えられており、下屋の本瓦葺の格の高さはそれで説明がつく。
一点、注意を要する記載がある。国指定文化財等データベースは時代を明治・年代を明治前期としながら、西暦欄に「1968~1882」と印字している。明治の開始は1868年であるから、1868~1882の誤りと見るのが自然である。伊勢市の「明治初期」という記述も、この補正と矛盾しない。また屋根については、市の説明が切妻造桟瓦葺とするのに対し、文化庁は店先の下屋を本瓦葺と明記しており、両者の記述に幅がある。
訪ねるにあたって
まず押さえておきたいのは、ここが現役の店舗であり住居であって、公開施設ではないという点である。萬金丹は今も店頭で売られている。拝観券も見学時間の設定もなく、座敷や茶室、坪庭に立ち入る道はない。
では見るものがないかというと、そうではない。通りに立って眺めるだけで、簓子下見板の縦筋、二階の出格子、起りを含んだ屋根の稜線、そして外から見える古い大看板まで、この建物の要点はほぼ押さえられる。通りからの撮影に問題はない。買物や店内の撮影については、小さな家族経営の商店に対するのと同じ作法、つまり先に一声かけ、長居しないという線を守れば足りる。
立地は外宮参拝と組み合わせやすい。外宮からは歩いてすぐ、その北にJR・近鉄の伊勢市駅がある。伊勢市には都市規模に比して登録有形文化財が多く、勢田川沿いの伊勢河崎商人館の建物群、古市の麻吉旅館、昭和6年(1931年)竣工の鉄筋コンクリート造・近鉄宇治山田駅本屋などが控える。外宮から八日市場町を抜けて河崎へ向かう道筋を取れば、半日で数件をつなぐことができる。
Q&A
- 小西萬金丹本舗店舗兼主屋の内部は見学できますか。
- 現役の店舗兼住居であり公開施設ではないため、奥の座敷・茶室・坪庭に立ち入ることはできません。店構えは通りから常時見ることができ、萬金丹は今も店頭で販売されています。
- 萬金丹とはどのような薬で、小西萬金丹本舗は今も営業していますか。
- 萬金丹は腹の不調や旅の疲れに用いられてきた黒い小粒の丸薬で、伊勢参宮の土産として全国に広まりました。小西家は延宝4年(1676年)以来この地で商いを続け、現在も150粒入りの箱で販売しています。
- 小西萬金丹本舗店舗兼主屋の建築年代と登録年を教えてください。
- 明治前期、おおむね1868年から1882年頃の建築で、平成27年(2015年)8月4日に登録有形文化財となりました。登録番号は24-0204、第81回登録分です。
- 小西萬金丹本舗店舗兼主屋は外宮や伊勢市駅からどのくらいの距離ですか。
- 伊勢神宮外宮の門前を走る通りに面して建つため、外宮からは徒歩圏です。外宮の北側にJR・近鉄の伊勢市駅があり、参拝と合わせて立ち寄れる位置関係にあります。
- 小西萬金丹本舗店舗兼主屋を外から見るとき、どこに注目すればよいですか。
- 屋根の稜線にわずかな起りが付いている点、店先の下屋が本瓦葺である点、外壁全面を覆う簓子下見板張の縦の筋、そして二階正面に張り出す出格子の四点が見どころです。
基本データ
| 名称 | 小西萬金丹本舗店舗兼主屋(こにしまんきんたんほんぽてんぽけんしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県伊勢市八日市場町8 |
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物) 登録番号24-0204 |
| 指定年 | 平成27年(2015年)8月4日登録 第81回登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積144平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 外観は通りから見学可。現役の店舗兼住居のため内部非公開 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 小西萬金丹本舗店舗兼主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010613
- 文化遺産オンライン 小西萬金丹本舗店舗兼主屋
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/213277
- 伊勢市 小西萬金丹本舗 店舗兼主屋
- https://www.city.ise.mie.jp/cul_spo_edu/culture/bunkazai_shiseki/bunkazai/yukei/1002201.html
- 伊勢市 小西萬金丹本舗 内蔵
- https://www.city.ise.mie.jp/cul_spo_edu/culture/bunkazai_shiseki/bunkazai/yukei/1002202.html
- 伊勢市 小西萬金丹本舗 外蔵
- https://www.city.ise.mie.jp/cul_spo_edu/culture/bunkazai_shiseki/bunkazai/yukei/1002200.html
最終更新日: 2026.08.10