三滝川を見下ろす昭和四年の別館
旅館寿亭水雲閣は、三重県三重郡菰野町の湯の山温泉、三滝川南岸近くの小高い位置に建つ木造二階建の別館で、昭和4年(1929年)の建築、平成20年(2008年)に国の登録有形文化財となった。
母体となる旅館のほうが半世紀ほど古い。寿亭は明治7年(1874年)、瀬古謹十郎・きく夫妻によって創業された。のちに名古屋の葛谷春太郎・寿子夫妻が湯治のため湯の山へ来遊し、きくと交友を結ぶ。きくは夫妻の人物を見込んで譲渡を持ちかけ、葛谷夫妻が跡を受けた。葛谷家による創業は明治44年(1911年)とされる。以後、寿亭は本格的な高級旅館を志向して経営され、別館が次々に増設された。いずれも和風建築で、周囲の景色に融合する造りであったという。
水雲閣はその増築期の終盤、昭和4年に成る。文化庁の登録記載では木造2階建、銅板葺、建築面積131平方メートル、南北棟、桁行7間・梁間4間半。
銅板の屋根と、石山寺と同寸の火灯窓
湯の山は鈴鹿山脈の御在所岳の麓にあり、冬は冷える。菰野町の解説はこの立地から屋根の材を説明する。寒冷地であるため冷害を避けて銅板で葺き、遠目には瓦屋根に見えるよう仕上げた、と。見慣れた姿をしていて、実のところ見慣れた構法ではない。その下の屋根形式は入母屋造である。
平面は各階とも共通する。主室10畳、次の間8畳。北・西・南の三方に入側をまわし、北面と西面ではその外に高欄付の濡縁を張り出す。登録の解説は、主室に良材を用い、品格ある意匠に造ると記す。データベースの圧縮された文体において、これは讃辞の部類に入る。
手を入れたのは大工棟梁の城山喜之助。その仕事のうち、三点がよく挙げられる。火灯窓は上枠を火炎形あるいは花形に造る特殊な窓で、禅宗様の建築に発した意匠だが、水雲閣のそれは滋賀の石山寺と同じ寸法で作られている。梁は樹齢百年を越す樹木から切り出したもの。そして窓の板ガラスはコルバーン方式による引上げ法の製品で、現存例が非常に少ない。柔らかく粘りがあり、面の平坦さも現代の板ガラスとは違う。光の映り方でそれとわかる。
登録は平成20年3月7日、告示は同月19日。登録番号24-0069、基準は「造形の規範となっているもの」。なお旅館の案内や観光情報のいくつかは「平成19年12月7日認定」と記すが、これは文化審議会の答申段階の日付にあたるものと考えられる。
歌人と小説家、そして見学の方法
入口には「水雲閣」の扁額が掛かる。書は阪正臣、安政2年(1855年)に名古屋で生まれた宮廷歌人で、茅田老人とも号した。阪とこの建物には直接の縁がある。昭和5年(1930年)、寿亭に一時身を寄せたのち宮廷歌人となった菰野出身の鈴木小舟を顕彰する歌碑の除幕式が行われ、これに参列した阪が、新築間もない水雲閣からの眺めを詠んだ歌が残っている。
その眺めのために、この建物はこの位置に建っている。大きな窓が向くのは御在所岳。旅館は、文人や皇族の宿泊があったと伝えている。文学の縁でいえば、別棟にもう一つある。大正4年(1915年)築の松仙閣には昭和8年(1933年)に志賀直哉がしばらく投宿し、短編小説「菰野」を書いた。
ここから先は実際の話で、はっきり書いておく必要がある。水雲閣は現在、客室として使われていない。文化財保護のため宿泊利用を取りやめている。かわりに旅館は、希望する客に建物を案内している。つまり内部を見る現実的な道は、寿亭に泊まるか日帰りの利用をしたうえで案内を頼むことになる。当日ではなく予約の段階で申し出ておきたい。連絡先は059-392-2131。
寿亭は宿泊のほかに日帰り入浴と貸切風呂を営んでおり、泊まらずに訪ねる選択肢もある。料金や時間は変わるので、出発前に公式サイトで確認しておくとよい。
湯の山までの経路。近鉄湯の山線の終点・湯の山温泉駅から車でおよそ8分、事前連絡があれば寿亭の無料送迎が使える。バスなら「三交湯の山温泉」で降りて徒歩約10分。車では東名阪自動車道の四日市インターチェンジから約20分。御在所ロープウエイが近く、天候が許せば同じ日程に組み込める。
Q&A
- 旅館寿亭水雲閣に宿泊することはできますか?
- できません。文化財保護のため宿泊利用を取りやめています。寿亭は他の建物で宿泊を受け入れており、希望があれば水雲閣を案内しています。当日ではなく予約時に申し出てください。連絡先は059-392-2131です。
- 旅館寿亭水雲閣は宿泊せずに見学できますか?
- 可能性はあります。寿亭は日帰り入浴と貸切風呂も営んでいるため日帰りでの訪問はできますが、水雲閣は営業中の旅館の建物であって公開施設ではなく、案内は旅館の判断によります。事前に問い合わせてください。
- 旅館寿亭水雲閣の屋根はなぜ瓦ではなく銅板なのですか?
- 湯の山の寒さのためです。菰野町の解説は、寒冷地であるため冷害を避けて銅板で施工し、瓦屋根風に仕上げたと記しています。その下の屋根形式は入母屋造です。
- 旅館寿亭水雲閣が登録有形文化財になったのはいつですか?
- 文化庁の記載では登録年月日が平成20年(2008年)3月7日、告示が同年3月19日、登録番号は24-0069です。観光情報の一部には平成19年12月7日とあり、これは答申段階の日付を指すものと考えられます。
- 旅館寿亭水雲閣へは名古屋や四日市からどう行きますか?
- 近鉄湯の山線で湯の山温泉駅まで行き、そこから車で約8分です。事前連絡で寿亭の無料送迎が利用できます。バスの場合は「三交湯の山温泉」下車、徒歩約10分。車では東名阪自動車道の四日市インターチェンジから約20分です。
基本データ
| 名称 | 旅館寿亭水雲閣(りょかんことぶきていすいうんかく) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県三重郡菰野町大字菰野8588 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号24-0069 登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成20年(2008年)3月7日登録、同年3月19日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、銅板葺、建築面積131平方メートル。桁行7間・梁間4間半。昭和4年建築 |
| 所有者 | 株式会社旅館寿亭 |
| 公開状況 | 宿泊利用は不可。旅館への申し出により見学案内あり。日帰り入浴の利用可。電話059-392-2131 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/旅館寿亭水雲閣
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00006863
- 菰野町/文化財の紹介【国登録】旅館寿亭 水雲閣
- https://www2.town.komono.mie.jp/site/kankou/1555.html
- 旅館寿亭 公式サイト/施設・お部屋
- https://www.kotobukitei.co.jp/room.html
- 菰野町観光協会/旅館 寿亭
- https://www.kanko-komono.com/spots/294/
最終更新日: 2026.08.11