平野を移動した農家
旧中澤家住宅は、宮城県名取市手倉田字山216番地93にある江戸後期の民家で、昭和49年(1974年)5月21日に国の重要文化財に指定された。表記は資料により中澤・中沢が併存する。
もとは西へ約1.5キロメートル離れた名取市愛島塩手字前野田に建っていた。指定名称に旧所在地が併記されているのはこのためである。指定を受けたのち、昭和50年から51年(1975年から1976年)にかけて解体され、市の中央を走る丘陵上の十三塚公園内に移築復元された。
この立地には少し戸惑うかもしれない。公園の大半は野球場、テニスコート、陸上競技場が占めている。茅葺の民家は、その片隅の木立の中に静かに建っている。日常的に公園を使う名取市民のなかにも、この建物の存在を知らない人は少なくないという。四月には周囲の桜が咲き、花見の人が集まるが、多くは茅葺屋根を見上げないまま帰る。
中澤家は近世初頭から前野田に住む旧家と伝えられている。ただし由緒についてはっきりしたことは分かっていない。
名取型という形式
文化庁の解説は、仙台平野に残る中型農家であり、田の字型の四部屋と土間からなる間取りで、この型は名取市とその周辺に多い、とする。あわせて土間に立つ太い丸太状の柱を挙げ、旧仙台藩領の民家の特色を示すものと位置づけている。
田の字型とは、漢字の田が四つの区画を枠に収めた形をしていることによる呼び名で、土間の脇に四室が二列二行に並ぶ間取りを指す。この地域の変種を特徴づけるのは、その境界の扱いである。土間と日常の居間にあたる座敷(おかみ)との間には仕切りがない。二つの空間が一続きになっている。
土間には三本の独立柱が立つ。それぞれに名がある。うしもち柱、ほいと柱、よめかくし柱。柱そのものより、この呼び名のほうが暮らしの記憶を留めている。座敷の間取りとこの柱の配置を合わせた形式を、地域の建築史では名取型と呼ぶ。
構造と規模
国指定文化財等データベースは、桁行16.5メートル、梁間9.5メートル、寄棟造、茅葺と記す。名取市の資料は同じ建物を桁行9間(16メートル)、梁間5間(9メートル)とし、床面積136平方メートル(約41坪)を加えている。わずかな差は計測の取り方の違いによるもので、建物の理解が食い違っているわけではない。
構造は石場建てで、柱を土中に埋めず礎石の上に立てる。木材を土の湿気から遠ざける工法である。
建築年代については資料が分かれる。国のデータベースは江戸後期とし、西暦1751年から1829年の範囲を与える。名取市は詳しい資料がないとしたうえで、建物の特徴から18世紀後半頃と推定する。宮城県の解説は18世紀中頃と推測している。指定の根拠は国のデータベースにあるため、そちらの年代を基準とすべきだが、建立記録が残っていないことは押さえておきたい。
訪ねるにあたって
入場は無料である。ただし内部は通年公開ではなく、年ごとに定められた期間と曜日に開放される。令和5年(2023年)の例では、4月18日から11月14日までの毎週火・木・土・日曜、午前10時から午後3時30分であった。日付を決めて訪れる場合は、その年の開放日程を名取市教育部文化・スポーツ課文化財係(022-724-7176)に確認してほしい。
外観は公園内からいつでも見ることができ、撮影の制限もない。見るのであれば南側からがよい。縁側の奥に、深く張り出した茅葺の軒が重なって見える。
駐車場は十三塚公園の駐車場が無料で使える。公園内に公衆トイレもある。名取市の中心部からは車で10分足らず。仙台空港が近いため、日本滞在の初日や最終日にも立ち寄りやすい民家である。
周辺
名取市歴史民俗資料館では、この建物を含む地域の考古資料や民俗資料を扱っている。同じ市内には、名取型をより完全な形で示す重要文化財の洞口家住宅もある。東北地方でも屈指の規模をもつ前方後円墳、雷神山古墳も近い。
桜の季節を外した平日の午前中であれば、この民家をほぼ独占できる。公園は学校の部活動でにぎわっていても、農家の周囲だけは静かである。
Q&A
- 旧中澤家住宅の内部は見学できますか。料金はかかりますか。
- 入場は無料ですが、内部の開放は通年ではなく、年ごとに定められた期間と曜日に限られます。令和5年(2023年)は4月18日から11月14日までの火・木・土・日曜、午前10時から午後3時30分でした。その年の日程は名取市文化・スポーツ課文化財係(022-724-7176)にご確認ください。外観はいつでも見学できます。
- 旧中澤家住宅の名称になぜ別の所在地が併記されているのですか。
- 指定名称には旧所在地である名取市愛島塩手が記されています。昭和49年(1974年)の指定後、東へ約1.5キロメートル離れた手倉田字山の十三塚公園内へ、昭和50年から51年にかけて移築復元されたためです。
- 旧中澤家住宅が示す「名取型」とはどのような形式ですか。
- 田の字型の四間取りで、土間と日常の居間である座敷(おかみ)との間に仕切りを設けず開放する形式と、土間に立つ独立柱の配置を合わせた呼び名です。この住宅にはうしもち柱、ほいと柱、よめかくし柱と呼ばれる3本の独立柱があります。
- 旧中澤家住宅はいつ建てられたのですか。
- 建立記録は残っていません。国指定文化財等データベースは江戸後期(1751年から1829年)とし、名取市は建物の特徴から18世紀後半頃、宮城県の解説は18世紀中頃と推定しており、資料により幅があります。
- 旧中澤家住宅へはどう行けばよいですか。
- 名取市手倉田字山の十三塚公園内にあり、名取市中心部から車で10分足らず、仙台空港からも近い場所です。十三塚公園の駐車場が無料で利用でき、公園内に公衆トイレもあります。
基本情報
| 名称 | 旧中澤家住宅(なかざわけじゅうたく)/旧所在 宮城県名取市愛島塩手 |
|---|---|
| 所在地 | 宮城県名取市手倉田字山216番地93(十三塚公園内) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 01938 |
| 指定年 | 昭和49年(1974年)5月21日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行16.5メートル、梁間9.5メートル、寄棟造、茅葺(国のデータベース)。名取市資料では桁行9間・梁間5間、床面積136平方メートル |
| 所有者 | 名取市 |
| 公開状況 | 無料。内部は年ごとに定める期間・曜日のみ開放。外観は常時見学可。日程は022-724-7176で確認 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/125
最終更新日: 2026.08.06