種子が左へ巻く一本のカヤ
宮城県南部の山あいに小原という集落がある。その斜面に、樹高およそ18メートルのカヤが一本立っている。幹の太さは、目通り(目の高さ)で周囲約2.05メートル、根元では約2.75メートル。常緑のこの針葉樹は、遠目には各地で見かける古いカヤと変わらない。違いは、秋に種子が熟したときにはじめて姿をあらわす。種子の表面の線が、左へ巻いているのである。
これが小原のヒダリマキガヤである。昭和17年(1942年)に国の天然記念物に指定された。「左巻き」は比喩ではなく、果実に確かめられる形質であり、しかも珍しい。
カヤ(榧)はイチイ科の常緑針葉樹で、成長がゆるやかな樹種として知られる。本州では宮城県あたりがその自然分布のおおむね北限とされ、小原はその縁にあたる。北の地でこれだけの大きさに育ったこと自体が珍しく、加えて植物学的な特異性まで備えているとなれば、なおさらである。
一人の校長が見いだした木
この木が世に知られるようになった経緯は、大正13年(1924年)ごろ、斎藤四郎治という人物にさかのぼる。斎藤は地元の小学校長をつとめ、植物に明るい人であった。村のそばに育つカヤを観察するうち、その種子が普通のカヤの実とは違うことに気づく。実が大きく、表面の縦の筋がそろって旋回していた。
斎藤が見いだしたものは、植物学者の三好學が大正期に記載した変種に一致した。学名は Torreya nucifera var. macrosperma として記録されている。種小名 macrosperma は「大きな種子をもつ」の意で、この木の特徴はその一点に集約される。ヒダリマキガヤは別種ではなく、見慣れたカヤの珍しい一型であり、種子によって区別される。
評価は指定という形をとった。昭和17年(1942年)10月14日、小原のこの木は国の天然記念物に指定され、翌月には白石市が管理団体に定められた。その後、樹勢が衰えた時期があり、地元では大きな心配の種となったが、治療がほどこされ、現在は回復に向かっている。
一本の木が守られる理由
天然記念物の指定にはいくつかの基準がある。この木はその第一にあたり、名木・巨樹・老樹・畸形木といった、生きた目印となる樹木を対象とする区分である。小原のカヤは、その複数にかなう。大きく古い木であり、同時に通常とは異なる形質をもつ木でもある。
決め手は希少性にある。ヒダリマキガヤが確認されているのは、全国でもごくわずかな場所に限られる。小原のほかには、滋賀県の日野、三重県の名張、兵庫県の養父で記録されてきた。全国でも10本に満たないとする数え方もある。これほど少ない一型が、しかも北寄りの地に育っているのだから、小原の木はそれ自体として守る価値があると判断された。
樹齢の推定は資料によって幅がある。昭和17年の指定時の記録では当時およそ150年とされた。のちの調査では250年に近いとする見方もある。この食い違いは、木を伐らずに年齢を測ることが、あくまで概算にとどまるという事情を映している。
訪れたら見たいところ
一年の大半、小原のカヤは、よく整った大きな針葉樹としての見ごたえで訪れる人を迎える。濃い針葉、しっかりした灰色の幹、山の斜面に立つ老木の静けさ。だが、この木を特徴づけるものは秋にある。
種子が熟すと、違いがはっきりする。普通のカヤの実は長さ2〜3センチほどの楕円形だが、この木の種子は、肉質の外皮を除いた状態で長さ3.3〜4センチ、径1.2〜1.6センチに達する。通常のおよそ1.5倍にあたる。肉質の外皮の表面には5〜6条の細い縦の隆起線があり、基部から先端へ向かってゆるやかに左へ巻いている。
もっとも、その巻き方は一様ではない。同じ木でも、多くは左に巻くが、なかには右に巻くものもあり、ほとんど巻かないものもある。このばらつきこそが、この木の面白さの一部でもある。熟した種子を手にとって、はじめて実感できる種類の細部といえる。可能なら、9月下旬から10月の訪問をすすめたい。
カヤという木が、日本の暮らしのなかで何であったかにも触れておきたい。きめが細かく香りのよい材は、碁盤・将棋盤の最上の素材とされてきた。種子は、苦みの成分を抜いたうえで炒って食べられ、その風味から和製アーモンドと呼ばれることもある。小原の木の下に立つとき、人は、この樹種と人々との長い関わりの、ひとつの変わった章を見ていることになる。
訪問の計画
木は屋外に立っており、一年を通じて見学でき、料金もかからない。近くに普通車5台ほどの駐車スペースがある。受付や決まった開園時間はなく、訪問は、ただ現地に着けばよい。
車を使わずに小原へ向かう場合は、いくらか計画が要る。最寄りの鉄道の拠点は東北本線の白石駅で、そこから白石市民バスの小原線が周辺へ通じている。ただし運行は平日のみで、土曜・日曜・祝日には走らない。車のない旅行者は事前に時刻表を確かめておくとよく、谷あいのほかの見どころとあわせて回るなら、レンタカーのほうが頼りになるという人も多い。
小原のまわり
小原は温泉地として知られる。小原温泉は川沿いの細い渓谷を占め、その湯は、木への立ち寄りと自然に組み合わせられる。とりわけ寒い季節にはありがたい。
少し足をのばせば、七ヶ宿ダムの近くに材木岩がある。柱状節理の崖で、垂直の割れ目が積んだ材木のように見えることが、その名の由来である。白石市にはもう一本、注目すべき指定のカヤがある。コツブガヤといい、種子の小さい変種で、小原の大きな種子をもつ木と興味深い対をなす。時間に余裕があれば市の中心部まで足を運びたい。白石城が伝統的な木造の工法で復元されている。
Q&A
- 左巻きの種子は、いつ見られますか。
- 種子は秋に熟すため、9月下旬から10月が、名の由来となった左巻きの隆起線を見る好機です。その時期を外れると、木は普通のカヤとほとんど変わらず、特徴は見えません。
- 入場料や決まった見学時間はありますか。
- ありません。木は屋外に立ち、一年を通じて自由に見学できます。近くに普通車5台ほどの駐車スペースがあります。
- 公共交通機関でのアクセスを教えてください。
- 東北本線の白石駅から、白石市民バスの小原線が周辺へ通じています。ただし運行は平日のみです。出発前に時刻表を確かめるか、自由度の高いレンタカーの利用も検討してください。
- なぜ一本の木が国の指定を受けているのですか。
- ヒダリマキガヤは、全国でもごくわずかな場所でしか確認されていない珍しい一型です。これほど少ない型の大きく古い木が、しかも分布の北寄りの地に育っていることから、それ自体として守る価値があると判断されました。
- 周辺で立ち寄れる場所はありますか。
- 小原温泉は渓谷の湯を楽しめ、近くには柱状節理の材木岩があります。白石市には種子の小さいコツブガヤという指定のカヤもあり、市の中心部には復元された白石城があります。
基本情報
| 名称 | 小原のヒダリマキガヤ(おばらのひだりまきがや) |
|---|---|
| 所在地 | 宮城県白石市小原 |
| 指定区分 | 国指定天然記念物 |
| 指定年月日 | 昭和17年(1942年)10月14日 |
| 指定基準 | 名木・巨樹・老樹・畸形木など |
| 樹種 | カヤ(榧、Torreya nucifera var. macrosperma)、イチイ科 |
| 規模 | 樹高約18メートル、目通り幹囲約2.05メートル、根元周囲約2.75メートル |
| 推定樹齢 | 指定時で約150年。のちの推定では250年前後とする見方もある |
| 管理団体 | 白石市 |
| アクセス | 東北本線白石駅から白石市民バス小原線(平日運行) |
| 公開状況 | 無料、通年見学可、駐車スペースあり |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/197
- 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/209510
- 宮城県 指定文化財〈天然記念物〉小原のヒダリマキガヤ
- https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/bunkazai/11hidari.html
- 白石市 指定文化財 小原のヒダリマキガヤ
- https://www.city.shiroishi.miyagi.jp/soshiki/30/369.html
最終更新日: 2026.05.23