建立年代の判明した室町の社殿

巨田神社本殿は、宮崎市佐土原町巨田に東面して建つ三間社流造の社殿である。屋根はとち葺で、前面の屋根が長く前方へ流れ落ちる流造の形をとっている。本殿内に納められた棟札によって文安5年(1448年)という建立年代が確かめられており、この点がこの建築をきわだたせている。

神社そのものの歴史はさらにさかのぼる。社伝では平安期の創祀とされ、寛治7年(1093年)、周辺一帯が大分の宇佐神宮の荘園である田島荘となったのにともなって宇佐の祭神が勧請され、以後この社は巨田八幡宮と称された。当初は天太玉命を祀ったとされ、宇佐との結びつきによって応神天皇(誉田別命)と神功皇后が加わったと伝わる。中世には日向の伊東氏の支配下に置かれ、近世には佐土原藩主島津家の崇敬を受けた。

重要文化財に指定された理由

昭和53年(1978年)5月31日、本殿は国の重要文化財に指定された。その評価は大きく三つの観点に分けられる。

第一は様式の正確さである。都の中心地から遠く離れた南九州にありながら、中央の神社建築の作法を地方的なくずれなく踏襲している。同時代の地方建築にしばしばみられる簡略化や独自の崩しが少なく、この忠実さが指定の中心的な根拠となっている。

第二は建立年代の明確さである。中世の建築は造営年がおおまかな時期でしか推定できないものが多いが、本殿は棟札によって年が確定している。この確実さによって、本殿は神社建築が国土の南端へ及んだ過程を考えるうえでの基準点となっている。

第三は、本殿とともに22枚の棟札が附(つけたり)として指定されている点である。これらの板は造替や修理にかかわった人物と年を書きとめており、永正5年(1508年)には都於郡城主の伊東氏による造替が行われたことなどが読み取れる。これほどまとまった造営の記録を残す社殿は多くない。

訪れたときに見ておきたい点

現在の姿は、昭和56年から57年(1981〜1982年)にかけての解体修理によって整えられた。修理では新しい意匠を加えるのではなく、元禄期(1700年前後)の修理時の姿に復することを方針とした。その結果、小さな郷社の本殿としては想像以上に色彩の豊かな社殿となっている。

外部は弁柄朱漆塗りを主体に、金箔押しと胡粉塗りが施されている。梁の上に置かれた蟇股(かえるまた)には彩色がほどこされ、白木のままではない。屋根の箱棟は銅板で包まれ、妻側の鬼板には鬼面が据えられた。遠目には華美に映らないが、ゆっくりと一周しながら見ると細部の手の込みように気づく。

境内の構えにも見どころがある。拝殿の奥に三棟の社殿が一列に並び、中央が本殿、向かって左に若宮社、右に今宮社が建つ。若宮社・今宮社はいずれも一間社流見世棚造で、昭和58年(1983年)に県の有形文化財に指定された。三棟は参拝者との間に塀を設けておらず、数歩の距離まで近づいて木組みを直接見ることができる。この格式の建築としては珍しい開放的な配置である。

周辺の見どころとアクセス

本殿の東側には、四百年以上の歴史をもつ灌漑用のため池、巨田池が広がる。冬季には多くの鴨が越冬に訪れ、ここでは越網(こえあみ)と呼ばれる投げ網による鴨猟が続けられている。池を囲む丘陵の樹木を凹状に伐り開いて鴨の通り道をつくり、夕刻と明け方にそこを通る鴨へ網を投げ上げる猟法である。天正14年(1586年)の上井覚兼の日記にもその記録がみえ、佐土原藩では若い藩士の鍛錬を兼ねて行われていた。組織的な伝統鴨網猟が現存するのは、全国で巨田池と石川県の片野鴨池の二か所のみで、巨田池の猟法は県の無形民俗文化財として保存会の手で受け継がれている。

神社には独自の芸能も残る。巨田神楽は宮崎市の無形文化財で、神楽面や太鼓の銘から、慶長年間(1600年前後)にはすでに舞われていたとみられる。秋の例祭(11月15日)には三十三番が奉納される。

参拝は車での来訪が便利である。東九州自動車道から国道324号を東へ進むと、国指定重要文化財を示す大きな看板があり、そこを折れて少し進むと境内に着く。入口の脇には大きな楠がそびえ、周囲を鎮守の杜が囲むため、日中でも境内は静けさを保っている。

Q&A

Q本殿を間近で見ることはできますか。
Aできます。本殿と左右の若宮社・今宮社は拝殿の奥に塀なく並んでおり、すぐ近くまで歩み寄れます。内部は公開されていませんが、外観の木組みや彩色は数歩の距離からよく見えます。
Q訪れるのに適した時期はいつですか。
A最も賑わうのは11月15日の秋の例祭で、境内で巨田神楽の三十三番が奉納されます。冬は近くの巨田池に鴨が集まる季節で、本殿の参拝とあわせて訪れるのに向いています。
Qなぜ社殿は白木ではなく朱や金で彩られているのですか。
A昭和56〜57年の解体修理で、1700年前後の修理時の彩色の姿に復したためです。弁柄朱漆・金箔・胡粉による彩色は近年の装飾ではなく、史実に基づく復元です。
Q鴨網猟を見学することはできますか。
A猟は寒い時期に保存会によって行われるもので、常設の観光イベントではありません。実施や見学の可否は年によって変わるため、訪問前に地元へ確認することをおすすめします。

基本データ

名称巨田神社本殿(こだじんじゃほんでん)
所在地宮崎県宮崎市佐土原町巨田
所有者巨田神社
指定区分重要文化財(昭和53年〈1978年〉5月31日指定)
年代文安5年(1448年)、室町中期
構造及び形式三間社流造、とち葺、東面/1棟
附(つけたり)棟札 22枚
アクセス東九州自動車道から国道324号経由。境内は自由に参拝でき、本殿は外観を見学可能

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「巨田神社本殿」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3625
文化遺産オンライン「巨田神社本殿」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/135151
文化財建造物保存技術協会 建造物修理アーカイブ「巨田神社本殿」
https://www.bunkenkyo.or.jp/archive-site/detail/kota/
巨田神社(ウィキペディア日本語版)
https://ja.wikipedia.org/wiki/巨田神社
巨田池の鴨網猟(みやざき文化財情報を引用した見学レポート)
https://inohoi.jp/blogs/knowledge/ducknethunting-report

最終更新日: 2026.06.02