蚕種の郷を率いた宗家の屋敷

旧佐藤家住宅(藤本)は、長野県上田市上塩尻にある蚕種製造家の屋敷で、明治時代前期から中期に建てられた蚕室・蔵・表門の6棟が令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財となった。所有者は、この家の蚕種業を会社組織として引き継いだ藤本蚕業の流れをくむ藤本工業株式会社である。

蚕種とは蚕の卵のことをいう。繭を育てる養蚕、繭から糸を引く製糸とは別に、丈夫な蚕の卵をつくって各地の養蚕農家へ売る仕事があった。上塩尻はその蚕種づくりで名を知られた村で、佐藤家の本家は「藤本」を屋号とし、寛文年間(1661〜1673年)に蚕種の製造を始めたと伝わる。やがて塩尻地区の周辺には蚕種家が次々に現れた。

幕末から明治初期、ヨーロッパでは微粒子病という蚕の病気が広がり、養蚕がほぼ壊滅した。上田市の文化財解説によると、日本から輸出された蚕種の3割前後を上田産が占め、その多くが塩尻で製造されたという。藤本はのちに藤本蚕業合名会社となり、蚕糸業が衰える昭和中期まで操業を続けた。宗家の家系はすでに途絶えており、屋敷は会社の所有となっている。

主屋を失った屋敷と6棟の配置

いまの旧佐藤家住宅(藤本)には主屋が無い。昭和2年(1927年)に焼失し、それ以来、敷地の中央は開いたままになっている。焼失前の姿は、明治30年(1897年)刊行の銅版画集『日本博覧図』に、蚕種製造を営む藤本善右衛門の邸宅として描き留められている。

残った6棟は、空いた中央を囲むように建つ。通りから路地を引き込んだ先の敷地入口に、南を向いて薬医門の表門が立つ。敷地の南寄りには、棟全体に越屋根を載せた東西棟の二号蚕室が南面する。中央には南北棟の一号蚕室が建ち、その北に一号蚕室附属室が接続する。北西の隅には東を向いた文庫蔵があり、その西に、同じく東を向いた味噌蔵が続く。

年代は棟ごとに異なる。文庫蔵と味噌蔵が明治前期、一号蚕室と二号蚕室が明治23年(1890年)、一号蚕室附属室と表門が明治中期とされる。表門だけは明治37年(1904年)の移築で、地元紙の報道によれば茨城県から運ばれてきた。住まいの蔵が先にあり、蚕種業の拡大にあわせて蚕室が加わった順序が、年代の並びから読み取れる。

6棟がそろって登録された理由

登録番号は20-0650から20-0655まで連続し、6棟とも登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化審議会の答申は令和6年(2024年)3月15日で、官報告示を経て同年8月15日に登録された。

評価の中心にあるのは蚕室である。一号蚕室と二号蚕室には、床下で火を焚いて室内を暖める火炉、簀子を張った天井、開け閉めのできる換気口が残る。春先の冷え込みで蚕棚が冷えないよう、石造りの火炉では丸太や籾殻を燃やしたと地元紙は伝える。卵の出来を左右する温度と湿度を、建物そのものの仕掛けで管理していたことになる。

登録の前には信州大学が建物の調査に入った。分家の住宅が先に登録され、その後の文献調査が進んで本家の6棟の登録へつながったと報じられている。その分家、佐藤家住宅(三ツ引)は旧佐藤家住宅(藤本)のすぐ近くにあり、令和3年(2021年)に9件が登録有形文化財となった。本家と分家の屋敷がともに登録されたことで、同じ蚕種の家がどのように屋敷を構えたかを二つの例で確かめられる。

見学とアクセス

旧佐藤家住宅(藤本)は藤本工業株式会社が所有する私有地で、6棟とも内部は一般に公開されていない。定期的な公開日も確認できなかった。敷地への立ち入りや見学を希望する場合は、所有者に問い合わせることになる。周辺は今も人の暮らす住宅地であり、外から眺める際も静かに歩きたい。

藤本家に伝わった資料は、近くの藤本蚕業歴史館が保管している。藤本工業の社屋2階を使って平成21年(2009年)に開かれた私設の資料館で、蚕種製造にかかわる古文書や道具など約1万点を収める。見学には事前の問い合わせが必要で、窓口は藤本工業(電話0268-24-2460)である。所蔵資料の一部はウェブ上の「藤本蚕業デジタルコモンズ」でも閲覧できる。

最寄り駅はしなの鉄道の西上田駅で、上田駅から1駅、乗車時間は5分ほど。信州上田観光協会によれば、蚕種製造民家の残る上塩尻の家並みは駅から歩いて5分ほどの所に広がる。西上田駅はもともと大正9年(1920年)に塩尻地区の蚕種家などの請願で北塩尻駅として開業し、昭和31年(1956年)に現在の名に改められた。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)|旧佐藤家住宅(藤本)表門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015016
国指定文化財等データベース(文化庁)|旧佐藤家住宅(藤本)一号蚕室
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015011
国指定文化財等データベース(文化庁)|旧佐藤家住宅(藤本)一号蚕室附属室
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015012
国指定文化財等データベース(文化庁)|旧佐藤家住宅(藤本)二号蚕室
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015013
国指定文化財等データベース(文化庁)|旧佐藤家住宅(藤本)文庫蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015014
国指定文化財等データベース(文化庁)|旧佐藤家住宅(藤本)味噌蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015015
東信ジャーナル|蚕都上田を担った「藤本」宗家「旧佐藤家住宅」が「国の登録有形文化財」に!
https://tjournal.co.jp/local/ueda/post-17134/
週刊うえだ|蚕都上田の歴史を物語る 旧佐藤家住宅(藤本)
https://www.weekly-ueda.com/post/%E8%9A%95%E9%83%BD%E4%B8%8A%E7%94%B0%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%82%92%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%82%8B-%E6%97%A7%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%AE%B6%E4%BD%8F%E5%AE%85%EF%BC%88%E8%97%A4%E6%9C%AC%EF%BC%89
上田市の文化財|佐藤家住宅(三ツ引)
https://museum.umic.jp/bunkazai/document2/127.php
信州上田観光協会|藤本蚕業歴史館
https://ueda-kanko.or.jp/spot/fujimotorekishikan/
信州上田観光協会|【市街・塩尻】上田紬や文化遺産など“蚕都上田”の足跡をたどる
https://ueda-kanko.or.jp/modelcourse/modelcourse-855/

最終更新日: 2026.09.25

基本情報

名称旧佐藤家住宅(藤本)
所在地長野県上田市上塩尻字南側91
所有者藤本工業株式会社
指定登録有形文化財 6件
座標36.41838, 138.21589