一間ほどの小さな蔵

長野市の旧家・五明家の屋敷に、畳の一室ほどの大きさしかない建物が建っている。桁行・梁間ともおよそ3.6メートル、床面積にして17平方メートル足らず。これが文庫蔵である。帳簿や証文、書物といった紙の財産を火から遠ざけるため、母屋とは別に構えられた収蔵庫だ。

形式は土蔵造。木の骨組みに土を厚く塗り重ね、表面を漆喰で白く仕上げた、人が中へ歩いて入れる金庫のような建物である。二階建てで、屋根は切妻造の桟瓦葺。切石を積んだ基礎の上に立つ。どこも大きくはない。見どころは、その小さな蔵がいかに丁寧に造られているかにある。

建てられたのは明治前期、明治改元からほどない頃。昭和12年頃に大きく手が入れられている。

戸口を覆う雲紋の持送り

出入口は東面に開き、小さな庇が掛かる。その庇が壁と取り合うあたりを見上げてほしい。軒桁を受ける木の持送りに、雲の文様が彫り込まれている。蔵には本来こうした装飾はいらない。素っ気ない持送りでも庇は十分に支えられる。それをあえて雲の形に刻んだ——黙って物を守ることだけが役目の建物に施されたこのひと手間こそ、寸法のどれよりも、この蔵をもう一度眺めたくなる理由である。

代々塗り重ねられてきた漆喰の白壁は、いまも瓦の灰色に対して鋭く立つ。切石積みの基礎が木部を地面から持ち上げる。南北に棟を通して建つため、庭に向くのは妻側の狭い面で、訪れた者がまず目にするのは、漆喰の側壁と、丁寧に持送りを入れた庇の取り合いということになる。

離れ座敷と並べて見る

蔵の数歩南には、この蔵が仕えるべき相手——敷地の中央に構える離れ座敷がある。同じ日に登録されており、二棟は併せて味わうのがよい。

離れ座敷は床面積60平方メートルほどの木造平屋で、屋根は寄棟造の桟瓦葺。四周に下屋をまわす。東西に二室を並べ、南面には畳縁、ほかの三面には榑縁をめぐらせる。西側の主座敷には書院造の構えが一式そろう。床(トコ)、その脇の違い棚、そして光を採るために壁へ造り付けた付書院。天井は中央を繰形で六角形に高く張り上げた棹縁天井で、視線を自然と上へ導く。繊細で、念の入った座敷である。

言い換えれば、座敷は客をもてなすための晴れの空間、文庫蔵は家の記録と財産をしまう日常の備えだ。二つを並べて見ると、明治の富裕な家が、見せる場と守る場を一つの屋敷のうちにどう配したのかが見えてくる。

登録有形文化財であること

平成22年(2010年)9月、文庫蔵は離れ座敷とともに国の登録有形文化財となった。これは国宝や重要文化財に与えられる「指定」とは性格が異なる。登録は平成8年(1996年)に始まった、より緩やかで柔軟な保護の枠組みで、主に明治以降の建物を対象とする。建物を凍結保存するのではなく、所有者が歴史的な建物を使い続けながら残していくことを促す制度で、全国で数万件の建物がこの登録を受けている。

五明家文庫蔵の登録理由は、登録基準のなかでも標準的なもの——「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。つまりその価値は、漆喰や石積み、あの雲紋の持送りといった建築そのものの質に半ば、そして長野の一角がいまも旧家の屋敷構えとして読み取れる、その風景への寄与に半ばある。

周辺とあわせて

五明家住宅は個人の住まいである。常時公開はされておらず、蔵の内部に立ち入ったり見学したりすることはできない。旅行者にとっては、訪ねるべき名所の一覧に加える対象というより、歴史ある長野の街並みを構成する一片と捉えるのがふさわしい。寺社の門や社殿から、これによく似た商家の土蔵まで、市内には数十件の登録建造物が点在している。

長野市は善光寺の門前町として育った。秘仏の阿弥陀如来を祀り、長く参詣者を集めてきた古刹で、参道にはいまも古い店や宿、そして町に肌理を与えてきた厚壁の蔵が連なる。門前の通りを歩けば、五明家文庫蔵がひそかに連なる漆喰・瓦葺の蔵の系譜を、公開された形で目にすることができる。

Q&A

Q蔵の中に入れますか。
A入れません。五明家住宅は個人の住まいで、一般には公開されておらず、文庫蔵も離れ座敷も内部の見学はできません。居住者のプライバシーに配慮し、公道など外部から街並みの一部として眺めるにとどめてください。
Q「文庫蔵」とはどういう蔵ですか。
A書物や証文、帳簿といった紙の貴重品を収めるための、耐火性をもたせた小さな土蔵です。旧家では用途別に複数の蔵を構えることが多く、そのうち書類・書籍を守る蔵が文庫蔵にあたります。
Qいつ建てられた建物ですか。
A明治前期、1868年から1880年代初めにかけての建築で、昭和12年(1937年)頃に大きく改修されています。併せて登録された離れ座敷も同じ明治前期のものです。
Q「登録」と「指定」の文化財はどう違うのですか。
A指定(国宝・重要文化財など)は、価値の高いものを選んで厚く保護する制度です。登録は平成8年に始まったより広く緩やかな仕組みで、主に明治以降の数多くの歴史的建物を、使いながら残すことを目的とします。五明家文庫蔵は指定ではなく登録の文化財です。

基本情報

名称五明家住宅文庫蔵(ごみょうけじゅうたくぶんこぐら)
所在地長野県長野市(個人住宅。所在地は非公表)
区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成22年(2010年)9月10日/登録番号 20-0359
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
年代明治前期(1868〜1881年)/昭和12年頃改修
構造・形式土蔵造2階建、切妻造桟瓦葺、切石積基礎、外壁漆喰仕上げ
規模1棟/桁行約3.6m・梁間約3.6m/建築面積約17㎡
特徴的な意匠東面出入口の庇を受ける雲紋の持送り
公開状況個人所有。一般公開なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/五明家住宅文庫蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008276
文化遺産オンライン/五明家住宅離れ座敷
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/146007
長野市公式ホームページ/国登録文化財一覧
https://www.city.nagano.nagano.jp/n151100/contents/p002914.html

最終更新日: 2026.06.20