犀川ぞいに35メートル続く明治6年の大蔵
東飯田酒造店酒蔵は、長野県長野市篠ノ井小松原にある明治6年(1873年)建築の土蔵造の酒蔵で、平成24年(2012年)2月23日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
文化庁の記録では桁行35.0メートル、梁間9.7メートル、建築面積357平方メートル。数字だけでは伝わりにくいが、現地に立つと道路に沿って白壁が途切れずに延びていく。歩幅にして40歩ほど。これがひとつの建物である。
土蔵造は木の軸組に土と漆喰を厚く塗り重ねる工法で、本来は防火のために発達した。副次的に生まれるのが蓄熱性である。信州の冬、外気が氷点下まで落ちても蔵の中は緩やかにしか動かない。醸造にとってはこの安定が効く。
東飯田酒造店の創業は慶応元年(1865年)。代表銘柄「本老の松(もとおいのまつ)」を醸し続けており、この蔵も建てられて以来、現役の生産設備であり続けている。冬になれば今も、ここで米が蒸される。
登録の理由と建物の細部
登録の理由として挙げられているのは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準である。指定制度が個々の建築の学術的価値を測るのに対し、登録制度は建物が置かれた場所ごと評価する性格が強い。小松原の集落において、この長い白壁が景観の骨格になっているという判断である。
同じ日、敷地内の4棟がまとめて登録されている。酒蔵、土蔵、漬物蔵、そして接客用の松の間。うち漬物蔵は桁行5.4メートル梁間3.6メートルの小ぶりな2階建で、扉まわりを黒漆喰で縁取り、軒裏を波形に塗り籠める。同じ職人の手が敷地全体に及んでいることが、並べて見るとよくわかる。
虫籠窓と屋根
東の妻面、出入口の上に虫籠窓が開く。漆喰で塗り込めた縦格子が虫かごに似ることからこの名がついた。装飾らしい装飾がほとんどない外観の中で、ここだけが表情を持つ。
屋根は切妻造の妻入で、桟瓦葺を基本としながら、補修の履歴に応じて鉄板葺の部分が混じる。なお文化庁データベースの「構造及び形式等」欄は本建物を「木造平屋一部2階建」と記す一方、同じデータベースの解説文は「土蔵造平屋1部2階建」と書く。土蔵造は木造の一形式なので矛盾ではないが、両欄を突き合わせると表記が揺れて見える点は留意したい。
内部は階ではなく用途で仕切られている。貯蔵蔵、舟場、酛部屋。舟場とはかつて槽(ふね)を据えて醪を搾った場所を指し、酛部屋は酒母を育てる小部屋である。この三つを順に歩けば、造りの工程をそのままなぞることになる。
蔵見学で確かめたいこと
東飯田酒造店は要予約で酒蔵見学を受け入れている。ながの観光コンベンションビューローの記事では営業時間9:00〜16:00、見学の所要は約30分、無料の試飲を含めると45〜60分、1回あたり1〜20人まで。ただし定休日については資料によって記載が異なるため、電話(026-292-2014)で直接確認するのが確実である。運転者の試飲は不可。
予約時にひとつ、変わった確認事項がある。仕込み期にあたる11月から3月ごろ、麹室に入る見学者は納豆・ヨーグルト・キムチ・柑橘類を事前に口にしないよう求められる。麹室は室温40度近く、湿度も高い。麹菌にとって好適な環境は、雑菌にとっても同様に好適だからである。
現役の和釜
現在の酒蔵の多くはボイラーで蒸気を起こすが、東飯田酒造店はバーナー式の和釜を使い続けている。釜には約500リットルの水を張り、その上に最大600キロの米が入る甑を載せる。地下の火道が煉瓦で螺旋状に組まれており、炎が一点に当たらず回り込む。結果として湯の沸き方が均一になり、蒸し上がりのムラが減る。
釜の内側を覗くと、削り取った跡が残っている。犀川水系の伏流水は中硬水で、加熱するとカルシウムが白く付着する。放置すれば2ミリほどの厚みになって熱効率が落ちるため、春先にグラインダーで落とすのだという。もっともそのカルシウムやマグネシウムは、醪の中の微生物にとっては栄養になる。輪郭のはっきりした辛口に仕上がるのは、この水質と無縁ではない。
この犀川水系の伏流水を使う造り酒屋は、市内でも東飯田酒造店と隣接する西飯田酒造店の2軒だけである。
兄弟妹3人が、それぞれ全工程を持つ
杜氏が監督し蔵人が動く、という一般的な体制をとらない。6代目杜氏の飯田淳さん、兄の怜さん、妹の美由紀さんの3人が、酒の設計から瓶詰めまでを1本ずつ最後まで受け持つ。山廃仕込みの「恋」は淳さん、軽やかな純米酒「艶」は怜さん、純米吟醸「澄」は美由紀さん。試飲カウンターで銘柄の違いを尋ねると、酒の話というより三者三様の考え方の話になる。
蔵の外にも見るべきものがある。庭の一角に建つ松の間は、新酒の披露や冠婚葬祭に使われた21畳の座敷で、外壁に松と2羽の鶴を描いた鏝絵が残る。漆喰を鏝で盛り上げて造形したもので、斜光を当てると緑や茶の顔料がうっすら浮かぶ。屋根には鯱が上がり、四隅にも火除けの意匠が置かれている。
もうひとつ、酒蔵内の階段は創業当時のまま使われており、踏板の裏に竣工時の棟梁の署名が書かれている。案内の際に見せてもらえることがある。
小松原の一帯は犀川のほとりにあり、かつては松林が広がっていた。江戸期には犀川沿いの陸路が未発達で、松本方面への人と物資は舟で運ばれた。善光寺平と松本を結ぶ港町として栄えた土地に、小さな集落ながら酒蔵が2軒あるのは、その名残である。撮影は基本的に可能だが、麹室の前では案内役に一言確認したい。所在地はJR篠ノ井駅の北およそ5キロ、長野市中心部から車で20分ほど。路線バスの便は乏しく、車かタクシーでの来訪が現実的である。
Q&A
- 東飯田酒造店酒蔵は見学できますか。予約は必要ですか。
- 酒蔵見学の中で見ることができ、予約は事実上必須です。所要は約30分、無料の試飲を含めると45〜60分ほど。1回あたり1〜20人まで対応しています。仕込みの進み具合によって受け入れ可否が変わるため、026-292-2014に電話して日時を相談してください。
- 東飯田酒造店酒蔵はいつ登録されましたか。重要文化財とは違うのですか。
- 平成24年(2012年)2月23日に登録有形文化財(建造物)として登録されました。これは「登録」であって「指定」ではないため、重要文化財や国宝とは制度上の位置づけが異なります。同じ日に敷地内の土蔵・漬物蔵・松の間も登録されています。
- 東飯田酒造店酒蔵は今も酒造りに使われていますか。
- 明治6年(1873年)の建築で、現在も現役の生産設備です。毎冬ここで仕込みが行われるため、見学の可否は季節と作業状況に左右されます。定時のツアーではなく個別予約制なのはそのためです。
- 東飯田酒造店酒蔵の見学前に食べてはいけないものはありますか。
- 仕込み期(おおむね11月〜3月)は、納豆・ヨーグルト・キムチ・柑橘類を事前に控えるよう求められます。麹菌の繁殖を妨げる菌を持ち込まないための配慮で、予約時に確認されるのが通例です。
- 東飯田酒造店酒蔵へのアクセスを教えてください。
- 所在地は長野市篠ノ井小松原1724。JR篠ノ井駅の北およそ5キロ、長野市中心部から犀川沿いの道を車で20分ほどです。公共交通の便が限られるため、車またはタクシーの利用が現実的です。
基本情報
| 名称 | 東飯田酒造店酒蔵(ひがしいいだしゅぞうてんさかぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県長野市篠ノ井小松原1724 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成24年(2012年)2月23日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行35.0メートル、梁間9.7メートル、建築面積357平方メートル。木造平屋一部2階建、瓦葺および鉄板葺 |
| 所有者 | 株式会社東飯田酒造店 |
| 公開状況 | 要予約の酒蔵見学で公開。試飲無料。営業時間・定休日は026-292-2014へ要確認 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)東飯田酒造店酒蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009165
- 文化遺産オンライン 東飯田酒造店酒蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/199498
- 長野市 国登録文化財一覧
- https://www.city.nagano.nagano.jp/n151100/contents/p002914.html
- ながの観光net 個性豊かな地酒を醸す長野市の酒蔵探訪
- https://www.nagano-cvb.or.jp/modules/feature/sake
最終更新日: 2026.08.21