伊那街道宮田宿の町家

喜多屋新井家住宅主屋(きたやあらいけじゅうたくおもや)は、長野県上伊那郡宮田村の旧伊那街道沿いに残る江戸後期の町家で、令和4年(2022年)10月31日に国の登録有形文化財(建造物)となった。

まず名称の整理から入りたい。宮田村には新井家に関わる文化財が二件あり、両者は別の建物である。本稿が扱うのは屋号を「喜多屋」とする個人住宅のほう。もう一件の宮田宿本陣旧新井家住宅は、大名が宿泊休憩した本陣で、長野県宝に指定され無料で公開されている。取り違えやすい。

宿場では屋号が実質的な識別子だった。同じ姓の家が街道沿いに何軒も並ぶため、暖簾に染め抜かれた屋号のほうが日常の呼び名として通った。喜多屋は醤油醸造を営む家である。

伊那街道は、中央アルプスと南アルプスに挟まれた伊那谷を南北に貫く道である。宮田宿は高遠藩領の南端入口部にあたり、伊那街道では数少ない本陣が置かれた宿場だった。南に接して太田切川が街道を横切る。伊那谷でも荒れることで知られた川で、渡河は宿場の存在理由の一つでもあった。

主屋の建築年代は江戸後期、文化庁は1751年から1830年の間と記録する。その後、昭和10年代、昭和29年(1954年)、昭和50年(1975年)に改修を受けている。

低い軒、長い間口、屋根で繋がれた蔵

建物は街道に西面し、二階建切妻造平入。建築面積263平方メートル、屋根は鉄板葺で、本来は板葺か茅葺であったものを葺き替えた姿である。

街路景観を決めているのは装飾ではなく寸法の取り方で、要点は二つに絞られる。

軒が低い。そして間口が長大である。道に立つと、水平に伸びる建物の帯が予想より先まで続き、その上を現代の感覚より低い位置で軒線が押さえている。宿場町は間口が狭く奥行の深い敷地割を基本とするが、この家は逆に間口を長く取った。山から吹き下ろす風と雪に対して、低く構えるほうが有利だという判断も働いている。

敷地の北辺には醤油醸造用の表蔵が建ち、鉄板葺の屋根が主屋と表蔵に一体で架けられる。この連続性こそ登録時に評価された点である。醸造蔵は通常、独立した量塊として別の屋根を持つ。両者を一枚の屋根で繋ぐと、生業の場と住まいの場が視覚的に切り分けられない、ひと続きの長い輪郭が生まれる。

内部の区分は南北方向に走る。北側は土間。醸造や炊事、荷の出し入れが行われ、履物のまま歩く面である。その南で床が上がり、板と畳の床上部となる。二階が載るのは表側だけで、奥は一階分の高さのまま屋根までが抜ける。南西の隅には仏間と、床を備えた座敷が配される。

平面を通して読めば、家の秩序がそのまま図になっている。生業は北の土間で、日々の暮らしはその南で、仏壇と客を迎える座敷は最も南西の奥、醸造の音と匂いから最も離れた位置に置かれる。

見学と、宿場としての通りの読み方

喜多屋新井家住宅主屋は現に人が住む住宅であり、一般公開されていない。入場料も内部見学の受付も公開期間の設定もない。道路から街道側の正面を眺めるところまでである。外観の撮影自体は制限されていないが、玄関の内側へレンズを向けるような振る舞いは避けたい。

この一棟だけを目的にするより、通りを歩くほうが得られるものは多い。登録が五棟同時だったからである。令和4年、宮田宿に残る歴史的建造物五棟が国の登録有形文化財となった。喜多屋新井家住宅主屋のほか、京口屋墨矢家住宅主屋、恵比寿屋原家住宅主屋と同土蔵、正木屋山浦家住宅南蔵である。順に見ていくと、旧料理屋、旧旅籠、酒造業の土蔵と業種が揃い、一つの宿場が抱えていた経済の幅が輪郭を持って浮かび上がる。正木屋山浦家住宅南蔵の座敷蔵は、一階の建具を板絵で飾るという凝った造りで知られる。

旧街道筋はおよそ1キロメートル。一方の端に津島神社があり、地域の文化財散策の集合点にもなっている。この神社の祇園祭は神輿を打ち壊す奇祭として知られる。宮田村図書館は村教育委員会の学芸員を講師に、この道筋を歩く郷土学習講座を開いてきた。日程が合えば、これに参加するのが最も内容の濃い見方だろう。

交通は難しくない。JR飯田線宮田駅が村内にあり、旧街道までは歩ける距離にある。中央自動車道からも入りやすい。晩秋から冬の晴れた日なら、屋根越しの西に木曽駒ヶ岳が白く立ち上がる。この家々を建てた人々が毎朝見ていた眺めである。

背景まで押さえたいなら、先に触れた本陣旧新井家住宅にも足を運びたい。無料で公開されており、個人住宅である喜多屋では見られない江戸期の内部空間を確認できる。

Q&A

Q喜多屋新井家住宅主屋はどこにありますか。
A長野県上伊那郡宮田村3285-19、旧伊那街道の宮田宿の町並みのなかにあります。最寄り駅はJR飯田線の宮田駅です。
Q喜多屋新井家住宅主屋の内部は見学できますか。
A見学できません。現在も住まいとして使われている個人住宅で、一般公開や内部見学の受付は行われていません。道路から外観を眺めるにとどめてください。
Q喜多屋新井家住宅主屋と宮田宿本陣旧新井家住宅は同じ建物ですか。
A別の建物です。本陣の旧新井家住宅は長野県宝で、移築復元のうえ無料公開されています。喜多屋新井家住宅主屋は国の登録有形文化財で、非公開の個人住宅です。
Q喜多屋新井家住宅主屋はいつ建てられましたか。
A江戸後期の建築で、文化庁は1751年から1830年の間としています。昭和10年代、昭和29年、昭和50年に改修を受け、令和4年10月31日に登録されました。登録番号は20-0624です。
Q喜多屋新井家では何を醸造していましたか。
A醤油です。敷地北辺に建つ表蔵が醤油醸造用で、その屋根は主屋と一体に架けられています。
Q喜多屋新井家住宅主屋と同時に登録された建物はありますか。
A宮田宿の四棟が同時に登録されました。京口屋墨矢家住宅主屋、恵比寿屋原家住宅主屋、恵比寿屋原家住宅土蔵、正木屋山浦家住宅南蔵です。

基本情報

名称喜多屋新井家住宅主屋(きたやあらいけじゅうたくおもや)
所在地長野県上伊那郡宮田村3285-19
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 20-0624
指定年令和4年(2022年)10月31日 登録(第103回)
員数1棟
寸法木造2階建、鉄板葺、建築面積263平方メートル
所有者個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。道路からの外観の眺望のみ

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 喜多屋新井家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014379
文化遺産オンライン — 喜多屋新井家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/546148
文化遺産オンライン — 長野県・上伊那郡宮田村の文化財
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/region/20/20388
宮田村 — 文化財
https://www.vill.miyada.nagano.jp/government/pages/root/profile_miyada/10480-079

最終更新日: 2026.08.20