火災のたびに建て直された、本山宿の大型旅籠
本山宿の町並みは、何度かの大火をくぐり抜けてきた。小林家住宅主屋も例外ではなく、明治2年(1869年)の大火の直後に再建されたと伝わる。中山道に東面して建つ姿は、その頃とさほど変わらない。二階を支えて道側へせり出す梁が二段に重なる「二重出梁(だしばり)」は、出梁造の町家が並ぶ木曽地域のなかでも数が少ない。
建物は、国登録有形文化財として一列に並ぶ三軒の旧旅籠のうちの一つである。小林家の屋号は「川口屋」。代々ここで旅籠を営み、江戸と京を結ぶ街道を歩く人々を泊め、食事を出してきた。主屋が文化財として登録されたのは平成23年(2011年)1月のことだ。
両隣と見比べたとき、小林家がひときわ目を引くのは、軒の張り出しの深さである。多くの町家が一段の梁で二階を持ち出すのに対し、この家はそれを二段に重ねる。陰影を伴ってせり出す正面は、塩尻市の記録でも「大型旅籠」の証として挙げられている。
中山道三十二番目の宿場・本山
中山道は江戸と京を内陸の山並み伝いに結んだ街道で、江戸時代の五街道の一つに数えられる。本山宿は江戸から数えて三十二番目の宿場にあたり、開けた松本平から南へ、木曽谷の入口へと道が向きを変える地点に置かれた。
慶長19年(1614年)に街道筋が定まったとき、隣の塩尻宿や洗馬宿が近隣の村から人を移して整えられたのに対し、本山は中世からの集落だった。天保14年(1843年)の記録では家数117軒、本陣一・脇本陣一・旅籠三十四軒、宿内人口は六百人弱を数える。間口は洗馬宿より広めにとられ、いま残る正面の構えがどっしりとして見えるのも、そのためだろう。
本山にはもう一つ、旅人を惹きつける看板がある。宝永3年(1706年)に編まれた俳文集『風俗文選』が、今に伝わる細い麺状の「そば切り」は信濃の本山宿から出て諸国に広まった、と記しているのだ。もっとも、そば切りの発祥には諸説あり、木曽のさらに奥の寺にはより古い文書の記録も残る。本山を唯一の発祥地と断じるより、有力に伝えられてきた土地の一つと受け止めるのがよい。町ではこの由来を大切にしており、旧街道のかたわらでは、地元の女性たちが営むそば処でその味を確かめられる。
なぜ登録文化財なのか
国の登録有形文化財は、国宝や重要文化財の「指定」に比べると、保護のかたちがやや緩やかな制度である。おおむね建築後五十年を超え、造形の規範となるような建物を、より広く守るために設けられた。小林家住宅主屋は「造形の規範となっているもの」という基準で登録されている。
評価の柱は三つある。一つは、二重出梁という構造の希少さで、出梁造を特徴とする地域にあってもこれを残す建物は多くない。二つめは、屋敷地としてのまとまりだ。中山道に面する主屋と車庫の背後には離れと土蔵が控え、旅籠の屋敷構えがそのまま読み取れる。三つめは町並みである。小林家は単独で建っているのではない。秋山家・田中家とともに三棟が途切れず連なり、宿場らしさを伝えているのは、一軒の正面というより、その並びそのものなのだ。
正面で見ておきたいところ
道の向かいに立って、まず軒を見上げたい。出梁造は、床梁を壁の線より外へ持ち出し、その上に二階と軒を張り出させる構法である。小林家ではこれが上下二段に重なるため、正面が段を踏むようにせり出して見える。
その上、二階の全面は細い竪桟を密に並べた千本格子で覆われる。外からは木の格子壁のように見え、内からは光と風を通しつつ室内を隠す。正面の両端には、隣家への延焼を防ぐ短い壁、袖卯建(そでうだつ)が立つ。この町を幾度も襲った火災への備えである。一階の入口あたりには、ただの戸口より格式を示す低い板敷き、式台が構えられている。
三軒はゆっくり歩くほど面白い。端の秋山家は間口が狭く、二階は腕木で簡素に持ち出される。田中家は棟に越屋根を上げ、柱を弁柄(べんがら)塗りで仕上げる。三軒の違いを読み解くことこそ、この並びの醍醐味だろう。
旧宿場の周辺で
小林家住宅とその両隣は、人が暮らす個人の住まいである。中へ入るのではなく道から眺める場所なので、外観と町全体を中心に予定を組み、住む人への配慮を忘れずに歩きたい。
宿の少し南には、街道屈指の撮影名所として知られる石碑が立つ。「是より南 木曽路」と刻まれ、旅人が恐れ、歌人が讃えた谷への入口を示している。すぐ近くのそば処では、地元産のそば粉を石臼で挽いた手打ちそばが供され、予約制でそば打ち体験も受けられる。町の背後の山には、中世に木曽氏の一族が守ったという本山城跡の土塁が残り、社叢が市の天然記念物に指定された池生(いけお)神社も近い。
ここへはのんびりとした旅がよく似合う。最寄りはJR中央本線の日出塩駅で、徒歩二十~三十分ほど。塩尻駅から地域振興バスに乗り、本山下町で降りれば三十分前後である。車なら、長野自動車道の塩尻インターから木曽方面へおよそ二十分。
Q&A
- 小林家住宅の中は見学できますか。
- いいえ。個人所有の住まいで一般公開はしておらず、見学は道路からの外観に限られます。三軒の並びを、住む方の迷惑にならないよう楽しんでください。
- 「二重出梁」とは具体的に何ですか。
- 壁より外へ梁を持ち出して張り出した二階を支える構法を出梁造といい、小林家ではこの梁を一段ではなく二段に重ねています。木曽路の旅籠のなかでも珍しい構えです。
- これは国宝ですか。
- いいえ。国の登録有形文化財で、国宝や重要文化財の指定より緩やかな保護のしくみにあたります。登録は平成23年(2011年)です。
- 本山は本当にそば切り発祥の地ですか。
- 1706年の文献が本山を発祥地として挙げ、町もこの由来を大切にしています。ただし発祥には諸説あり、木曽の別の寺にはより古い記録もあるため、有力に伝えられる土地の一つと考えるのが実情に近いでしょう。
- 見学にはどのくらい時間がかかりますか。
- 三軒の旅籠と旧街道のひと区切りを歩くだけなら一時間ほどです。そばの昼食や城跡の土塁まで足を延ばすと、半日でちょうどよい行程になります。
基本情報
| 名称 | 小林家住宅主屋(こばやしけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県塩尻市大字宗賀字本山4917番地 |
| 指定等区分 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成23年(2011年)1月26日/登録基準:造形の規範となっているもの |
| 時代 | 明治前期。明治2年(1869年)の大火後に再建 |
| 構造・規模 | 木造一部二階建、切妻造、平入、鉄板葺。桁行12.1m、梁間9.9m、建築面積約146㎡ |
| 屋号 | 川口屋。代々、旅籠を営む |
| 所有者 | 個人 |
| アクセス | JR中央本線・日出塩駅から徒歩約20〜30分/塩尻駅から地域振興バスで本山下町下車(約30分)/塩尻ICから車で約20分 |
| 公開状況 | 個人住宅のため外観のみ |
参考文献
- 小林家住宅(塩尻市公式ホームページ)
- https://www.city.shiojiri.lg.jp/site/bunkazaihouhou/29600.html
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008457
- 小林家住宅主屋(文化遺産オンライン)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/213773
- 中山道 本山宿(塩尻市観光協会)
- https://tokimeguri.jp/spot/1176.php
最終更新日: 2026.06.20